第66話 大京国、その中枢では
――大京国。
列島の東に位置し、関東一円を中心として勢力を広げる、かつての大国。
その王都である蒼纏では。
国民がこぞって大路へ詰め掛け、王都内が沸きに沸いていた。
先んじて帰還した国王率いる遠征軍。
宿敵である華軍を破り、長年に渡る争いにひとまずの終止符を打った。
次に東海地方へと出陣した上軍8千。
東海地方に跋扈した反乱勢力を駆逐し、その武威を十分に見せつけた。
そして、最後に戻ってきた2つの戦争の立役者達。
岐阜北部からは1万を従えた雷公・伯雷、東海地方からは戦況を決定づけた悠雲が。
依然として東海地方では尾張を中心に、大都督率いる都督府各軍が掃討戦を展開している。
けれど、伯雷・悠雲の入城を以て歓喜の渦は最高潮に。
2年もの月日を大京国民は鬱屈とした思いで過ごしてきた。
かつての栄華を眩しく眺め、前に長く伸びた暗い影に気分を沈ませてきた。
それが今日という日をもって終わりを告げるとなれば。
仮にそれが儚い幻であったとしても、喜ばぬ民は居ないだろう。
確かに大京国は凋落著しい。
これからを背負う若き将は少なく、軍事における自信を失った事で兵の質も落ちた。
更に言えば、動員できる総兵力もかつての半数にも満たない。
けれど宿敵である華国に勝ち、更には列島最強と名高い中京兵を相手に、岐阜・東海それぞれで完勝してみせた。
それは次代を担う将が足りずとも、今この瞬間においては大京国こそが最も優れた将を有するという事実を、国民に示した事になる。
実際、大京軍を率いる面々は超大国である中京国と比べても豪勢なほど。
大京国を大国にまで押し上げた雷公・伯雷、かつての大戦期において無敗の強さを誇った悠雲。
そして、その直下には剣姫である凪と、名門である袖下家当主・光雪が控えている。
国体が旧態依然としている事で国家としての統制はやや取れていないものの。
個の力において優れる大京国。
2つの超大国を相手に勝ちを得た事は終わりなのか、それとも始まりなのか。
停滞していた時が加速していく中、蒼纏内の王城では――。
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「こうして皆で集まるのも久し振りかの」
王城内の一室、用意された6つの席。
輪を描くように配されたそれらに座るのは六卿と呼ばれる面々。
六卿とは廟堂に列座する6人の卿。
大京国の政治は、その6人によって行われている。
時代の流れと共にその面子は変わってゆくものだが、今の六卿は誰なのか。
序列に合わせて並べるとこうなる。
正卿 染雪 伯雷 次卿 天宮 悠雲
3位 白峰 凪 4位 袖下 光雪
5位 染雪 伯蓮 6位 染雪 伯承
正卿は卿と呼ばれる面々の頂点、位人臣を極めた存在。
また、3位までの上位3人を含めて上卿とも呼ばれる。
軍事においてもこの階級が適用され、大京国が有する軍は中軍・上軍・下軍の3つ。
中軍を正卿と次卿、上軍を3位と4位の卿が預かるように。
封建的な国体から脱却できない大京国では中軍は染雪家と天宮家の兵で構成され、上軍は白峰家と袖下家の兵で構成される。
そんな中、下軍を構成するのは全て染雪家の兵。
伯蓮は伯雷の子であり、伯承は伯雷の甥。
王族の頂点たる染雪家には伯凰と伯鳳の2つの系譜があるが、どちらも染雪家の人間。
六卿と呼ばれる6つの席のうち、3つを染雪家の人間が占めるという事実。
それは王族全盛期の現れとも言える。
「この面子が揃って談笑という訳にもいくまい。今後の展望について話し合うとしよう」
「問題となるのは中京国との今後でしょう。初戦で勝利を収めたとはいえ、彼我の国力は隔絶しています」
伯雷の問いかけに口を開いたのは悠雲。
