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月花の君 ~月明かりに、君を待つ~  作者: suimya
第3章 万雷の果て、霞む彼方
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第65話 闇を纒った瞳が、霧中で未来を知る頃に



「⋯⋯待たされるのは嫌いじゃないよ」



 ぱらぱらと捲る本の頁に絡み付く。

 濃い霧が覆い尽くす空間にあって。



 ようやく霧の向こうから姿を現した玄悠。

 こうして久方振りに相見えれば何ともまぁ⋯⋯随分と歳を取ったものだ。



 悠雲と同じく皺は増え、体は幾分か小さくなり。

 天宮の系譜その特徴たる白髪も、往時の輝きが消え失せている。



 ボクと同じ神の呪力を持つ玄悠。

 呪力の中でも至高とされる、本来ボクだけが持つ事を許される力を得て尚。



 人の身というのは何とも儚いものだ。

 至高に達して尚、加齢による衰えから逃れられないのだから。



「座ったらどうだい?紅茶くらいなら用意しよう」



 ボク以外の全てからボクを隠す為に設えた霧の中。

 ここまで辿り着けた事を労いつつ、玄悠を向かいの席に座らせ新しく紅茶を淹れる。



 カップに注がれる紅茶から立ち上る湯気が霧と混ざり、鼻腔を擽るのは芳醇な香り。

 もっとも、ボク自ら紅茶を淹れてあげた所で玄悠であれば――。



「黒姫はどうした?」


「レイリアなら今は居ないよ」



 ⋯⋯ほらね。

 口を付けるどころか、カップを持ち上げようとさえしない。



「まったく⋯⋯。まぁいい、それで?」


「調べるだけ調べてみたが。ほぼ間違いない」


「そうか⋯⋯厄介だね」



 玄悠に調べさせた、あの売女の手駒。

 大京国の王女が【死の苗床】である以上、その周囲には必ず他の手駒が居る。



 そうして釣れたのは意外な大物。

 あの人物が売女の手駒となると、さてどうしたものか。



 悠雲に親しいならば、今後ますます悠月君とも関わりを強めてくるだろう。

 それだけならまだしも、もしその手中に【天啓の書】があるのならば――。



 【天涯の書】と対を為す、あの売女が持つ【天啓の書】。

 世界の管理を売女が行っている以上、その書に記されるのは正に天啓。



 未来を記す【天涯の書】も万能では無い。

 悠雲は勘違いしているが未来の決定を為すのは【天啓の書】であり、【天涯の書】はただ決められた結末を記すだけ。



 【天涯の書】には今の所、悠月君に対する売女共の不穏な動きは記されていない。

 だが、ボクらの逢瀬に割込もうとした事からして、間違い無くあの売女も悠月君を狙っている。



 ボクから引き剥がし、自分の懐で抱き抱え。

 その先で悠月君に何をさせるつもりなのか、どうせ碌でも無い事だろう。



「困った事になりそうだね。男達の件もあるし」



 こちらも売女の影がちらついた、尾張で相見えた金閣と銀閣。

 その後の消息をレイリアに探らせているが、その報告は芳しくない。



 改めて分かった事と言えば、銀閣が【刻】持ちで間違いない事。

 そして、金閣の方はどうやら――此の世界の存在では無いらしい。



 この世界の存在では無い者が売女の権能を与えられた者とつるんでいる。

 そして、その連中は尾張で悠月君を狙い撃ちしようとした。



 状況証拠としては限りなく黒に近いだろう。

 良いように捉えれば、向こうも悠月君に何かしらの可能性を感じている?



 悠星の時を含めて今まで無かった手駒の争奪。

 それが悠月君をして起こるというのならば、確実にボクの⋯⋯いやボクらの悲願に近付いている証拠。



 問題があるとすれば、思った以上に悠月君を取り巻く流れが速い事だろうか。

 世界には常に様々な思惑が蔓延り、その中でそれぞれが優位を掴もうと騙し合い、化かし合うものだとしても。



 流れが良くないのはこちら側。

 これ以上は待てず、仕方無かったとはいえ⋯⋯。

 


