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月花の君 ~月明かりに、君を待つ~  作者: suimya
第3章 万雷の果て、霞む彼方
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第67話 水面下の攻防



「悠月が霊刀をのぅ⋯⋯」


「はい、確かにこの目で」



 六卿が揃った廟議の後、残ってもらった伯雷様と先生。

 2人が不在だった間、悠月君に起こった事を報告する。



 小雪ちゃんから聞いた悠月君の謎の力。

 それを調べる目的で施した水見の術式。



 水見の術式は催眠術に近い。

 悠月君には細かな説明をせず施したため、あの子自身は今でも何をされたのか理解していないだろう。



 そうして昏睡状態に陥り。

 私も初めての経験であり、何をどうしたらそうなるのか。



 目覚めた時には霊刀を手にしていた。

 更にそれが――。



「霊刀なら名があるはず。知っておるのか?」


「悠月君は舞姫と」


「舞姫⋯⋯姫刀か!!」



 先生が驚くのも無理は無い。

 悠星が逢姫おうひめを所持していた事から、先生は姫刀の威力を十分に知っている。



 それは霊刀の名を聞いてきた伯雷様も同様。

 悠月君が持つのは今まで聞いた事の無い姫刀であり、逢姫すらも上回る可能性があるとなれば――。



「ふむ。姫刀を手にし、悠月は11歳か⋯⋯」



 瞑目した伯雷様。

 今この話を出せば、こうなる事は分かっていた。



 今の大京国は若い世代が圧倒的に不足している。

 そして、この先で中京国との衝突が既定路線となれば。



 中京国も華国と同じ超大国だが、質量としては中京国が遥かに勝っている。

 戦う上では少しでも戦力は多い方が良い。



 更に言えば、不足している若い世代が隆起してくれれば尚良い。

 つまり、伯雷様の頭の中で導き出される結論は――。



「伯雷様、お待ち下さい。悠月はまだ11歳です」


「だが、他の条件は満たしておる。それに、悠月は尾張で生き抜いておるのだろう?」


「それは、そうですが⋯⋯」



 尾張襲撃から時間が経ち、政府中枢には仔細な報告書が上がってきた。

 それに各卿は目を通し、当然伯雷様も内容を確認している。



 襲撃時における悠月君の記述は簡潔。

 3人の敵を独力で退け、負傷するも生き残った。



 霊刀も持たない幼子が独力で3人もの敵を退けた事から、戦いにおける勘の良さが窺い知れる。

 何より、既に実戦において殺人を経験している事が大きい。



「悠月君を任官させるのであれば、花凛王女付きが望ましいかと」


「凪!!」


「先生。王子には既に王族共が取り入っていて、悠月君が入り込む隙間はありません」


「⋯⋯凪、それはお前の意思なのか?」



 ⋯⋯私の意思なのか、ね。

 先生が疑う気持ちも分からなくない。



 けれど、事実として悠月君が王子に仕えるのは無理がある。

 王族から毛嫌いされる天宮家の人間は必ず排除される。



 であれば、聖が遊び相手を務める花凛王女の方が良い。

 たしかに、王女の側仕えというのは危険もある。



 いざ政略結婚となれば王女は国外に出され、二度と帰る事は無い。

 側仕えの中からも数名は随行する事になり、そのまま異国の地で一生を終える事になる。



「まずは悠月に会うとしよう。あの子の意思も確認せぬうちに決めるのは早計であろう」



 感触からして伯雷様はこの話に乗った。

 正確には乗りかかっている状態だが、明らかに重心が傾いている。



 先生の苦虫を噛み潰したような表情には申し訳ないけれど、私にとってはここまでが仕込み。

 これなら、本来の目的である方も――。



「もう1つお話する事が」



