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月花の君 ~月明かりに、君を待つ~  作者: suimya
第1章 月浮かぶ静寂に、始まりを告げる
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第8話 鼎談



 扉の向こうへと消えた、小さな背中。

 意気消沈した、必死に感情を堪えていた表情が、目に焼き付いている。



「⋯⋯少し、気の毒ではありました」


「氏雅よ、珍しく情でも湧いたか?」



 決して、同情したわけではない。

 宰相という一国の政治を預かる立場として、今回の事は絶対に必要だった。



 国政を動かす立場において、私情を挟むことは許されない。

 ただ自国の国益に対し、必要と思われる手段を講じていくだけ。



 それが直接的・間接的問わず、自国とそこに住まう民を守る事へ繋がるのだ。

 だが、悠月殿が帰国を願い出るように仕向けておきながら、少し憐愍の情が湧いた。



「そうしろ、とのことだ。やむを得まい」



 玄悠様が何気なく空中に手をかざすと、その掌中に光が生まれ、ゆっくりと収束していく。

 眩いばかりの光が収まった後、その掌に残ったのは一冊の書物。



 それは、装丁全てに白が用いられた純白の書物。

 背にも表紙にも、本の表面には一切の文字も汚れも見られない。



 よくよく見れば書物は先程の光の残滓を纏っており、純白の装丁と相まって神々しさを感じさせる。

 ひと目見ただけで分かる⋯⋯これは、この世の物ではないことが。



「⋯⋯ふん、中身は外身と違って禍々しいものだ」



 開いてすぐ、玄悠様は辟易した様子で書物を放り投げる。

 放り投げられた書物は落下して地面に叩きつけられ⋯⋯るようなことは無かった。



 全ての物は重力の作用により落下し、地面へと縫い付けられる。

 そんな物理法則を嘲笑うかのように、純白の書物は空中で静止している。



「何度見ても不思議な書物ですなぁ」


「神話の時代の書物ですから。⋯⋯何か、新しき事でも?」


「あやつが考えることは分からん。だが、悠月(ゆうげつ)の行く先は変わらない。同じ時を生きるはやて雅楽(うた)には、苦労をかけることになる」


「「それは⋯⋯」」



 それきり玄悠様は口を閉ざし、空中で静止し続ける書物を見上げる。

 その目には何が映って、何を考えているのか。



 宰相として主の考えに思いを及ばせるのと同時に、愛する娘の未来の為に何が出来るのかを考えなければならない。

 隣を見ると竜臣殿も難しい顔で書物を見上げていた。



 純白の書物は、高い場所から悠然と世界を眺めているかのよう。

 そして、三者三様の胸中を嘲笑うかのように輝きを強めると、どこへともなく消え去った――



******************



 純白の書物を手にしながら、女は笑う。



玄悠(げんゆう)は上手くやってくれたみたいだね。ああ、紅茶とお菓子はそこに置いてくれると助かるよ。レイリア」



 透き通るような白い肌に、綺麗に手入れされた白く長い髪。

 純白の書物を眺めるその瞳は、闇を纏った宝石のように輝いている。



 女は黒のロングドレスを身に纏い、それが彼女の白く長い髪を、より一層際立たせる。

 白と黒の明暗が、女を艶っぽくも鮮やかに飾っている。



 絶世の美女とも言える美貌を持ち、妖艶な空気を纏う女。

 彼女を見た男性は、もれなく彼女の虜となるに違いない。



 純白の書物をテ-ブルに置くと、女は置かれているカップを白く細い指で持ち上げる。

 そしてカップの中に注がれた、淹れたての紅茶をゆっくりと口に含み、嚥下する。



「うん⋯⋯今日も素晴らしいよ。彼もしくは彼女は、彼として現し世に生を受けた。そして、この書物に名を刻んだ。⋯⋯楽しみにしているよ、悠月(ゆうげつ)くん」



 その表情は、まるで恋をするうら若き乙女のよう。

 女は愛おしそうに、何度も何度も純白の書物を撫で続ける。



 やがれそれも飽きたのか、女は上気した表情で息を吐く。

 恍惚とした女の表情は、世界そのものを虜に出来るほどに美しい。



 女は、これから始まるであろう素敵な茶会に思いを馳せ、楽しげに笑うのだった――










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