「肝心の悠月はどうだ?」


「悩んでいるよ、小雪ちゃんとの事でね」


「⋯⋯鍵か」



 玄悠が口にした鍵という言葉。

 小雪ちゃんが鍵だと誰も言っていないが、玄悠の実体験から感じ取る物があるのだろう。



 たしかに、小雪ちゃんは1つの鍵になる。

 役者として十分かと言われれば疑問符は付くものの、悠月君が選ぶのであれば構わない。



 ただ、その鍵が威力を発揮するのは大分先であり、今はそこに時間を取って欲しくない。

 それよりも優先してやるべき事がある。



「君があそこで悠雲を殺していれば話は早かったのにね」


「悠雲を殺せば悠月は立ち行かぬ。人の世はそう単純では無い」


「なら、どうするんだい?」


「種は蒔いた。予定通り行く」



 予定通り⋯⋯か。

 であれば最初に退場するのは伯鳳の末裔、雷公と渾名される彼の方。



 後は、その場に悠月君が居合わせる必要があるのだけれど。

 まぁその辺りは玄悠の事だ、上手い事帳尻を合わせるだろう。



「神をも殺す黒の呪力だ。上手く行く事を祈るよ」


「⋯⋯」



 玄悠がそうであったように呪力が開花するには贄がいる。

 何の代償も無しに強力な力が使えるなど、そんな夢物語ある筈が無い。



 魔法も霊術も代償を支払っている。

 呪力の場合、その代償が少しだけ特殊。



「そういえば、君にも昔同じ問いかけをしたね」


「⋯⋯ふん」



 玄悠にも昔した問いかけ、世界は何で構成されているか。

 それに対する理想的な答えは何なのか。



 物質によって構成されている。

 これは間違いで無くとも正解では無い。



 世界を構成するもの、それは認識。

 重い軽い、硬い柔らかい、痛い気持ちいい、それらを認識する事で世界に一歩近づく。



 そして、呪力を扱うのに支払う代償はその先。

 岩は砕けないと思えば砕く事は出来ないだろう。



 紙は透けないと感じれば透けて見える事は無いだろう。

 けれど、実際には信じる事で岩は砕けるし、紙は透ける。



 目の前で立ち上がる現象の根底を捉え、可能性を強く認識する。

 そうして理想とする現象を思い描く、それが呪力が支払うべき代償。



 可能性を想像する力さえあれば、程度の差はあれど出来ない事は存在しない。

 空を歩く事も、空間を一瞬で移動する事も、果ては時間を止める事だって出来るだろう。



 そのためにはまず、可能性を否定する物を否定しなければならない。

 もっと言えば、成長するに従って精神に深く突き刺さる常識という棘を抜かなければならない。



 それを最も効率良く思い知らせる為にはどうすればいいか。

 答えは単純、肯定出来ない現実を突き付けてあげれば良い。



「⋯⋯お前のその顔は、見ているだけで反吐が出る」



 絶世の美女たるボクに何て物言いをするのか。

 その昔はあれ程ボクに執心だったくせに。



 玄悠に言われた事に慍としつつ、辺りを漂う霧を集めて鏡を作り出す。

 そこに写った自分の顔を見れば。



「いつもと変わらないじゃないか」


「表向きはな。隠すならきちんと隠す事だ」


「⋯⋯へぇ。君も言うようになったね」


「十分に生きたからな」



 十分に生きた――その発言をボクにするなんてね。

 1,200年を生きるボクからすれば、玄悠など赤子どころか胎児ですら無い。



 その元となる卵子や精子ですら無いだろう。

 精子になるのを待つ何か、といった所か。



「話が終わったのなら行く」



 不愉快そうな表情をしながら玄悠が席を立つ。

 結局淹れた紅茶には一度も口を付けず、不愉快なのはボクの方だと言うのに。



「玄悠、君が欲しがっていた最後の一振り。あれは悠月君にあげたよ」


「⋯⋯そうか」



 意趣返し――には、少し刺激が強すぎたかな。

 とはいえ、玄悠が欲していたあの子は悠月君を選んだ。



 この事実がある以上、どうする事も出来ない。

 なんせあの子は、普段はおっとりしている癖にいざ本気となれば――。



「次は何時来てくれるんだい?」


「⋯⋯気が向けばな」



 その言葉を最後に玄悠の背が霧の向こうへ消える。

 元来た途を辿り、そして現し世へと帰るのだろう。



 ――賽は投げられた。

 玄悠が現し世へと帰れば世界は大きく動き出す。



 何百、何千、何万という命が尽きようとも、その果てで世界が救われるのなら。

 悠雲がそれを認めずとも、悠月君がそれを受け入れてくれるのならば。



「⋯⋯期待しているよ、玄悠」









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