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月花の君 ~月明かりに、君を待つ~  作者: suimya
第2章 嘘つきの夜が、来るまでに
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第61話 黎明を知る雷公、その黄昏が見つめるは新たな黎明



「勝負あったのぅ」


「左様ですなぁ」



 竜臣殿の首筋にぴたりと刀を当て。

 そのままの状態で勝負あった事を確認する。



 全身に纏った喧ましく鳴り響く雷。

 竜臣殿が刀を鞘に収めたのを確認し、こちらも臨戦の構えを解く。



 大将同士、刀を交えた時間は然程長く無い。

 時間にして15分かそこら。



 とはいえ、さすがは中京国の軍事を司る名将。

 その実力は列島最強と呼ばれる中京軍を率いるに相応しいものだった。



「働き盛りの将が多い。中京国とは羨むべき国よ」


「雷公殿ともあろう方が何を仰るやら。大京国ほど練達の将が揃う国もありますまい」



 ⋯⋯物は言いようとは良く言ったもので。

 気を遣ったのだろうが、練達の将が多いというのは褒め言葉では無い。



 西ノ宮家と並んで中京国を支える、文字通り柱石の家柄である北ノ宮家。

 その当主である竜臣殿は確か40代前半。



 それに比べ儂はまもなく80歳になろうという年齢。

 未だ実力で後れを取る事は無いが、それでも。



 我が国にも若い将は居る。

 例えば凪はようやく30歳を過ぎたばかりで、その実力は折り紙付き。



 竜臣殿と凪が戦えば、ほぼ間違いなく凪の圧勝に終わる。

 けれどそれは凪が特別なのであって、他の者では手も足も出まい。



 我が国で中京軍を相手取って互角以上に渡り合える者を挙げるなら、儂か悠雲か凪か――。

 凪を除けば悠雲も60歳と高齢な部類。



 その2人の間や凪の下世代に良将は居ても、これは――と言う将は見当たらない。

 練達などと気取った言葉で飾った所で、今の大京国は老人が体に鞭打って働く寄合所帯。



 この先、大京国の軍事は先細っていく。

 悠星のような名将の素質を持った者を再び得るまでに⋯⋯あと5年は待たねばなるまい。



「⋯⋯長いのぅ」


「は?」


「こちらの話よ。それよりも、老人が出しゃばったばかりに済まぬの」


「まぁ、叱責は免れぬでしょうなぁ」



 大都督が陣を払った後、岐阜北西部へ侵攻してきた中京軍2万。

 それを阻止すべく昼夜兼行して滑り込んだ大京軍1万。



 さすがの竜臣殿もまさか、華国との激戦で疲労の濃い国軍が東北から出張って来るとは思いもしなかったのだろう。

 国軍の殆どを国王が率いて蒼纏へ向かっている事も目眩ましになった。



 中京軍の全容としては既に新潟南部の占領行政で3万の兵を置いている。

 残りの2万程度では広大な山岳地帯である岐阜の大規模占領は難しい。



 竜臣殿はそう考え、多少岐阜北西部を侵して引き上げる手筈だったのだろう。

 その気乗り薄な、攻守共に中途半端な軍略の隙を衝いてこちらが急襲かけた。



 電撃戦で中京兵を圧倒し、瞬く間に屍の山を築き。

 どんなに少なく見積もっても中京兵の死者は8千を超える。



 そして、起死回生の一手として竜臣殿が持ち掛けてきた大将同士の一騎打ち。

 そこでも勝利を手にしたのは大京軍側。



「我が王にすら勝った事のある雷公殿に挑むのは、ちと早計でしたわい」


「昔の話よ。今ではもう、その足元にも及ぶまい」



 あの頃は各国が熾烈な領土争いを展開する大戦期であり、最強に類する人間がごろごろ居た。

 ひりつくような日々にあって最も充実していた、大京国の名を一躍列島中に知らしめた時期でもあった。



 そんな中、玉座を継いだばかりの玄悠王は若く、明らかに大国の王として力不足。

 政治は乱れ、内訌が激化し、中京兵も今ほど強かった訳では無い。



 それでも多くの苦難を乗り越え、今や堂々たる国王となった玄悠王。

 当時居た最強に類する多くが世を去り、地上に浮かぶ者も衰え――。



「雷公殿が足元にも及ばぬとは。であれば、我が王こそが最強という事に」