悠雲は中軍の佐を拝命しており、全軍の作戦を立てる総参謀と言うべき立ち位置。
その人間が全軍を取り纏める中軍の将たる伯雷の問いかけに答えるのは普通の事。
だが、この場にはそれを面白く思わない人間が居る。
「ふんっ、叔父上の助力で勝ちを拾った外臣風情が偉そうに」
「伯承、次卿である先生に何て口を」
「黙れ、凪。外臣風情に先生など――」
「黙るのはお前だ、伯承」
「しかし、叔父上!」
「黙れと言ったら、黙るのだ」
王族至上意識の強い伯承からすれば、外臣である悠雲が自分より上位に座っている事が気に入らないのだろう。
更に言えば王族ではない白峰家や袖下家が上位にある事も気に入らない。
武の片鱗を持たず、他者を尊ぶ事も労る事もしない。
する事と言えば家柄の尊さを鼻にかけ、横柄な態度で他者を威嚇する事だけ。
そんな人間が卿として在る事自体が温情なのだが、伯承自身がそれに気付かないのだから救いようが無い。
もっとも、そんな伯承も伯雷の言葉には閉口した。
「この場はお前の幼心を論じる場では無い。⋯⋯悠雲、続けよ」
「⋯⋯中京国の狙いは主に2つです。1つは乱れている東海地方の奪取であり、もう1つは岐阜北西部の占領。この2つを行われると我が国は南北の攻め口を閉じられ、身動きが取れなくなります」
「我が国が得た新潟北部を窺うという事は無いかの?」
「今の中京国には西の偉誉国という足枷があります。ここで華国と国境を接すれば四方を敵に回す事になり、さすがにそれは避けるでしょう」
悠雲が読む通り、中京国には足枷がある。
未だ旗幟を鮮明にしない偉誉国の存在であり、それがある為に中京国は列島東部に兵を集中させる事が出来ない。
「とはいえ、それも何時まで続くか。次はいつ来る?」
「早ければ⋯⋯3ヶ月後には」
大京軍が連戦続きであったように、中京軍もまた連戦続き。
国庫の問題や兵の疲労から考えて、そろそろ一息つきたい頃合い。
為政者としてまともな感覚を持っていれば、そう考えるのが妥当。
伯雷を始め、各卿が浮かべるのは納得の表情⋯⋯たった1人を除いては。
「我が国が一定の戦果を上げるには短期決戦しかありません。この3ヶ月で兵を鍛え直すのが賢明かと」
「先生。上軍はまだしも中軍と下軍は遠征の疲労があり、すぐの練兵は⋯⋯」
「兵力で劣る以上、質を上げるしか無い」
悠雲の一言が場に暗い影を落とす。
大京国の場合、1軍あたりの構成兵力は12,500。
3軍を合わせても37,500であり、そこに諸家の兵を足して10万近い軍勢としている。
一方、中京国は国王直属の近衛兵だけでも大京国の3軍総兵力を超える。
更に大京軍はその大部分が寄せ集め。
各個がばらばらに戦う大京軍が他国軍と戦うためには、やはり個の質を上げるより他に無い。
それが分かっていながら民の心配をする凪、彼女もまた為政者として真っ当な感覚を有している。
平時であれば、その優しさは多くの民に幸せを齎したに違いない。
「幸い我が国には華国からの賠償がある。それを対中京国戦の補填とし、おのおの自軍の練兵を開始せよ。良いかの、凪?」
「⋯⋯はっ!」
伯雷の決定はそのまま国の決定となる。
本来は国王に奏上して認可を貰うのだが、大京国におけるその価値は追認となるまでに落ちぶれていた。
それが分かっている各卿はぞろぞろと席を立ち、部屋を後にする。
この後、朝廷にて正式発布される事が分かっている以上、卿の家柄としては準備が必要という事だろう。
けれど、部屋を後にした卿が多い中、一つだけ立ち上がらない影がある。
他でも無い、凪だ。
「伯雷様、先生。お話があります」
立ち上がらない凪に疑問の眼差しを向ける伯雷と悠雲に対して。
これが1人の幼子の未来を決定づける、その自覚を持って凪は言い放った。
「悠月君の事です」




