《勇者召喚》という名の廃課金仕様な悪魔的ガチャに王女様が挑むようです。
人と魔族。相反する二つの種族による激しい争いが続いていた。
後に人類側が劣勢となる。たとえ数で勝っても質では到底敵わない。次第に押され始めた人類は、次々と魔族に領土を占領されていった。
魔王軍の進行は留まるところを知らず、このままでは敗北は必至。しかし、人類は最後まで勝利を諦めてはいなかった。
多くの兵士たちが戦場にて命を散らせる中、志同じくして新たな戦いを始めた者がいた。
「――ああ、どうして……私たちが一体何をしたと言うのですか……」
人類最後の砦であるソーサシス王国、その第一王女レーネティアは、今にも消え入りそうな声で言葉を漏らす。
彼女は必死に戦っていた。敗北は決して許されない。これは魔族ではなく己との戦いなのだと言い聞かせ、魂を削り、勝利を掴むために全力を尽くした。
けれど、残された時間があと僅かとなっても未だ勝利には程遠い。
己にのしかかる重圧に耐えきれず、レーネティアは心の底から叫んだ。
「お答えください、神よ! どうしてっ! どうして星5勇者様が当たらないのですかっ!?」
これは王女が血税魔力を勇者召喚の儀式ガチャにつぎ込む話である――
♢♢♢
ソーサシス王国の宮殿内にある大広間には、五十人弱の人間が集まっていた。
宮廷魔法使い、近衛騎士、貴族等。いずれも国に厚く忠誠を誓った者たちである。
「……ついにこの日が来たのですね、レーネ様」
「ええ、そのようですね、宰相」
宰相の言葉にレーネティアは頷く。
彼女たちがいる大広間の中央には、巨大な魔法陣が刻まれていた。膨大な魔力を秘めたそれは淡い光を放ち、己の存在を強く主張している。レーネティアたちはその魔法陣の周りをぐるりと囲んでいる状況だった。
「まさかこれに頼る日が来ようとは……」
片眼鏡を直しながら初老の宰相は呟く。
レーネティアは目を伏せた。
分かっている。だが、他に方法は無かったのだ。
――五百年間禁忌とされた勇者召喚の儀式。
窮地に立たされている今、人類が魔族に勝利するには、これしか手が残されていない。
無意識のうちにレーネティアは杖を強く握る。杖の先端にある水晶には、国民から徴収した魔力が込められていた。
平時は、国民の生活のために。戦時は魔法兵器の運用に。
そして今回、蓄えてきた魔力を勇者召喚に注ぎ込むことになる。
「レーネ様、正直私は今でも反対でございます。勇者召喚は、諸刃の剣なのです」
残された文献には、勇者召喚によって一騎当千の英雄を呼ぶことが可能であると記されていた。しかし、過去に勇者召喚を行なった国は尽く破滅の道を歩んでいるのだった。
原因は不明。だが、これだけは分かる。勇者という存在は敵にも味方にも牙を剥く極めて危険な存在なのだと。
「分かっています。責任は全て私が」
勇者召喚の儀式を行うことを知っている者は、この場にいる者と信用出来る一握りの者だけである。
国王は今戦場に出ている。レーネティアに「後のことは任せる」と言い残して。
ゆえに父不在の今、自分が頑張るしかないのだとレーネティアは決意し、魔族に勝利するため禁じられた勇者召喚の儀式を執り行うことにしたのだった。
どれだけ説得を試みようと彼女の意思は変わらない。宰相は深くため息を吐く。
「……分かりました。しかし、これだけは覚えておいてください。我らが頼る神の名を――」
宰相は告げる。
勇者召喚の儀式は、ある一柱の神によってもたらされたものである。
五百年前に突如異界より現れ、人に禁忌の儀式を教えた、今なお存在全てが謎に包まれる未知の神。
――《混沌神ガァチャ・バクゥーシ》、と。
「それが神の名なのですか……?」
「ええ、そうです」
初耳だった。レーネティアの問いかけに宰相は重々しく頷いた。
「……ガァチャ・バクゥーシ。よく分からないが恐ろしい響きだ」
「ああ、ガァチャ・バクゥーシ……寒気がするな」
「怖い……ガァチャ・バクゥーシ怖い……」
話を聞いていた近衛騎士や宮廷魔法使いたちが口々に呟く。レーネティアも同感だった。
「……《混沌神ガァチャ・バクゥーシ》。なんて邪悪な名なのでしょう……」
その名を口にしただけで全身が怖気立ち、レーネティアは身を震わせる。
名前自体に強力な負の魔力が込められているのだ。
確信する。少なくともこれは善神ではない。もっと何か別のおぞましい存在なのだ。
宰相の忠告は正しかった。
この神は危険すぎる。不用意に頼っていいものではない。
しかし、もはや自分たちには神頼みしか残されていないのも事実。このまま手をこまねいていては、敗北の未来を覆すことは出来ない。
