バースデイ~死者に会える部屋~
私の勤める病院には、変わった部屋がある。深夜10時~0時の間だけ、故人に会える部屋。
その部屋で故人に会うにはルールが2つ。1つは、故人の誕生日であること。もう1つは、故人の遺品を持参すること。
その条件がそろえば、会いたい人に会える部屋。それが9階901号室にある。
基本的には空き部屋になることが多い。とはいえその部屋に深夜訪問できるのは、内部の人間だけ……この噂自体も面白がる人が多い為、箝口令が敷かれている。
誰かに見つかれば、注意されるかもしれない。明日から噂されるかもしれない。それでも私は、901号室に行きたかった。
昨年亡くなった最愛の彼女に会いたい。ありきたりだが、最後に話したのは喧嘩した時だった。泣きながら彼女は家を飛び出し、暴走した車に轢かれて……即死だった。
彼女に謝りたくて、彼女と仲直りしたくて半年間誕生日を待ち続けた。彼女が亡くなった翌日から旅行の約束をしていて、彼女はとても楽しみにしていた。悔いがあるに決まっている。必ず会って謝ろうと決心し、警備員室へ向かう。
私はここで警備員として勤めている。そのため、何時ごろ警備員室に人が居なくなるかは十分理解している。
横目で巡回中の文字を見ながら、セキュリティカードを通し中へ入る。すばやく警備員の制服に着替えて、見つからないよう9階へ向かう。
9階自体に、殆ど利用患者はいない。深夜とあって廊下の電気も殆ど消えている。気味が悪くないといえば嘘になるが、巡回が仕事の私には慣れた話だ。
扉の横に付いているプレートを見る。901号室……ここだ。時計を見ると22時5分。彼女が付けていたネックレスを持ち、そっと扉を開ける。
個室の病棟とあって、奥の窓際には机と椅子。手前側にベットがある。誰も居ないはずなのに、ベットの前のカーテンが半分閉まっている。
「美佳? 美佳……いるか?」
そう声をかける。
すると、ベットの枕側の方にフワっとした光のようなものが浮き上がる。それと同時に、カーテンに内側から風が当たったように少し揺れ始める。不思議と恐怖心はない。美佳に会えることに気分は高ぶっていた。
「美佳、話はできるのか? 姿を見せてくれ」
そう言うと、浮いていた光から雲のような白い煙がブワっと溢れる。そうして、流れ出る煙はだんだんと人の形になっていく。私は、美しいその変化に見とれてしまっていた。
しばらくして、輪郭が整い、それは美佳になっていた。
「美佳? 会いたかった……」
美佳はカーテンを開き、ベットに腰かける。私に向かって、小走りで走ってきて飛びつく。
「隼人? 隼人なのね……会いたかった。死んだの?」
「いやいや、死んではない。ちょっとした心霊スポットで、会えているだけだよ」
「そうなの……。でも会えて嬉しい!」
美佳は寂しそうな顔をする。向こうの世界は寂しいものなのだろうか。それよりも言わなくては……。
「それより、あの日はごめん。私が悪かったよ。美佳の気持ちを考えれば、当たり前の事だったのに、自分の事ばかりで私。酷い事ばかり言ってしまった。本当にごめん」
「いいのよ……もう気にしてない。最後の日も喧嘩しちゃうなんてドラマみたい。本当に馬鹿だった……やり残したこと沢山あるのに。悔しい」
それはそうだ。まだ35歳だった。結婚式がしたいという彼女に、金銭面を気にしてしなかった自分が情けない。人生悔いのないようにさせてあげたかった。
私が自分を責めていることにきづいたのか。彼女はそっと私の肩を撫でる。
「そっちはどうだ? やっぱり死後の世界っていうやつがあるのか? 審判が下されたりするのか?」
私が興味本位で聞くと、彼女はふふっと上品に笑う。
「それは言ってはいけないの。ルールでね。喋れないようになってるし。それより貴方の話を聞かせてよ。最近あったこととか、私が死んでからのこととか」
私は、彼女が死んでから月に一度お義母さんと食事をしていること、警備員の仕事を始めたこと、嫌いだったエリンギが食べられるようになったこと、親友が結婚したことなど他愛もない話をして聞かせた。
彼女は終始楽しそうにきいているものの、時折一瞬だけ寂しそうな顔をする。やはり、あちらの世界は寂しいのだろう。私も急に一人暮らしになって寂しい。彼女の言う事をきいて猫か犬でも飼っておけばよかった。
楽しい時間は、早く過ぎる。23時50分……あと10分しかない。
「そろそろ時間みたい。戻らなくっちゃ。私、隼人とずっと一緒に居たかった。せっかく会えたのに、またさよならなのね」
彼女は、泣きながら言う。しかし、私にはどうすることもできない。
「ああ……すまない。毎年ここには来るから。あと30年もしないうちに、行くから待っててくれ」
「嫌……もどっても寂しいの。隼人が居ないと、寂しくて辛くて。一緒に居てよ……」
彼女が上目使いで私を見つめる。そういえば美佳は、寂しがり屋で毎日私が抱きしめてあげないと寝られないような甘えん坊だった。我儘なところも、寂しがり屋のところも可愛くて仕方なかった。
彼女がこうなると、思う存分に甘やかさないと落ち着かない。
「私だって、美佳と一緒に居たいよ。そっちで美佳と愛し合いたいよ」
「そっか……良かった」
彼女がそう答えた途端、すうーっと意識が遠くなる。まるで眠りにつく瞬間のような、現実と夢の間にいるような感覚を覚える。
私は、一体何をしているのだろうか。椅子の上に立っている。まあいいか……。誰も居ないフロアに、ギイッと軋む音が一瞬聞こえる。意識が遠のいていく。
「立花隼人さん? 立花隼人さん、聞こえますか?」
真っ白い天井が見える。顔を向けると、顔なじみの先生が私の顔を覗きこんでいる。何故か声が出せず、軽く頷く。
「あなたね……何をしていたか聞かないですけど、あんなところで首を吊っても会いたい人には会えませんよ?」
首吊り?首を吊った覚えなど……そう言われて夢のような記憶を思い出す。ぼんやりとした記憶のなかで、首を吊ろうとしていた。
「たまたま、電気が付いている901号室を不審に思った警備員が扉を開けて、すぐに下したから良かったものの、少し遅ければ立花さん死んでましたよ?」
自殺願望は無かったつもりだったが、確かにあの時私は美佳を追いかけようとしたのかもしれない。同僚には後でお礼しとかなきゃいけないな。
「じゃあ、安静にしててくださいね」
そう言い残し、私以外は全員外へ出ていく。個室なのは、気を使ってくれているからだろう。電気を消して、布団へもぐる。
首のあたりを触ると、縄の跡が付いている。あんなところに縄なんかあるはずないのに、不思議なものだ。
その時、ベットの下から、ぬうっと女の頭だけが飛び出してくる。あの煙のような白い状態で、私の顔を見てニヤァとする。
「あーあ、ざーんねん。死ねなかったね。来年も来てくれるんでしょう?」
美佳の声でそういった女の顔は、口を大きく開きケタケタと笑う。
それは、美佳の顔ではなかった。そのままスッと風のように消えてしまう。
死者に会える部屋……美佳に私は会えなかったらしい。もう私が、あの部屋に近づくことは無いだろう。