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月花の君 ~月明かりに、君を待つ~  作者: suimya
第3章 万雷の果て、霞む彼方
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第72話 英雄は知らず、ただ天才となる子のみを知る



「おぉ、悠月」


「ご無沙汰しております」


「なに、気にするでない。それよりも凪に稽古を付けてもらっておるそうじゃの」



 町で会った伯羽さんと連れ立って帰ってきた自邸。

 門を抜けた先、丁度玄関先ではお祖父様が伯雷様を見送ろうとしている。



 これは⋯⋯ぎりぎり間に合った?

 ちらっと伯羽さんを見れば片目を瞑り、首尾は上々と伝えてくる。



「凪は強かろう?」


「はい、とても勉強になります」


「剣姫の名は伊達ではない。あの若さで止水を生み出した凪の才能は本物じゃ。その点においては儂でも到底及ぶまい」



 凪様を持ち上げるのは伯雷様の処世術なのかもしれないが、それはあまり謙遜が過ぎるだろう。

 凪様と同じ30歳前後で既に、伯雷様は大京軍を率いて各国と渡り合っていたと聞いている。



 最前線で兵を率い、昔も今も最強と名高い中京軍すら破り。

 雷公の名で世界を震撼させ、各国が脅威と感じるほどに大京国の国威を高めた。



 それまで中規模国家だった大京国は伯雷様のお陰で、一躍大国へと踊り出る事が出来た。

 各国が大京国を認めたのは伯雷様の働きによるところが大きいのだ。



 各国から雷公と渾名される程に、軍事・内政・外交の全てで絶大な功績を残す伯雷様。

 そんな伯雷様は大京国の正卿としてだけでなく、個人としても絶大な盛名を有している。



 その霊術は、唯一無二の雷の霊力で構築されている。

 霊力には4つの基本属性と3つの特殊属性があるが、雷の霊力はそのどれにも当てはまらない。



 希少とされる3つの特殊属性【空】【地】【央】の中でも、100年に1人生まれるかどうかと言われるほどの希少性。

 伯雷様は大京国にあって唯一の【央】属性を持っており、雷の霊力はそこから派生している。



 100年に1人の逸材にして、大戦期に堂々の戦績を残して今を生きる伯雷様。

 そんな人が及ばない才能があるとは、到底思えない。



 事実、伯雷様と凪様が手合わせをすれば若さで勝る点で凪様が有利かもしれない。

 けれど、どんなに最悪の場合でも、伯雷様が負ける事は有り得ないだろう。



「凪様に教えを乞い、一層の修練に励みます」


「それについては心配しておらぬ。悠雲、玄悠王、静、悠星、それに⋯⋯小雪もそうかの。そなたは天才に囲まれ育ったような子じゃ。皆がそうであったように、そなたもいずれ天才へと至るであろう」


「そのような事は⋯⋯」


「英雄は英雄を知るという。だが、残念な事に儂は英雄からは程遠い。それ故、そなたが英雄かどうか儂には分からぬ。儂は己が菲才を恥じ、日々研鑽と努力を積む者だ。そうして長らく生きた果てで儂が得たのは、富や名声ではなく人の才を愛する心。それだけが、儂の誇りよ」



 人の才を愛する心――たしかに、伯雷様は有能とあらば出自を問わず、皆が見向きもしないような者でも才を見抜いて抜擢する。

 それはお祖父様が外臣と言われながらも、次卿である事からして明らかだろう。



 最終的に承認するのは国王でも、その前準備や下拵えをしているのは伯雷様だ。

 お祖父様も僕も、伯雷様のお陰で今があると言っていい。



 それほどの人が英雄でないとするならば、今の世のどこに英雄がいるというのか。

 今日の大京国の地位を築いたのは間違いなく伯雷様であり、その偉業は後世へと語り継がれる。



 偉業が偉業であればあるほど、多少なりとも己を誇る気持ちが生まれるもの。

 傲慢と言われようとも人である以上、その気持ちを抑えるのは難しい。



 けれど、揺るぎようのない金字塔を打ち立てて尚。

 権力・名声・富の全てを得て尚、それでも伯雷様は己を誇らない。



「群雄割拠。英雄が乱立すればこそ戦乱の世は生まれるとされるが、実はそうではないのだ。聖人や君子が怒れば争いは止み、喜べば争いは止むと言われる。聖人や君子の喜怒は争いを止める事が出来る。そう考えれば今の世のどこに聖人や君子、英雄がいるというのか。今を生きる者の気宇は、かつての名王達や我が祖である伯凰はくおう様・伯鳳はくほう様に遠く及ばない。それ故に各国を総攬する者がおらず、争いが繰り返される。英雄不在――それが戦乱の世の真なる姿よ。だが⋯⋯悠月、もしかするとそなたならば英雄となれるやもしれぬな」



 楽しみな事だ、そう言って笑う伯雷様。

 最後の言葉は伯雷様なりの気遣いだろうけれど。



 英雄同士がぶつかり合い、鎬を削り合うから戦乱の世は起こるものだと思っていた。

 けれど伯雷様の言葉を借りれば、本当の英雄が1人でもいれば争いは起こらない事になる。



 だから、伯雷様は自分の事を英雄からは程遠いと言ったのだろう。

 その一方で、冗談半分でも僕なら英雄になれるかもしれないと言ってくれた。



 伯雷様ですら達し得ない高みに僕が至るなど、まるで想像がつかない。

 けれど、そう言って貰えた事実に、思わず身震いしそうになる。



「伯雷様、ここは外からも見えます。あまり場所としては宜しくないかと」


「ふむ、悠雲がそう言うのであれば行くとしよう。悠月。一仕事した後、そなたの成人を執り行う。そう遠い話ではない故、ゆめ準備を怠るでないぞ」



 そう言って歩き出した伯雷様と、それに続くようにして側へ歩み寄った伯羽さん。

 伯羽さんの濡羽色の髪は斜陽を反射してより黒く、伯雷様の灰がかった髪は赤く染まっている。



 先程抜けてきた門外まで皆で戻り、2人の姿が見えなくなるまでお祖父様と見送る。

 そうしてお祖父様が動いたのに合わせて、邸内へ戻ろうとした時。



「悠月」



 お祖父様の足がぴたりと止まり、重々しい口調で名前を呼ばれる。

 それは、普段の会話で名前を呼ばれる時とはどこか違うもの。



 何を言われるのかと内心で構えていると、暫くの沈黙の後。

 その背中越しに聞こえてきたのは――。



「お前は間違っても、家名に頼るような生き方はするな」











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