 伯雷様の関心が悠月君から離れない内に、間髪入れず本題へ。

 念のため確認したその表情も、まだ悠月君への興味が失われていない。



「悠月君が小雪ちゃんへ簪を贈りました。それも、風水庵の物です」


「何!!凪、お前が居ながら⋯⋯」


「外出先で贈ったようで、私としても驚くばかりです」



 苦虫を噛み潰したような表情から一転、久々に激怒した先生の顔を見た。

 まともに怒りを浴びたく無いので、着物を着付ける際に小雪ちゃんを唆した事については触れず。



 とはいえ、先生が激怒するのも当たり前と言えば当たり前。

 先生には小雪ちゃんを悠月君の新婦に迎える気は更々無く、私はそれを知っていたのだから。

 


「⋯⋯ふむ、悠月もやるのう。家中の話に首を突っ込んですまぬが、小雪は袖下家の姫。悠雲、よくよく考えた方がよい」


「⋯⋯⋯⋯小雪と光雪殿には我が家から補償を出しましょう。それで手打ちにして貰います」



 ――補償。

 つまりは公になる前に水面下で握り潰すという事。



 相手が袖下家となれば、果たして幾らの補償が必要となるのか。

 それでも、金の力で解決出来る事は金の力で――という事ね。



「それで光雪が納得すれば良いがのう」


「凪。以前から聖が欲しいと言ってあるが⋯⋯」


「聖は当家の跡取り。前にもそうお伝えしたはずです」



 補償といっても補償を受ける側の袖下家が良しとするかは分からない。

 であれば違う婚姻を持ち上げる事で、あたかも前もって用意してあったかのように後付けの上書きをしたい。



 それが上位に立つ白峰家との婚姻となれば、さすがの袖下家も何も言えなくなる。

 先生の考える所としては、こんなものかしら。



「小雪ちゃんは良い娘ですよ、先生」


「小雪は⋯⋯静と少し似ている。悠月にとっては危うい」



 確かに小雪ちゃんは何処となく師匠に似ている。

 先生の懸念も分からないでは無い。



 小雪ちゃんを新婦として迎え入れれば、悠月君の生活は小雪ちゃん一色に。

 その生活の全ては小雪ちゃんに限定され、悠月君の中で小雪ちゃんの存在は極大化する。



 かつて、先生は師匠を手の届かない場所で喪った。

 どことなく師匠と似ている小雪ちゃんに対して懸念を、そして悠月君を心配する気持ちは理解出来るけれど。



「凪、頼む」


「⋯⋯」


「⋯⋯」


「⋯⋯はぁ。分かりました。当家で1人、妙齢の娘が居ます」



 深々と頭を下げた先生。

 この場でこれ以上の押し込みは無理そうね。



 伯雷様も目を瞑り、微動だにしない。

 聞こえているけれど、今以上には介入しないという事だろう。



 もっとも、私からすれば白峰家から出す新婦の条件が聖から外れてくれれば。

 そして、悠月君の新婦になるのが面識の無い妙齢の娘であれば――。



「悠雲。今夜、悠月に会いにゆく」



 その言葉を残して席を立ち、部屋の扉へと向かう伯雷様。

 その扉脇には丁度今しがた入ってきた1人の男性が控えている。



「⋯⋯伯雷様も大変ですね」


「領土の要求か、はたまた凱旋軍を陛下に率いさせた事に対する抗議か」



 権勢の絶頂を迎えて尚、伯雷様は王室を尊ぶ姿勢を崩していない。

 けれど、同時に伯雷様は染雪家の当主であり、染雪家は王族の総元締めというべき家柄。



 求められるのは王族共が暴発しないように飴を与えつつ、王室の為に便宜を図るという曲芸じみた綱渡り。

 今の国王陛下もそれが分かっていて、だからこそ伯雷様を信じて任せている。



「新婦の件、くれぐれも頼んだぞ」


「お任せを」



 立ち去る前、先生の探るような眼差しに平然と笑って返す。

 そうして、去って行くその後ろ姿に――。



「⋯⋯ごめんなさい、先生」








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