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月花の君 ~月明かりに、君を待つ~  作者: suimya
第1章 月浮かぶ静寂に、始まりを告げる
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第9話 旅立ち



「坊っちゃん買ってきましたよー!」


「ありがとう」



 気丈に振る舞う小雪が買ってきてくれた、お茶と茶菓子を受け取る。

 中京国の王都である臨祠(りんし)は、琵琶湖東岸に建造された巨大な城邑。



 その臨祠(りんし)を発った僕らは、今は山々の間を縫うように敷設された街道を進んでいる。

 王都へ至る街道なだけあって道沿いに茶屋があるなど、賑わいはそれなり。



 急ぐ旅ではあるけれど、まだまだ先は長い。

 闇雲に焦っても意味は無く、休憩がてら茶屋の長椅子で一息つくことにしたのだ。



「お団子の甘さと、この渋めのお茶。外で食べると旅って感じがして、わくわくしますね!」



 団子とお茶に舌鼓を打ちつつ、にこにこ笑っている小雪を見てつられて僕も笑ってしまう。

 ⋯⋯たしかに、疲れた体には団子の甘さが心地良いな。



 小雪は笑顔が良く似合う活発な性格で、僕が物心ついた時からずっと側で世話をしてくれている。

 またそれだけでなく、2年間の人質生活を共にしてくれた大切な従者。



 2年前、僕が玄悠様の元へ人質として出される時、お祖父様は小雪の任を解こうとしていた。

 人質生活はいつ終わるとも分からず、当時14歳だった小雪には荷が重いと考えたのだろう。



 けれども、小雪はお祖父様の説得をまるで聞かなかったらしい。

 僕が一人前になるまでは傍で面倒を見るのが自分の仕事だとして、逆にお祖父様を説得したと笑っていたっけ。



 人質という境遇においては辛い事も多く、また不安になることも多かった。

 今にして思えば、小雪がいてくれたから僕は耐える事が出来たのだと思う。



 僕にとって、小雪の存在は欠かす事が出来ない程に大きい。

 今だって文句の一つも言わず、側にいてくれる小雪に支えられている。



 本来なら帰国するにあたって、主である僕は馬を用意すべきなのだ。

 にも関わらず金銭面の都合から馬を買えず、また中京国に赴いた際に乗ってきた馬も返却してもらえなかった。



 普通であれば不満の一つも出てきておかしくない。

 でも、小雪は不満も文句も言わず、こうして側にいて僕の事を気にかけてくれている。



 2年間、2人だけで生活していた時だって、そして今だって小雪に救われてばかり。

 国に帰って落ち着いたら、何か小雪が喜んでくれる事をしたい。



「これからどうしますか?山向こうに出たら南下して、東海地方に出るのが一番早く大京国内に入れますかね」



 茶屋で借りてきたのか、気付けば小雪が難しい顔をして然程大きくない地図と睨めっこしている。

 横から見た感じだと、たしかに山道を抜けた後は南下するのが良さそうだ。



 東海地方へ抜ければ海沿いは平坦な地形が広がっているし、往来する人の数も多い。

 大京国内に入った後でなら、官舎等で馬を借りる事も可能だろう。



「そうだね。臨祠を出るのに4日もかかっているし、まずは一刻も早く大京国の勢力圏に入りたい」


「うぅ、すみません。私が付いてきたばかりに⋯⋯」


「いや、小雪は悪くないよ。玄悠様への挨拶に時間がかかっただけだから」



 臨祠(りんし)を出るにあたって、僕は玄悠(げんゆう)様に挨拶に来るように言われた。

 玄悠様は中京王であり、王という身分は決して気楽なものでは無い。



 それどころか、その毎日は分単位で予定が埋まった激務の連続。

 帰国の挨拶となれば正式な謁見となるが、人質の挨拶など後回しにされても文句は言えない。



 他国の使者ですら、謁見まで数日待たされることも珍しくないのだ。 

 挨拶に来るよう言われていたとしても、いつ謁見出来るかは全くの未定と言ってよかった。



 だから小雪は何も悪くないし、謝るような事は何も無い。

 にも関わらず小雪が謝るのは先に帰国するよう言った際、それを拒んだ事を悔いているのだろう。



 僕らは2年間、中京国が管理する官製の住居で暮らしてきた。

 国が管理している建物に住む場合、それは賃貸ではなく借用となる。



 本来、官製の住居というのはその国に仕える官吏が住むもの。

 明確な借用期限は無い代わりに、暗黙の約束事として退官した場合は退去しなければならない。



 そんな中、僕達は中京国に仕える身ではないにも関わらず借用していたのだ。

 その期限というのは、たしか国が退居を求めるまでとなっていたはず。



 あの時に玄悠様から帰国を言い渡されていた以上、即刻退居を求められる可能性もあった。

 すぐさま身の回りを片付け、住居を返納する必要があったのだ。



 僕一人でやろうと考えていたのだけれど、小雪がそれを頑なに拒んだ。