もう後戻りは出来なかった。この手には人類の存亡がかかっている。
前に進むしか道はない。レーネティアは唇を噛み締め、覚悟を決めた。
「――これより勇者召喚の儀式を執り行います」
厳かに告げる。
そして杖を頭上にかざし、水晶の魔力を召喚陣に注ぎ込む。
「勇者よ、我が呼び掛けに応じなさい――召喚」
その瞬間、召喚陣が眩い光を放ち出す。
膨大な魔力が解き放たれ、大広間内を荒れ狂う。
思わずレーネティアは息を飲んだ。
勇者召喚については半信半疑であった。だが、これほどの魔力ならば、本当に強力な勇者を呼ぶことが出来るかもしれない。
しばらくして魔力の奔流が収まると、そこには佇む者がいた。
直後、召喚者であるレーネティアの脳内に、召喚された勇者の情報が流れ込む。
その人物はまさしく窮地に立たされた人類を救うべく召喚された――
《星1勇者 ヒトシ・タナカ(36)》
――召喚陣の上には、そこら辺にいそうな中年男性おっさんが立っていたのだった。
「はじめまして。アルバイトとして来ました田中凡という者ですが」
ややくたびれた雰囲気のおっさんは、ちょうど正面に立つレーネティアに対し丁寧にお辞儀をした。
突然のことに呆気にとられたレーネティアも「えっ、あっ、どうもはじめまして」と、辿々しくお辞儀を返す。
「ところで私は何をすればいいのでしょうか?」
「えっ、えーと、そのですね……勇者様には魔族を倒して頂きたいのですが……」
「勇者、魔族? ちょっと何言っているのか分からないのですが、ああ、もしかしてそういう設定か何かなのでしょうか? そういえば、そのコスプレめちゃくちゃ凝ってますね〜。あっ、周りの方々もクオリティーが高いですね。素晴らしい!」
ヒトシはひとりで興奮していた。
一方、レーネティアは困惑する。
これは一体どういうことなのだろうか。勇者と思いきや、おっさんが召喚されたのだ。
目の前の人物からは、驚くべきことに魔力が一切感じられなかった。どうやって魔法を使うのだろう? 筋力も高そうには見えない。体格は良いが、ただの肥満体である。
一騎当千どころか、この場にいる兵士一人に勝てるかどうかすら怪しい。
もしかすると彼は、そこら辺のおっさんの中でも最弱のおっさんではなかろうか。
レーネティアにはとてもではないが、ヒトシが勇者だと思えなかった。
……いや、決めつけるのは早計だ。もしかして彼には秘められた力があるのかもしれない。レーネティアは、脳内に流れ込んできた情報に注意を移すと、
『ただの一般人のおっさん。愛情を注いで育てれば、花開く可能性が有るかもしれないし、無いかもしれない』
勇者ではなく本当にただのおっさんだった。なぜ勇者と名乗っているのか意味不明だ。
一体どうすれば良いのだろう。頭が真っ白になる。
困り果てたレーネティアは宰相に泣きついた。
宰相はレーネティアに耳打ちする。
「……レーネ様。現状、我が国には勇者を教育する時間も余裕もありません。残念ですが、お帰りになってもらいましょう」
たとえ平時であっても、得体の知れないおっさんに愛情を注ぐことは難しい。
「……ええ……そうですね。大変心苦しいのですが仕方ありません……」
冷静さを取り戻したレーネティアは、申し訳なさそうな様子でヒトシに事情を説明した。
「そうですか……分かりました。何かあればまた呼んでください。あ、そういえば、腹踊りとか得意ですよ。飲み友には《宴会芸の勇者》とか呼ばれたりしていますから」
「宴会芸……? ……あ、いえ、お気遣いありがとうございます。それでは――返還」
ヒトシは残念そうな表情を浮かべ、召喚陣の光の中に消えていった。
レーネティアは落ち込んだ表情を見せる。宰相は、慰めるように言葉をかけた。
「レーネ様、次こそは高位の勇者が我々の召喚に応えてくれますよ」
「ええ……ええ。そうですね」
文献によれば、召喚は何度でもやり直すことが可能らしい。だが、魔力の蓄えには限りがある。大切に使わなければならない。
一度目の召喚は失敗だった。求められているのは魔族との戦いで即戦力となる勇者だ。それ以外は残念だが、返還するしかない。無用な犠牲は増やしたくなかった。
気を取り直して、レーネティアは召喚陣に魔力を注ぐ。
今度こそは、と神に祈りながら言葉を紡ぐ。
「我が呼び掛けに応じなさい――召喚!」
再度、召喚陣が眩い光を放つ。
そして、
周囲の者たちがざわつく。
レーネティアも驚愕の表情で目を見開いた。
召喚された勇者は――
「ははは、どうも……」
《星1勇者 ヒトシ・タナカ(36)》
悪夢の始まりであった。