第57話 東海戦線 - 1
時は流れ――。
日を追う毎に緊迫の度合いを増す東海地方に、夜の帳が降りた頃。
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「しかしまぁ、わらわらと。鬱陶しい事この上ないですな」
「3万、といったところか」
こちらの尾張攻囲に反応して集まってきた反乱軍。
膨れに膨れ上がったその数、目算で約3万。
さすがにここまで膨れ上がると片手間であしらうのも難しくなり。
まずは集まってきた反乱軍を叩き潰すべく、戦場は尾張からその北方へ。
重臣の言う通り、これだけ反乱軍が殺到している現状は鬱陶しい以外の何ものでも無い。
が、龍眼で見通した未来通りでもある。
現に蒼纏を発した上軍は破竹の勢いで進軍。
光雪殿の巧みな用兵で奪われた城を続々と奪い返し、敵戦力を誘き出しては野戦で破砕。
城を力で抜くのは時間がかかりすぎる。
兵も時間も限られた今の状況では、最も理想的な用兵と言える。
「しかし、こちらは眼前の3万に加え近衛軍が2万。うんざりしますな」
「伯雷様からは開戦已む無し、との事だ」
凪からの急使で同盟が一方的に破棄された事は知らされている。
伯雷様もその報に接し、中京国がやる気ならば受けて立つとした。
互いの国益に矛盾が生じたのならば。
そして、互いに譲れぬというのならば。
一があれば二があり、二があれば三がある以上、殴りかかってくる相手に手加減は不要。
兄上が近衛軍を率いて来るのあれば、全力を挙げて叩き潰すだけだ。
「使者を捕らえ情報封鎖、および人質とする手もあるのでは?」
戦争は外交の一形態。
戦争は必ず外交を以て決着を見なければならず、そうでなければ大量殺戮でしか無い。
戦争を外交とするならば、使者を捕らえるのも手としては有効。
北街道・南街道で戦端が開かれている以上、使者は今頃中央街道を進んでいるはず。
大きく迂回する中央街道ならば、使者はまだ大京国内を脱していない。
これを自国内で捕らえるのは、然程難しい事では無い。
が、同時にその効果も今回の場合だと殆ど無いだろう。
頭から断交を突き付けてきた以上、交渉の余地は無かったはず。
であれば、中京国の方針は決定している。
今更人質を取ったところで、その方針が覆るものか。
兄上は、やると決めれば必ずやる。
兵力で劣る以上、無駄に兵力を割く事は忌むべきだろう。
「となると、2日後には敵は5万⋯⋯ですか」
「⋯⋯」
自軍1万8千、反乱軍3万、近衛軍2万。
何も反乱軍と近衛軍が同盟を結んでいる訳では無い。
けれど、両軍からすれば最も目障りとなるのは自軍。
普通に考えて近衛軍はこちらを倒してから反乱軍を、反乱軍はその逆の戦略構想を抱いているはず。
つまりは、この戦場で真っ先に狙い討たれるのは自軍1万8千。
こちらは反乱軍を破り、近衛軍を退けなければ勝ちとは言えない。
圧倒的劣勢。
そんな中でも勝機は必ずあるもの。
例えば、密偵の報告では近衛軍は先頃ようやく進軍準備にかかったそうだ。
滞陣し続けた2万が動き出すのに要す時間は通常半日以上。
つまり、どんなに早かろうと近衛軍がこの戦場に姿を現すのは2日後となる。
こちらは既に反乱軍と開戦しており、戦場における1日の差は大きい。
「明日に反乱軍を。明後日には近衛軍に向かう」
「近衛軍に備える5千は既に西進中です」
近衛軍に関しては情報が少なすぎるため、龍眼は沈黙したまま。
であれば、可能な限りの備えをするしかない。
1万8千から5千を引き抜き、対近衛用の別働隊としてその進路上に配した。
敵に対して¼の兵力で華々しい戦果を期待するのは過分というもの。
目的はあくまでも時間稼ぎ。
反乱軍との決戦に不測の事態が生じた場合、5千で可能な限りの遅滞戦術を行い、その足を止める。
「⋯⋯あの者には悪い事をした」
「やむを得ない事だったかと」
5千の別働隊に与えた使命は、万一の際には徹底して時間を稼ぐ事。
端から勝ちなど期待していない。
遅滞戦術は我慢との戦いになる。
敵の猛攻を前に痩せ細っていく自軍に対し、どこまで正気を保てるか。
敗色濃厚だとしても、総崩れになる事など許されない。
ましてや恐怖に負け、自制心を失うなど以ての外。
だからこそ、それを率いる者は優秀でなければならない。
将に任命したあの者は己に負けない強さを持っていた。
将器は脆弱では無く、統率力も十分。
本来ならば今後において国の役に立って貰うべき人材。
その人材に下された命令は、命尽きるまで戦えというもの。
5千の別働隊を率いる将に指名したあの者に、儂は死ねと言ったに等しい。
今後の国にとって大きな損失だとしても。
それでも今を支える為には苛烈な選択が求められる。
それが、戦場に立つという事。
これこそが将と兵を分けるもの。
「明朝、星が消えぬうちに出る。諸将にそう伝えよ」
「はっ!」
万端とは言えないまでも準備は整い、いよいよ明日は。
夜空を見上げれば耿耿と輝く月が夜の闇を破り、そこに近づく存在は無い。
孤独に闇を照らす月が自軍のように思え、慌ててその考えを打ち消す。
明日の朝には消える月が自軍であっては堪らない。
1万3千で3万近い反乱軍を破り、そのまま近衛軍に殴りかかる。
その過程で伯雷様と擦り合わせた秘策が当たるか否か。
対近衛軍の勝敗を決めるのは、その成否如何だろう。
もし外れたとしても、その時には――。
今更迷う事などありはしない。
力でしか分からないというのなら、力で捻じ伏せるまで。
衰えたとはいえ我が国に斬り込んで来る事がいかに無謀で、傲慢で、愚かな行為なのか。
それを身を以て分からせる為には躊躇いなく振り抜く。
使うべき時に恐れる事も怯む事も無く、明確に使う。
それが――武力を持つという事だ。