 理由としては主である僕に一人でそんな事をさせるわけにはいかないとしていたが、きっとそれだけが理由では無いのだろう。



 僕は日中は毎日王宮に上がるため、生活のほとんどは小雪が取り仕切っていた。

 小雪は小雪なりに、生活を取り仕切る者としての矜持があったのだと思う。



 結局、僕と小雪の二人で翌日から丸一日かけて住居内をくまなく清掃し、監督する庁舎にて手続きを行い住居を返納。

 持ち運べない物は全て処分するなり、換金するなりして手持ちの足しにした。



 住居を返納後は宿屋の一室で数日を過ごし、ようやく玄悠様に謁見できたのが帰国を言い渡されてから4日後。

 5日目にして僕らは臨祠を発ち、今に至るわけだ。



「小雪、お金は大丈夫そう?」


「宿代を切り詰めれば何とか!坊っちゃんには申し訳ないのですが、小雪と同じ部屋で我慢してくださいね」


「もともと同じ家で暮らしてたんだし、僕は構わないよ」


「そういってもらえると助かります」



 なるべく平静を装ったけれど、正直なところ小雪と同じ部屋は照れくさい。

 小雪は16歳であるため体は女のそれであり、同じ部屋では嫌でも色々と目に入ってしまう。



 住居を返納後、借りた旅館でもそういった場面は多くあった。

 謁見の日取りが未定という事で最も安い部屋にしたわけだが、部屋が狭いと不都合な事も多い。



 とはいえ、帰国するまでは贅沢も言っていられない。

 小雪だって我慢しているのだろうし、ここは僕も我慢しなければ。



「そろそろ行きましょうか。この宿場町まで行けば、どこかしらの宿が取れるはずですから!」



 小雪が地図上で指し示した宿場町は、山を越えた先。

 たしかに、そこまで目立った宿場町は無く、日暮れまでに着こうと思えばそろそろ発たなければならない。



「そうだね。野宿はさすがに怖いし⋯⋯。遅く着けば旅館も埋まってるだろうから、少しでも早く着いた方が良いね」



 今進んでいる街道は山々の間を縫うようにして敷設されたもので、当然ながらどこまでも平坦な道が続くわけではない。

 今のところは歩きやすい道が続いているが、場所によっては道幅が狭かったり坂道だったりと、険しい場所も出てくるだろう。



 また山の日暮れは平地に比べて早く、気温も一気に下がる。

 着の身着のままに近い状態での野宿、しかもそれが山中というのは出来れば避けたいところ。



 そして、これから僕らが目指す宿場町というのは歓楽街も備えた、臨祠(りんし)周辺では最も大きな宿場町。

 臨祠(りんし)との間を往来する者は、ほとんどがその宿場町で宿を取る。



 そのため着くのが遅ければ、宿が取れない可能性も有り得る。

 日没後に辿り着こうものならほぼ間違いなく、まともな宿は取れないだろう。



「⋯⋯小雪?」



 大きく伸びをして、気合を入れ直す。

 深呼吸をして歩き出そうとした矢先、不意に小雪に腕を掴まれる。



「坊っちゃん、どうも良くなさそうです」



 小雪の視線の先、そこにあるのは僕らがここまで歩いてきた街道。

 臨祠(りんし)へと至る方の街道を眺めながら、小雪が嫌そうな顔をしている。



 何を見ているのかと思って同じ方向を見れば、そこには彼方で砂塵が起こっている。

 砂塵の元では数騎の騎馬がまとまって移動しているのも薄っすらと確認でき、こちらへと近付いてくる模様。



「⋯⋯どっちかな?」


「どちらにせよ、関わらない方がいいかと」



 目的は不明にしても騎乗しているという事は、馬上の人間はそれなりの身分。

 それが臨祠(りんし)がある方向から向かってくるのであれば、確かに関わらないのが一番だろう。



 とはいえ、街道は今までも此処から先も一本道。

 徒歩と騎馬とでは進む速度に差がありすぎ、どこかで必ず追いつかれる。



「ここは⋯⋯空蟬(うつせみ)かな」


「そうですね!坊っちゃんがどれくらい使えるようになったか、楽しみです!」


「あまり期待はしないでもらえると助かるかな」



 才能溢れる小雪に比べれば、僕の空蟬(うつせみ)なんて大したことは無い。

 第一、少しずつ小雪に教えてもらっていたものの、練度が圧倒的に不足しているのは否めない。



 とはいえ、普通に歩いていては確実に騎馬に追いつかれて遭遇する事になる。

 先を急ぐ以上は面倒事は御免だし、ここは不完全でも使わざるを得ないか。

 


「坊っちゃんが途中で疲れたら、小雪がおんぶしてあげますね!」


「それはやめて!」



 さすがに小雪におぶってもらうのだけは、勘弁して欲しい。

 街道には僕ら以外にも、少なくない数の人間が歩いているのだ。



「行くよ!」


「はいっ!」



 もう一度だけ騎馬の位置を確認し、僕らとの距離を測り直す。

 ⋯⋯思ったより、結構近いか?



 小雪と目配せし、僕らは茶屋の前から瞬く間に消え去ったのだった。 















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