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月花の君 ~月明かりに、君を待つ~  作者: suimya
第3章 万雷の果て、霞む彼方
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第73話 歴史は紡がれ、新たに巡るは、かつての過ち



 中京国と大京国。

 隣接し、今後衝突するであろう2つの国には大きな違いがある。



 中京国は粛清に次ぐ粛清で中央集権を確立し、大京国は未だ前時代的な国体から脱却できていない事が、それに当たるだろう。

 未だ領地を有する貴族が多い大京国では、国全体に王室の威光は届かない。



 それどころか、隆盛を極める中京王室とは対照的に、空洞化が深刻を極めるほど大京王室は衰退している。

 今なお超大国とかつての大国という差はあれど、共に覇を唱えた国同士。



 何がそこまでの差を齎したのかと言えば、それはやはり貴族の力によるものだろう。

 大京国には、他国には見られない特異点が存在する。



 それは、王都・蒼纏そうてん内に領地を持つ貴族がいるという事。

 屋敷を持つならいざ知らず、都内に領地を有するなど他国では考えられない事ながら、大京国ではそれが許されている。



 彼らは王域諸侯と呼ばれ、王室派の北部諸侯と反王室派の南部諸侯に分かれる。

 中でも大京国の中央集権を阻害し続けている、自己の権益のために国益を損なう南部諸侯は諸悪の根源と言っていいだろう。



 何故そのような存在を大京国は許しているのか。

 それは、大京国の建国と発展が深く関わっている。



 大京国は、元々は蒼纏一つで建国された。

 建国後は周辺勢力との戦いの日々であり、初代国王とその実子である伯凰はくおう伯鳳はくほうの双子の姉弟という優れた指導者の元、大京国は国としての礎を築いた。



 累年、大京国はその強固な基盤を元に発展を続け、その間、一度として蒼纏を失う事は無く。

 常に王都で在り続けた蒼纏は国土の拡大と共に、その規模を拡大していく事になる。



 その結果、列島最大と謳われる巨大な城邑となった蒼纏。

 巨大過ぎれば当然ながら管理し辛く、行政の目も行き届かない。



 その時に伯凰・伯鳳のような優れた指導者がいれば良かったのだが、貧すれば鈍すというべきか。

 国の今後を占う局面で君臣共に凡器が揃い、凡器が出す答えというのは往々にして凡庸極まりないもの。



 大きすぎるのであれば、小さく切り分ければいい。

 そんな安直な考えの元、当時の指導者達は蒼纏内を23区に分割。



 全てを王室が管理するのは難しいとし、9区を王室直轄区、残り14区には各区毎に行政長官を立てた。

 一応の防衛機構として長官職には土地・民の私有を認めず、一代限りの名誉職という程度の保険をかけたわけだが⋯⋯。

 

 

 怠惰で浅はか、あまりに軽率過ぎる行いだったと言えるだろう。

 曖昧な記述による明文化、罰則の無い常識と良心に基づく職位返納。



 そのようなものが、いつまでも機能するはずが無い。

 案の定、ある時期を境に長官職は形骸化していく。



 まず、南部の長官達が結託した上で行政担当区の土地と民を私物化し、更には王室からの職位返納要請をも黙殺。

 そこから数世代をかけて世襲制すら確立し、王室の影響力を完全に排除した。



 王室もこれに対し、泣き寝入りを決め込んだ訳ではない。

 先代・先々代という久方ぶりの英邁極まる国王を戴き、伯雷・悠雲による切り崩しが行われた。



 両者は盛んに政治工作を行い、穏健派の北部諸侯を味方に付け。

 真綿で首を締めるようにして、南部諸侯を追い込んでいき――。



 あと一歩の所まで迫った南部諸侯の切り崩しも⋯⋯累年等しく結局は成功しなかった。

 折り悪く先代国王が崩御してしまい、その政治的空白を衝いて南部諸侯は王族という巨大な後ろ盾を得てしまったのだ。



 それにより何が起こったかと言えば、狩る側と狩られる側の逆転。

 南部諸侯は同じく冷遇されていた王族と共に武力に訴え、王室はあっという間に多くの実権を失った。



 王室が無力化・空洞化してしまっては、さしもの伯雷・悠雲も打つ手が無い。

 結果、現国王の元では両者の政治工作は鳴りを潜め、その活動もぱたりと熄やんだ。



 伯雷は王族を統べる者として暴れ馬に等しいその手綱を握り。

 悠雲は北部諸侯の実質的な盟主として力を蓄え。



 閉塞感が満ちていく中、それぞれの立場から王室が瓦解せぬよう尽力。

 表立った活動はせずとも、両者共にかつて抱いた思いを捨ててはいないのだ。



 いつか再び好機が巡って来たなら、その時には必ず――。

 そんな思いに応えてか、両者の前には再びの好機が巡って来ようとしていた。



********************


 

