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月花の君 ~月明かりに、君を待つ~  作者: suimya
第3章 万雷の果て、霞む彼方
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第71話 染雪 伯羽



「そこに居るのは悠月じゃないか?」



 寧子ねこを送っていった帰り。

 特に予定も無く僕も帰るだけなのに、どうにも真っ直ぐ帰る気になれず⋯⋯。



 あっちへふらふら、こっちへふらふらと漂っていると不意に声をかけられる。

 その声の主を探してみれば、そこに居たのは。



 僕よりも身長が高く、爽やかな空気を纏った好青年。

 風に吹かれて揺らめく濡羽色の髪、その下から覗く同じ色をした瞳。



「2年ぶりだと分からないかな?」


「もしかして⋯⋯伯羽はくうさん?」


「そうそう!忘れられてなくて良かったよ」



 2年前、最後に会ったのは王宮内だったか。

 中京国へ向かう前にお祖父様に連れられて行き、そこで。



 ⋯⋯2年ぶりに会ったけど、伯羽さんってこんなに身長高かったっけ?

 いやでも、僕の記憶が正しければ伯羽さんは今年で14歳。



 劇的に身長が伸びる時期らしいし、こういう事もあるか。

 王族でありながら気取らない感じは前と変わらないけれど、大きく変わった外見に少しおどおどしてしまう。



「悠月はあまり変わらないね」


「そうです⋯⋯かな」



 歳が近いといっても、伯羽さんは王族。

 本当ならしっかりと敬称と敬語を使わなければいけない。



 でも、それをすると伯羽さん嫌がるんだよなぁ。

 現に敬語になりそうになった瞬間、じっと見られて変な言葉遣いになっちゃったし。



「これから帰る所かい?」


「いや、えっと⋯⋯」



 あちこち漂いながらも何となく足は自邸の方へと向いており、ここから屋敷まではそう遠くない。

 だからといって今すぐ帰る気があるかと言われれば⋯⋯。



 あちこちふらふらしていたら何となく、それこそ偶然でも小雪に会えたりしないものか。

 そんな事を考えていたなんて、恥ずかしくて伯羽さんに言える訳がない。



「伯羽さんはどうしてこんな所に?染雪邸からは全然遠いのに」


「ん?俺は祖父さんのお伴でね」


「伯雷様の?」


「祖父さん、今頃は天宮邸で悠雲様と2人っきりじゃないかな。天宮邸に着くなり俺が放り出された所を見るに、余人には聞かせられない話だろうね」



 伯雷様が屋敷でお祖父様と2人きり。

 王宮内の執務部屋や染雪邸ではなく、わざわざうちの屋敷まで足を運んだという事実。



 伯羽さんの言う通り余人に⋯⋯特に王族に漏れたら困る話があると考えるのが普通か。

 恥ずかしい内心を誤魔化すために違う質問をぶつけてみたら、思わぬ話が転がり出てきた。



 僕がまだ未成年で政治に関与する立場にないからこそ、伯羽さんも口を滑らせたのだろう。

 まぁ、僕としてはこれで今暫く帰らなくて良い正当な理由を得たから⋯⋯いや、待てよ?



「これでもう暫く帰らなくて済むね。そこで時間でも潰そうか」



 うっ⋯⋯やっぱりそういう事か。

 未成年だから口を滑らせたんじゃなくて、僕の内心を見抜いた上で。



 見抜かれていた恥ずかしさに苛まれつつ、おずおずと伯羽さんの後ろを付いて歩く。

 そうして入った先は、すぐ近くにあった団子屋。



「あの⋯⋯」


「あぁ、気にしないでいいよ。俺の奢りだから」



 そう言って手早く注文を済ませ、さっさと席に座る伯羽さん。

 町の団子屋にふらっと入ってこの手慣れた感じ、王族――それも染雪家の御曹司とはとても思えない。



 奢りと言われ、既に僕の分の注文も済まされ、更には手招きまでされたとあっては。

 今更、店を出るわけにもいかないか。



「祖父さん達じゃないけど、これが俺らの密談って事で。何かあったんだろう?」



 町の団子屋、それも店内ど真ん中の席。

 他の客や忙しなく行き来する店員がいる中での密談。



 何気ない言葉遣いと気遣いで、気付けば人の心にすっと入ってきている。

 伯羽さんのような人を、一般的に人たらしと言うのだろう。



「で、何があった?」


「⋯⋯実は」



********************



「なるほどねぇ〜。凪様がそんな事を」


「うん」



 運ばれてきた団子を食べ、茶を飲み。

 衆人環視の中での密談は、滞りなく進んでいく。



 伯羽さんとは本当に2年ぶりに、そこの通りで再会しただけ。

 本当ならもっと緊張したり、他にも色々な話があったりするはずなのに。



 話を進める上で上手く誘導されている感はある。

 でも、それによって2年という空白の時間が無かったも同然になるのは、伯羽さんならではだろう。



「小雪さんは魅力的だもんなー。俺が娶りたいくらいだし」


「うん。え⋯⋯?」


「冗談だよ。でも、悠雲様の考えが最もだろうね。小雪さんは所詮、袖下家の娘。かつては王女を迎えた家でも、今となっては往時の勢いは無いに等しい。袖下・白峰どちらから嫁を迎えるかと聞かれれば、断然白峰家だね」



