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僕の左手、知りませんか?

 左手がどっかにいってから、三日目。




 相変わらず朝日が目覚めを急かしてきやがる。小鳥の囀りも鬱陶(うっとう)しい。


 おまけにベーコンの焼ける良い匂いが漂ってきて、全力で俺の安眠を妨害してくる。どこからだよ。




 ぐきゅう、と鳴ったお腹に負けて、俺は起きることにした。




 上半身を起こし、俺は壁の端に立てかけてあるローブに視線を送る。


 そして指先に魔力を収束させた。慎重に、それは慎重に。




「《コモン》」




 発動させたのは、本当に簡単な魔法だ。


 魔法使いなら三才で覚えてしまうような、物を呼び寄せるだけの魔法。もちろん俺も問題なく発動させられる。そう、発動だけは。




 魔力をあてられたローブがふわっと持ち上げられ、急加速。躱す余裕なんてどこにもなかった。




 景気の良い音が室内に響き、めでたく俺はローブを顔面キャッチする。


 痛ってぇ。




「……また失敗か」




 俺はため息をついてローブを顔面から引きはがした。


 魔術とは円環の理を操る行為であり、両手で扱わなければならない。それぞれ右手は出力、左手は制御を司るのだ。




 つまり、左手を失った今、俺は魔法を発動させても制御が出来ない状態にある。




 それを出力だけでなんとかしようとするのだが、全然無理。いや、これでもかってくらい無理。


 簡単な魔法でこれだ。攻撃魔法なんて使った日には何が起こるか分からん。というか、山一つくらい軽く吹き飛ばす威力が出たりするんだぞ。




 もちろん実践したから言えるのである。




 ともあれ、左手の捜索は早急に済まさなければならない。


 特に俺はそこそこ有名な魔術師だ。左手を失った、となれば大騒ぎ確定だ。今は体調不良ってことで引きこもってるから隠せてるけどな……。




 悩んでいたら、お腹がまた鳴った。とりあえずメシにしよう。




 俺はベッドから出て、キッチンへ向かう。


 ちょっとフラフラするなー。さすが寝起き。と思いつつドアを開けて。俺は硬直した。




「よぅ、グラム」




 暖炉のあるリビングは、そのままキッチンでもある。


 要するに暖炉の火で焼いたり煮たりするのだが、今まさにそこで、ツインテールな小娘──ミランダがベーコンをじゅうじゅうと焼いていた。




 良い匂いするなぁと思ってたけど、犯人こいつかっ! っていうかそのベーコン俺のとっておき!




「よう、じゃねぇよ。何してんだ、ミランダ」


「決まっておろう。朝餉(あさげ)じゃ。美味しそうじゃぞ?」


「そりゃそうだろうな! ご丁寧にチーズトーストまで作りやがって!」




 ちくしょう、チーズが良い感じにトロトロに溶けてやがる。パンの焼き具合も絶妙だ。あれ、絶対サクサクで中はもちもちだぞ。




「何を言う。ミネストローネもだ。ほれ、食うか?」


「それ俺の食料なんだけど!?」




 暖炉の火で温めていた鍋の蓋を開けつつ言うミランダに、俺は全力でツッコミを入れた。


 ミネストローネもすっげぇ美味そうなのがムカつく。




「ほれ、食いたければ食器を用意せい」


「あのなぁ……くそっ……」




 俺は食欲に負けて従う。というか、唯我独尊なミランダにこれ以上言っても無駄だ。昔からこうだからな。見た目はどう見ても十歳前後だが、年齢は二〇〇を超えているので侮れない。