「いらっしゃい、悠月君」


「またお世話になります」


「気にしないでいいわ。この状況じゃさすがに、ね」



 お祖父様の重臣に付き添われ、送り届けられた先。

 そこは以前に一度お世話になり、ここ最近は毎日のように通っていた白峰邸。



 今、天宮邸は空も同然。

 当主であるお祖父様は屋敷を離れ、自家の兵を使って王城の守りを固めている。



 それに伴い女中含めて天宮邸に勤める人達は皆、王城内での預かりとなった。

 そんな中、僕だけがお祖父様の指示によって凪様の元へ。



 その際にお祖父様は多くは語らず、ただ一言、今は関わるなと言われただけ。

 関わらずとも、そこには政治的な臭いがするというもの。



 政治的な臭いといえば、ここ白峰邸もそう。

 伯雷様が発動した強権により、今や蒼纏内は上へ下への大騒ぎ。



 にも関わらず、白峰邸には普段と何一つ変わらない静けさがある。

 戦時と見紛うばかりの混乱を呈する都内にあって、この静けさは異様と言う他無い。



「ここは随分と静かなんですね」


「今回、うちは関与しないもの。伯雷様にしても先生にしても私には何も言わなかった以上、2人で片を付けるつもりでしょうし」



 伯雷様が発動した強権。

 それは、王域諸侯のうち南部2家の取り潰し。



 公の理由としては先の遠征に際して兵を出し渋ったというもの。

 だが、長年に渡る王室と南部諸侯の確執を考えれば、額面通りに受け取る人間は居ないだろう。



 王室から貸与された権限を私物化してきた、南部諸侯への王室側の逆襲。

 反王室派の切り崩しが目的であり、これはその狼煙に過ぎない――と多くの家々は見ているに違いない。



 最悪、再び王室と南部諸侯で武力衝突が起きる可能性もある。

 そこに凪様を巻き込まなかったのは白峰家への配慮なのか、それとも次代を担う者を渦中から逃したかったのか。



 とはいえ、逃した先で南部諸侯側に協力されては困る。

 現状、凪様が南部諸侯へ協力する理由は無く、またそれで得られる利益も無い。



 それは伯雷様もお祖父様も分かっているはず。

 それでも万が一に備え、楔として打ち込まれたのが僕⋯⋯という事だろうか。



 僕を迎え入れれば白峰家を中心とする勢力は、関与せずとも王室側と見なされる。

 白峰家という巨大な勢力に直接関与させず、南部諸侯が触手を伸ばすのを防ぐにはそれが1番手っ取り早い。



 逆に白峰家が南部諸侯へ協力する腹積もりであれば、僕は絶好の手土産という事に。

 そうなれば白峰家は明確な形で南部諸侯へ協力した事になり、伯雷様とお祖父様は正義の名の元に纏めて攻め潰すだろう。



 最悪の場合には捨て石に――。

 またか⋯⋯といった感は否めないものの、予想通り凪様に南部諸侯へ協力する素振りは見られない。



 もしその気があるのであればそれこそ、今入ってきて耳打ちしている重臣にでも捕えさせればいい。

 それをせず、こうして対面しながら寛いでいるのが何よりの証拠だろう。



「素直に従わないのは分かっていたけれど⋯⋯。南部諸侯は兵を集め始めたみたいね」


「伯雷様はどうするのでしょうか?」


「伯雷様が諦める事は無いわ。人口の多い南部2区を取れば、伯雷様が掲げる公民による1軍形成が実現するもの。王室が直属の1軍を有するようになれば⋯⋯」


「なれば?」


「悠月君も分かっているのでしょう?とにかく、伯雷様がこの好機を前に譲る事は無いわ。そうなれば先生も譲らないでしょうし⋯⋯あぁ、そう」



 新しく入ってきた別の重臣が凪様に耳打ちし。

 手渡された1枚の紙に目を落とす凪様。



 眉を顰め、その表情は深刻そう。

 それだけで書かれている内容が良くないものだと分かった。



 けれど、その内容というのは⋯⋯。

 まさか――。



「凪様?」


「⋯⋯伯雷様が屋敷を出たわ」







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