 ⋯⋯やっぱり、伯羽さんでもそうなるのか。

 当主の婚姻は個人同士を結びつける物ではなく、家と家を結びつける政治材料。



 小雪が個人として良くても、家柄が伴わければ格不足の烙印を押されるのは避けられない。

 もっとも感情に蓋をして、それを甘んじて受け入れるのが貴族としての務めでもある。



「時期も良くない。王宮内では次の正卿は凪様と専らの噂だしね」


「次の正卿はお祖父様じゃ⋯⋯」


「祖父さんが引退したら表向きはそうなるさ。でも、同時に凪様が次卿になる。悠月なら、この意味が分かるだろう?」



 序列から言って、伯雷様が引退すれば次に正卿になるのはお祖父様。

 第3位の卿である凪様が次卿のお祖父様を飛ばして正卿になるには、相当に用意周到な根回しが要る。



 何より、伯雷様が自身の後任としてお祖父様を避けて凪様を指名するとは考えづらい。

 なら、どうして王宮内でそんな噂が流れるのか。



 お祖父様が正卿になった際、伯雷様のように群臣全てを統御出来るかと言えば。

 まず間違いなく王族共はお祖父様の意向には従わないだろう。



 王族が従わないのであれば、それと裏で繋がっていると思しき南部諸侯達も同様。

 お祖父様の足を引っ張るためだけに所構わず悪声を放ち、政令すら無視するようになるかもしれない。



 そうなれば、政府内には王族共を黙らせるだけの実力者が必要になる。

 今のところ、国内でそれが出来るだけの実力を有しているのは白峰家のみ。



 そして、その家の当主は誰かと言えば凪様。

 正卿と王族が対立するなか世論を動かすほどの力を有する白峰家当主が次卿となれば、伯羽さんの言う通り、事実上の正卿は凪様という事に――。



「まったく。おかげで俺の嫁取りは先延ばしになりそうだよ」


「伯羽さんも大変ですね」


「ま、うちくらいになると露骨にぶら下がろうとする輩も多くなるからね。それと、敬語!」



 国内最大勢力を有する家の御曹司。

 それこそ、その結婚には一切の私情を挟むなど許されないのだろう。



 その点、まだ悩めるだけ僕は幸せというべきなのか。

 笑いながら敬語を使った事を注意され、その気さくさの裏では伯羽さんも大変なんだな⋯⋯。



「っと、そろそろ出ようか。いい加減、祖父さん達の方も終わってるだろうし」



 待たせると小言がさー、なんて言いながら少し慌てた様子で伯羽さんが席を立つ。

 たしかに、気付けばそれなりに長い時間話をしているし、向こうの話が終わっていても不思議は無い。



 でもそうなると、ここからうちの屋敷まで遠くなくとも間に合うのか。

 まぁ、伯羽さんの事だから小言を言われそうになったら、何かしらの手を用意して上手く逃げるのだろう。



「自分達は人を待たせるくせに、祖父さん達も勝手なもんだよ。悠月もそろそろ屋敷に帰りたくなった頃だろう?」



 ⋯⋯あ、言い逃れの手は僕ですか。

 たしかに、僕が一緒に付いて行けば伯羽さんは小言を食らわずに済む。



 僕としても屋敷に帰るだけで何か損する事もないし。

 話を聞いてもらって断る理由も無いのなら、ここは伯羽さんの考えに便乗するとしよう。



 会計を済ませ、お礼を言って2人通りに出る。

 通りを照らす陽光は薄っすらと橙がかり、雲も赤みがかっている。



 通りを歩く人達の影も店に入る前と比べて長く伸び、足早に通り過ぎていく。

 僕達も長く伸びた自分達の影を引き摺りながら、団子屋の前を後にする。



「寧子ちゃんだっけ?俺の方でも少し調べてみるよ」


「え?」


「これでも成人して2年。王宮内で情報を集めるくらい、わけないよ」


「⋯⋯なんか、すみません」


「そこはありがとうでしょ。ま、昔から小雪さんは悠月大好きだったし?あれだけ露骨だと応援したくもなるからさ」


「そんなに?」


「気付いてなかったのは悠月だけで、他は気付いてたよ。⋯⋯当然、悠雲様もね」

 








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