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月花の君 ~月明かりに、君を待つ~  作者: suimya
第2章 嘘つきの夜が、来るまでに
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第55話 凪が行く、小雪を連れて



「⋯⋯そろそろかしらね」



 日が暮れかかってきた頃合い。

 昼に出掛けて行った2人が戻ってくるならそろそろ。



 そう思っていると俄に玄関先が騒がしくなる。

 そしてすぐに玄関扉が開かれる音がし、廊下を渡ってくる足音が。



「凪姉さん、ただいまです!」


「おかえりなさい。悠月君は?」


「荷物置いて、そのままお風呂行くそうです」


「あら、そう。⋯⋯ま、そこまで馬鹿じゃないわよね」



 小雪ちゃんの様子を見るに、出掛けている最中には何事も無かったよう。

 天宮家の後嗣が気軽に外出しているからといって、さすがに白昼堂々行動を起こすほど馬鹿では無い⋯⋯わよね。



 不思議そうな表情を見せる小雪ちゃんに笑って返し、こっちの話としてその疑問を受け流す。

 小雪ちゃんに知られたら面倒な事になるし、何も無ければその方が良いのだから。



「それより、随分と上機嫌じゃない」


「ふっふっふ、新しくなった小雪を見て下さい!!」



 新しくなった小雪ちゃん?

 本人は謎の素振りで意気込んでいるけれど⋯⋯何が新しくなったのかしら。



 着物は私が着付けてあげた時と何も変わってない。

 せっかくの外出なら普段の動きやすさ重視の格好では無く、女の子らしい格好を。



 そう思って着せたわけだけれど、着崩れや皺は見られない。

 髪型も編み込んでお団子にしてあげて――。



「あら⋯⋯簪?」


「気付いちゃいました?これで小雪も大人の女性です!」


「綺麗ね。どこで買っ――」


「気になります?気になりますよね??」



 こっちの質問に食い気味で返してきたこの感じ。

 両手を強く握り締めて前のめりになったその格好。



 喜色を前面に押し出したその笑顔も可愛いと思う。

 でもこれは多分、聞いてはいけなかった内容。



 別に聞いていけない事も無いのだろうけれど、間違いなく聞かない方が良かった。

 だって、簪でこの上機嫌振りは⋯⋯。



「貰ったんです、それも坊っちゃんに!まぁ、物は風水庵かぜみあんって露店のでしたけど」



 ⋯⋯ほら、ね。

 うっかり答えを引き出してしまった、数秒前の私が恨めしい。



 何で「綺麗ね」で止めなかったのよ。

 聞いてしまった以上、今更知らんぷりも出来ない⋯⋯わよね。



 まぁ、可愛い妹弟子である小雪ちゃんの為になると思えば。

 それに、そんな事より。



「風水庵って、あの風水庵?」


「どの風水庵か分かりませんけど、店主さん曰く貴重な素材を使った1点物だそうです!」



 1点物、貴重な素材、これほどの仕上げ技術。

 小雪ちゃんが挿しているのは一般的に1本挿しと呼ばれる簪。



 不思議な色の軸に付けられた、透き通って鮮やかな赤を宿した蜻蛉玉。

 先端部分から金具で吊るされた小さい赤と透明な飾り玉。



 蜻蛉玉の大きさから吊り下げられた無数の飾り玉の配置など、細部まで手が尽くされているのが良く分かる。

 そして、赤を基調とした装飾の中に感じる、雪原に立った時のような清冽な澄んだ空気。



 簪としては控えめな装飾でありながら、ここまで存在感を放つ簪など滅多に見られるものじゃない。

 けれど、それも風水庵の簪だと言われれば納得がいく。



 それに⋯⋯どことなく似ている。

 私が昔悠星に買ってもらった、風水庵のあの簪に。



 小雪ちゃんが挿しているのは風水庵の簪で間違いない。

 物としてはこれ以上無く、ならば後は――。



「それで、誓紙は貰ったの?」


「誓紙?」


「誓紙を貰うのは当たり前でしょう。悠月君は成人前なんだから特によ。風水庵の物であれば桐箱の中に誓紙が入っていたはずだわ」



 簪を受け取ったのならば当然、誓紙の交換もしたはず。

 そう思ったのだけれど、小雪ちゃんの様子を見るに心当たりは無さそう。



 簪だけ受け取って誓紙を貰わないだなんて。

 そう思ってよくよく問い質すと、どうやら桐箱は悠月君が持っているらしい。



 なら、誓紙もその中に入ったままという事になる。

 単に気付いていないだけか、もしくは⋯⋯。



「立会人は?」


「風水庵の店主さんは見てましたけど」



 ⋯⋯駄目だわ。

 風水庵の店主は立会人には成り得ない。



 一流を超えた技術を持つのに極度の面倒臭がり。

 店も構えず、着の身着のまま。



 気が向いたらそこで適当に台を出して店として、気が乗らなくなったら人知れず何処かに消える。

 右に出る者が居ない程の放蕩者、それが風水庵の店主。



 もっとも、それが故にその簪は希少価値が高く女性にとっては垂涎の的。

 ただでさえ入手困難な上に運良く出会しても、店主が気に入らない相手には絶対に売らないときている。



 その風水庵の簪を挿し、更にはそれが贈り物となれば条件としては破格。

 けれど、居所が掴めない風水庵の店主が立会人では証明のしようが無い。



「悠月君は何て?」


「まだちゃんとじゃないけど、って」


「それを信じたの?」


「坊っちゃんなら大丈夫です。ちゃんと守ってくれます」



 簪を贈っておいて、ちゃんとじゃないって⋯⋯。

 そんな事が許されると本気で思っているのかしら。



 大体、小雪ちゃんもそんな口約束だけで信じるなんてどうかしてる。

 これが女性としての一生を決めかねないという認識が低すぎる。



「⋯⋯駄目よ」


「凪姉さん?」


「こんなの駄目。きちんとするべきだわ」


「どうするの?」



 どうするもこうするも、方法は1つしかない。

 あの子が誓紙の入った桐箱を持っているのなら。



「決まってるでしょう。行くわよ、悠月君のところに!」















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― 新着の感想 ―
[良い点] 最新話まで読ませて頂きました! 二章の始まりの小雪とのやり取りはとっても甘酸っぱくてキュンとしちゃいました。 お互いに色々と葛藤しつつも、思いを確かにしていくのが熱かったです。 束の間の…
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