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月花の君 ~月明かりに、君を待つ~  作者: suimya
第2章 嘘つきの夜が、来るまでに
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第60話 東海戦線 - 4



「龍の暴嵐」



 龍の紋様が刻まれた美しい輝きを放つ刀身。

 そこから放たれるは白き龍。



 解き放たれた龍は強大な咆哮を上げ戦場を駆け抜けていく。

 それはまるで白龍が巻き起こす暴嵐。



 吹き飛ばされた敵兵の血が風に混じって血風となり、激しく大地を濡らす。

 大地へ撒き散らされた血が、鎧に付いた返り血が、戦場に在る事を訴えかけてくる。



 折り重なった死体、それらを乗り越え向かってくる敵兵。

 目の前に広がる光景全てが死の影をちらつかせ、激しく煽るは戦場における闘争心。



 ちりちりと焼け付く、体が強ばる程の緊張と恐怖。

 その首根っこを引っ掴んで渾身の力で捻じ伏せ、そして――。



 追い縋る狂気を振り切り、迫り来る死の気配を躱し。

 そこかしこに充満する、ぽっかりと口を開けた死の深淵を飛び越えその先へ。



 一体、どれ程の敵兵を斃しただろうか。

 一体、あとどれ程の敵兵を斃せば敵本陣は総崩れになるのか。



 第3波を放ち、夥しい数の敵兵を斃し。

 甚大な被害を敵本陣に与え陣形が跡形も無くなる程に蹂躙した。



 それでもまだ敵本陣は潰走しない。

 常軌を逸しているとしか思われない程に、この場に留まり続ける反乱軍。



 悪足掻きが過ぎる敵兵に、未だ相見えない敵将の愚鈍さに苛立ちが募っていく。

 その苛立ちをぶつけるようにして向かってきた十数の敵兵を斬り伏せ、突き刺し、引き摺り倒す。



 はっきり言って、こんな事をしている場合では無い。

 こうしている間にも刻一刻と猶予は失われているのだ。



 後軍を率いる重臣に探らせている別働隊と近衛軍の動き。

 上がってくる報告から窺い知れる戦況では別働隊は押されに押されている。



 不意を衝かれた訳では無く、しっかりと陣形を組んだ上での迎撃ではあるものの。

 予想を遥かに上回る速さで開戦した事で、地の利を十分に活かせていないのだろう。



 万一には全滅する事も視野に入れていたとは言え、このまま行けば間違いなく別働隊は全滅する。

 敵左翼を平らげた右翼の大部分を先行させたものの、これ以上どうしてやる事も出来ない。



「伝令、伝令です!」



 何度目かの伝令。

 伝令が重なる度に別働隊が支える近衛戦線の戦況は悪化していく。



 一つ前の伝令でもその戦況はかなり危ういものだった。

 おそらく、この伝令は――。



「申せ!」


「はっ。近衛軍、総攻撃を敢行す。戦局は既に傾き復旧不能。1時間の後に戦線維持不能、との事です!」


「⋯⋯ちいっ!」



 半日も経たぬ内にそこまで戦況が傾いた。

 これでは先行させた右翼が着く前に勝負が付いてしまう。



 思わず舌打ちしてしまったが、決して別働隊の将兵を責めているのではない。

 別働隊の将兵が怠慢なのではなく、近衛軍が想定以上に強すぎるのだ。



 強すぎる近衛軍を相手に、別働隊の将は懸命に戦線を維持している。

 防衛線が抜かれる事の意味を別働隊の全兵が理解し、必死になって戦っている。



 それでも――将兵の全てが最善を尽くして尚、十全の結果には至らない。

 その努力が十分に報われる事は無い。



 近衛戦線はまもなく崩壊する。

 酷なようだが、それが彼らの努力の果てにあった全て。



 必死に戦い、懸命に恐怖を押し殺し。

 彼らの無力感とやるせなさは如何程の物だろうか。



 意志で蓋をし、逃げ出したい気持ちを堪え。

 報われない現実を前に逃げ出したとして、誰が彼らを責められるだろうか。



 分かった上でそうした身としては、彼らに詫びなければならない。

 許しを請わなければならない。



 けれど、彼らがそれを望む事は無いだろう。

 現に全滅する事を全ての兵が理解して尚、諦めず戦っている。



 大局が決して尚、時間を稼ごうと将兵が踏み留まっている。

 決意を固く持ち、覚悟を揺らさず。



 その信念が求める先を見据えて。

 主力が反乱軍を破り、近衛軍を退ける事だけを信じて。



(⋯⋯いっその事、使ってしまうか)



 ここで使わなければ近衛戦線を受け持つ将兵が文字通り、必死で稼ぎ出す時間が無に帰す。

 必死の覚悟を受けておきながら、その機会を活かせない。



 その懸念も龍王を使えば、一撃で。

 だが、それを使えば――。



 ⋯⋯分かっている。

 焦る気持ちが物騒な考えを称賛し肯定しようとも今は使えない――使ってはいけない。



 戦争は外交である以上、そこには細かな取り決めがある。

 遠距離から一方的な大虐殺が可能となる魔法の使用が制限されたように、過去の大戦を経て各国は強すぎる個人の力に枷を設けた。



 もしここで協定を無視するような大量殺戮を起こせば。

 それは冷たい刃となって自国に返ってくる。



 かつてのように単騎で敵兵を皆殺しにすれば、今度はこちらが皆殺しにされる。

 そればかりか、兄上であれば間違いなくそれを口実に戦線を拡大してくる。



 そうして大京国は兄上の呪力によって為す術も無いままに滅亡させられるだろう。

 次代へ国家の命運を繋ぐ身としては、例え近衛戦線の将兵の覚悟を踏み躙ったとしても、それだけは避けなければならない。



「伝令、伝令です!天宮将軍はどちらでしょうか!!」



 また伝令⋯⋯先程も送ってきたばかりではないか。

 近衛戦線の戦況が決定づけられた以上、新たな報告もあるまいに。



 重複して送ってくるとは重臣も相当に混乱しているように見える。

 そう思って伝令の姿を確認すると、その姿は今までの伝令とは何かが違う。



 どことなく鎧の形が違い、背に挿した旗が違う。

 よくよく見れば、その旗は――。



「大都督指揮下3千、現着致しました!これより天宮将軍の指揮下に入ります」



 背に挿した旗は都督府の物。

 近域で展開する都督府の兵と言えば、岐阜北限で中京軍5万に備える大都督指揮下の5千のみ。



「残りはどうした?」


「近衛軍側が危ういようでしたので、大都督様が2千を率いて向かわれました」



 合わせて5千、打ち合わせ通り全軍を率いて来たか。

 大都督がこちらに来たという事は岐阜北限では役者を入れ替え、新たな戦端が開かれたという事。



 あちらの戦線には伯雷様が入った筈であり、であれば余計な気を回す必要は無い。

 5千の増援をもって自軍は2万を超える軍勢となり、これでようやく動ける。



「左翼と右翼の一部を残していく。後を頼む」


「はっ!」



 左翼と右翼の一部、そして増援3千を合わせれば残していく軍勢は1万に迫る。

 今の反乱軍相手であれば十分な兵力と言えるだろう。



 近衛軍に向かう兵力も大都督指揮下2千・本陣5千・右翼3千で計1万。

 それに別働隊を合わせれば総勢1万数千に。



 それだけあれば互角とはいかずとも、まともな勝負が出来る。

 そのためにはまず、近衛軍と勝負する前に時間との勝負に勝たなければ。



「移動しながら陣形を整える。右翼に追いつくぞ!」



 

 







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