第56話 乙女の秘め事
「悠月君!」
小雪ちゃんを連れ、大急ぎで悠月君に宛行った部屋へ。
幸いまだ部屋に居たようで、開けた先で待っていたのはびっくりしたような表情。
「話があるの、小雪ちゃんの簪についてよ」
簪――その言葉を口にした瞬間、一瞬だけびっくりした表情の中に困惑が見て取れた。
すぐに取り繕ったものの、それを見逃すほど私の目は曇っていない。
その困惑がどちらの意味なのか。
場合によっては⋯⋯。
「単刀直入に聞くわ。どうするつもりなの?」
「どうすると言われても、意味が良く⋯⋯」
「誓紙は持ってるのよね?」
話の最中も表情を観察し続けた結果、今度は少しも表情が変わらない。
感情が表に出る事を意識的に制御している、といったところかしら。
けれど、それは答えを言っているようなものだわ。
どうやら桐箱に誓紙が入っているのは知っているよう。
「一時の気の迷いなら止めておきなさい⋯⋯とは言ってあげられないわよ」
「⋯⋯」
「で?答えて頂戴」
「まずは家長であるお祖父様の許可を得ない事には。それからちゃんとしようかと」
⋯⋯半ば本当、半ば嘘ね。
不都合な事実を誤魔化そうとする時の癖が悠星そっくり。
さすがは親子というべきかしら。
父親である悠星の幼馴染相手に隠し事が出来ると思っているなんて、失笑ものだわ。
それに、先生が指揮する東海地方の戦況は次の段階へ進んでいる。
玄悠王率いる中京国近衛軍がいよいよその腰を上げ、東海地方は今や三つ巴の状態。
先生がそう易易と敗れるとは思えないけれど、戦場に出ている以上は万が一が付いて回る。
万が一そうなった時、悠月君は間髪入れず当主の座を継がなければならない。
それ位の事が分からない程凡庸な子じゃないはず。
それでも答えを引き延ばそうとしているのであれば――。
単に自分の中で踏み切れない何かがあるだけならばまだ良い。
それなら悠月君が覚悟を決めれば全て済む話だもの。
でも、もしそうじゃないのだとしたら。
小雪ちゃんと誰かを天秤にかけているのだとしたら。
「もう簪は贈っているのよ?」
悠月君にとって小雪ちゃんが精神的支柱なのは間違いない。
これほど甲斐甲斐しく尽くしてくれ、また頼りになる従者というのも珍しい。
けれど、もしかすると悠月君にとって小雪ちゃんの価値はその程度だったり?
小雪ちゃんだって女の子である以上、いずれは結婚する。
そうなれば悠月君の側を離れ、どこかの家の奥座敷へ入る事になる。
手放すには惜しいから、繋ぎ止める為に期待を持たせた可能性も。
それほど狡猾な子じゃないとは思うけれど、腹芸が出来る子だからこそ邪推してしまう。
女性に簪を贈るという事は求婚と同義であり、一度それを受ければ女性としては手付きと同じ状態。
手付きとなれば、小雪ちゃんの女性としての未来は暗い物になる。
それも天宮家後嗣の手付きとなれば尚更。
事態は動き出している以上、むざむざ可愛い妹弟子の未来が潰されるのを看過するつもりは無い。
ここで白黒付けて、悠月君には相応の責任を取ってもらわないと。
「悠月く――」
「姉さん!!」
悠月君を更に捩じ上げようとしたその時。
部屋いっぱいの大声が小雪ちゃんから放たれる。
場違いな程の大声に振り返れば、そこには小雪ちゃんの非難するような表情。
その顔には止めて欲しいという感情が浮かんでいる。
「止めて、姉さん⋯⋯」
「でも――」
「⋯⋯お願い」
⋯⋯これは小雪ちゃんの為。
けれど今、小雪ちゃんが非難しているのは。
⋯⋯悠月君じゃ無くて、私を非難するのね。
小雪ちゃんがそれであれば私が悠月君を捩じ上げる大義名分は、もう――。
「信じて良いんですよね、坊っちゃん?」
「⋯⋯うん」
「待ってますね」
寂しげに笑う小雪ちゃん。
小雪ちゃん自身が納得していない事は火を見るよりも明らか。
本当にこれでいいの?
でも、小雪ちゃんが今はこれで納めようと言うのであれば。
当事者では無い私にはどうする事も出来ない。
結局、誰も納得しないまま退散する他無かった。
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「⋯⋯本当に良かったの?」
「はい。小雪は坊っちゃんを信じてますから!」
「でも⋯⋯」
「それに!信じて待つ女性って可憐しくて男心を擽るんですよ?」
話をする限り、すっかり元通り――のように見える。
けれど、時折見せる表情が内心を物語っている。
元通りを装っているだけ。
その内心では様々な感情が渦を巻いているに違いない。
でも、下手に責めて御破算になるくらいなら。
今はこれで良い、という事なの?
⋯⋯いけない。
長年宮中で働くと、どうも人を疑う癖が付いてしまう。
態度や表情から相手の嘘を炙り出す方向へ、自然と思考が舵を切るようになる。
小雪ちゃんが信じると言うのであれば、これ以上波風を立てるべきじゃないわね。
「そういえば、どうやって悠月君に簪を買わせたの?」
「え?」
このまま悠月君の態度に関する話を続けたら、きっと私は我慢出来なくなる。
頭では小雪ちゃんが嫌がると分かっていても、間違いなく悠月君に――ひいては天宮家に圧力をかけてしまいかねない。
とはいえ、このまま後は当事者で⋯⋯と終わらせるのも後味が悪い。
結果、そもそもの発端となった出来事への疑問をぶつけてみる事にした。
「普通、悠月君の歳位の子が簪を買おうなんて思わないわ」
「出掛けた時に舞姫ちゃんが挿してたのとそっくりのを見つけて。小雪は簪の専門店にお誘いしただけですよ」
「嘘ね」
「⋯⋯どうしてそう思うの?」
「簪の専門店には行かなかったのでしょう?それに、それはきっかけでしか無かった。その前から種を蒔いてたんじゃないの?」
「⋯⋯もうっ!乙女の秘め事を暴くなんて、姉さんの悪趣味!」
まだまだ子供だと思っていたのに、いつの間にやら恋の駆け引きが出来るようになっているなんて。
人を疑う癖も捨てたものじゃないかもしれないわね。
「もう立派に女の子なのね」
「小雪だって立派な大人の女性ですよー!」
頭を振り、自慢気に簪を衒らかしてくる小雪ちゃん。
飾り玉がゆらゆら揺れて綺麗な輝きを放っている。
「この子ったら!」
「きゃっ、ちょっと姉さん!」
「何よ、いいでしょ。どうせ2人きりなんだから」
「もー。って、くすぐったい!」
「ここが弱点なのは変わらないのね〜」
あまりの可憐しさに我慢が出来ず。
昔のように小雪ちゃんを思いっきり愛でる。
⋯⋯やっぱり、小雪ちゃんには曇りの無い笑顔が良く似合う。
それを確認して尚、姉妹2人での夜は続いていく。