 食器を用意してミランダに渡してから、俺は昨晩から氷で冷やしておいたミルクをコップに注ぐ。




 右手しかないので雑にテーブルクロスを敷いて準備を整える。




 魔法が使えれば楽勝なのになぁ、なんて思っていると、今まさにミランダが魔法で配膳していた。


 ちくしょう。




「いただきますなのじゃ」




 しかも一人勝手に座って一人で食べ始めるし。


 俺も負け時と並んでテーブルに座った。片手しか使えないのが本当に不便だ。




 ぎこちなく、俺はチーズトーストを齧る。


 予想通り、サクッとした食感に香ばしさがやってくる。とろりとしたチーズが口に広がって、噛むと塩気、そしてパンの甘みが同時にやってきた。ああ、美味い。




 それをミネストローネで胃へ流し込んだ。




 トマトの酸味のきいたスープは、野菜の旨味がこれでもかとしみだしていて、優しい。




「む? 片手だけで食べるのは行儀が悪いぞ?」




 早速咎めてきたのはミランダだ。


 俺としては両手にものを持ちながらもっしゃもっしゃ食べるミランダも十分に行儀が悪い。




「両手で食べられるなら食べたいよ、俺も」


「は? 何があったのじゃ」




 論より証拠。


 俺はさっとローブの袖をめくり、手首から先のなくなった左腕を見せた。




 ミランダは大きい目をさらに大きくさせて驚く。




「な、なんじゃ……?」


「朝起きたらこうなってたんだ。それと、これも」




 俺は忌々しくも、何回もしわくちゃにしてしまった紙をテーブルに投げ置いた。


 ミランダは不審になりながらもその紙を広げ、何回も目を泳がせる。気持ちは分かる。すごく分かる。




「……《もうあなたについていけません。家出します。さようなら。左手》」




 ぼそぼそと朗読までする始末だ。いや、うん。俺もしたんだけどな。


 何があって左手が置手紙まで残したのか。




「いやもう意味がわからんのだが、どういうことじゃ」


「俺も知りてぇよ。左手って家出するもんなのか?」


「古今東西様々な話を知っておるが、聞いたことは一度もないな」




 スープをすすりながらミランダが答える。




「何か呪いの類でも受けたのか? まぁお前さんほどの魔術師になれば、呪いを受けたらすぐわかりそうなものなんじゃがの」


「呪いは真っ先に疑ったよ。でも、調べても分からん」




 もちろん俺より遥かに高度な魔法使いなら、俺に気付かれないように呪いをかけることは可能かもしれないけど。




「なるほど。それでここ最近引きこもっておったのか。心配で様子を見にきて良かった」


「……本音は?」


「美味しい朝餉(あさげ)を物色しにきた。お主はグルメだからの」




 追求すると、ミランダはあっさりと認めた。


 コイツはほんとーに。


 けど、ちょうど良いのも事実なんだ。今日あたりミランダの工房を訪ねようと思ってた。




 魔法と対極に位置するもの──《機械術師(マキナギア)》であるミランダを。


 俺はスプーンを置いて、ミランダを見据える。




「なぁ、ミランダ。俺は左手をどうしても取り戻したい。なんで家出したか知らんけど、左手は必要だ」


「左手という言葉が全てを台無しにしておるな」


「言うなっ!」


「まぁ良い。お主の言うことは分かっておる。左手が見つかるまで、代用品が欲しいのだろう。そして、それは義手になる。このわらわ、世界最高の《機械術師(マキナギア)》に作って欲しいのだろう?」




 さすがに長年生きているだけの慧眼さである。


 《機械術師(マキナギア)》は【賢者の石】と【世界樹の水】を元に動く機械カラクリで、膨大な知識が必要となる。ミランダはそれを極めていると言っていい。何せ、オーガでさえ片手で捻り飛ばせるような力が出るからな。




「まぁ、そういうことだ」




 俺が肯定すると、ミランダはベーコンを齧る。




「分かっておると思うが、貴様の魔術とわらわの機械術は対極にある。もちろん可能ではあるが、魔術師が機械を装備するなど、禁忌だぞ?」


「分かってる。けど背に腹は代えられねぇよ」


「それでお主のことじゃ、わらわに頼むということは、義手でも魔法を制御できるようにしろとか無茶を言うつもりなのだろう?」




 俺は一切躊躇ためらいなく頷く。


 もちろん魔術と機械術は相容れない存在で、ものによっては互いに阻害しあう。だから仲が悪いんだけど。とはいえ、それを乗り越えられるのもまた俺は知っている。




 元々は一つだからな、この二つは。




 この真理を知っているのは、魔術側では俺と他数人、機械術の方ではミランダだけだ。




「……完全には不可能だぞ?」


「分かってる。ある程度使えれば大丈夫だ」


「後、かなり繊細な部品を使うことになるから、メンテナンスも必要だ」


「お、おう? ってことは一緒にくるってことか?」




 問いかけると、ミランダは頷く。口いっぱいに頬張って。


 俺はそんなミランダを真っすぐに見据える。




「本音は?」




 もぐもぐ、ごくん。




「……うまいものが食べたい」


「やっぱりそこかっ!」


「部品とかの話はほんとうだぞっ」




 ミランダは頬を膨らませながら抗議してくる。


 まったく。めちゃくちゃ優秀なのは認めるけど、食い気がすごいというか、なんというか。




「とにかく左手は頼んだわ。っと、号外か?」




 玄関からストン、と音がしたのを聞いて、俺は立ち上がって向かう。


 俺は高名な魔術師なので、何か事件があったらこうして情報が提供されるのだ。




 俺はドアを開けてポストから紙を取り出す。






 《指名手配。なにものかの左手、魔王になる。全世界へ宣戦布告した模様》






 ────────は?




 俺は完全に硬直した。




 それってまさか、家出しちゃった左手さんですか?

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