 列島最強。

 武に生きる者であれば誰もが一度は憧れを抱く栄誉。



 現在の列島を生きる者で最強の名を冠するのは誰なのか。

 その問いかけに名が挙がるとすれば、それは玄悠王・悠雲・そして儂だろう。



 平和と豊かさに飼い慣らされ侵された結果、次代を担う者達の力は大きく削られた。

 竜臣殿も十分な実力者ではあるが、最強の名に預かるには弱すぎる。



 一方、名の挙がる3人のうち儂は最盛期を過ぎており、今後衰えていくだけ。

 今ですら老いによる実力の劣化が著しく、使えない技も増えた。



 儂は過去の存在になりつつあり、真に最強の名を争うのは悠雲と玄悠王。

 悠雲はおよそ出来ない事が無いと思わせる程に、軍事・外交・内政どれをやらせても卒が無い。



 陰謀という暗い彩りを必要とする才能にさえ不足しない程の天才。

 その悠雲相手に玄悠王は一度も勝った事が無いという。



 だが、それは兄としての情があるからだろう。

 両方と戦った身としては本気で2人が戦えば、その軍配が上がる先は悠雲では無く玄悠王。



「玄悠王が最強なのは動かぬ事実であろう。次点で挙げるとすれば――悠月か」


「悠雲様ではなく、あの幼子が?」


「今に分かる」



 悠月の名前を出したのが意外だったのか、竜臣殿の顔に疑問と嘲笑が浮かんでいる。

 思っている事が表情に出てしまうのは若さ故か。



 ⋯⋯たしかに今の悠月は目立たない。

 いざ戦えと言われれば老いぼれた儂どころか、武の片鱗さえ持たない伯承でも瞬殺出来るだろう。



 最後に会ったのは2年前。

 悠月自身は無意識だったのだろう。



 礼儀正しい挙措から放たれた鋭気に鳥肌が立った事を覚えている。

 本人は気付いておらずとも、その小さな体に恐ろしいまでの才能を秘めている事が如実に分かった。



 かつては最強に君臨した儂が鳥肌を覚えた相手は多くない。

 それを僅か8歳の幼子に感じたのだ。



 あれから2年。

 10⋯⋯いや、もう11歳になったのだったか。



 人質という不遇な環境において、どれ程自身を厳しく律して練磨したのか。

 逆境における不条理を己が血肉とし逃げる事無く現実と向き合い、どれ程の努力を積み重ねたのか。



 まもなく大人になろうとしている幼子が器量抜群では無かったとしても、どれ程になったのか楽しみで仕方がない。

 今は目立たずともその天賦の才はいずれ華開き、遠くない未来で玄悠王と最強の名を争うだろう。



 そう考えれば大京国の未来は決して暗いばかりでは無い。

 希望の光は確かにあり、そしてその小さな足跡を確かに世界へ刻んでいる。



 あとは愚昧も極まる王族共の恣意を抑え切れれば。

 そして、停滞しているこの時期をどうにかして5年凌ぎ切れれば。



 一度傾いた物はすぐには元に戻らない。

 肝要なのは元に戻ろうとする力が働くその時まで、如何にして傾斜を抑えるか。



 復旧不能なまでに傾けば、後は転覆を待つばかり。

 本来なら今を支える大人として自ら傾斜復旧するべきだが、残念ながら儂に残された時間では。



 儂に出来る事といえば権力で次代を担う者を後押しする事くらい。

 そして、最後の時にはこの命をもって――。



 何とか次代へ国家の命運を繋ぎたい。

 そのためには苦しくとも、今こそ戦わなければ。



 中京国が我が国を敵とするのなら迎え撃つ。

 次代の為にもこれ以上、国威が損なわれるのを許容する事は出来ない。



 初戦において、こちらは中京軍を破り竜臣殿を降した。

 後は東海地方の混沌とした状況を如何に処理するかだが、今から尾張に向かった所で決着には間に合うまい。



 また、悠雲もそれを望まぬだろう。

 一連の戦争の幕を上げたのは悠雲であり、であれば経過はどうあれ最後に幕を下ろす者も悠雲でなければならない。



 極めて優れた才を持つ者同士、玄悠王と悠雲がどういった決着を望むのか。

 今はあの兄弟の選択と、その結果を待つ事としよう。










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