第53話 昼下がり、おでかけ、凪の謀
「2人共、午後はどうするの?」
「小雪と出掛けてきます」
「あら、そう」
「凪姉さんはお城行かないの?」
「私が居ない方が良い事もあるのよ〜。って、小雪ちゃん食べすぎよ!!」
蒸し暑い季節の長閑な昼食時。
凪様が箸を伸ばした最後の素麺一玉を小雪が掻っ攫う。
凪様の言う通り、あれだけあった素麺の半分以上が小雪の胃袋に収まっている。
これだけ華奢な体の何処にそんなに入るのやら。
「そうそう。悠月くんが目覚めた事は知らせておいたわ」
「ありがとうございます。今日にでも屋敷に帰ります」
「帰れないわよ?」
「⋯⋯え?」
「だから、帰れないわよ」
⋯⋯帰れない?
なら、これから何処で⋯⋯。
「悠月くんと小雪ちゃんは暫くうちで預かる事になってるのよ。具体的には先生が帰ってくるまでかしらね」
お祖父様が帰ってくるまでは凪様の元、白峰邸で過ごす。
凪様の態度や口振りからすると、既に屋敷の方とは話が付いているよう。
今、天宮家の屋敷を預かるのはお祖父様の重臣と女中頭。
どちらも即応力を求められる実務能力、先々を見越して動く先見性に優れる人達。
2人共、天宮家が不利になるような判断は下さない。
もし凪様の提案に不純な物を感じれば、白峰家相手でも即座に突っ撥ねる位の事はする。
その2人が凪様の話に乗ったという事は、つまりそういう事。
天宮家の後嗣が白峰家の庇護下に入るというのは、蒼纏内部で何かが起こっていると考えていい。
ただ、それが具体的に何なのか。
凪様に聞いたところ、お祖父様が帰って来たら聞きなさいとして躱されてしまった。
「それより小雪ちゃん、素麺も無いのに薬味だけ食べてないで!早く準備するわよ!」
「準備って何するの?」
「悠月くんと出掛けるんでしょう?女の子なら準備しないと」
「でも、まだ食べ――」
「いいから!箸置く、立つ、歩く!」
ずるずると半ば強制的に連行されて行った小雪。
それでも食後の心太だけは持って行ったあたり、さすがと言うべき。
⋯⋯考えなければいけない事が多すぎる一方、情報が少なすぎて何から考えれば良いものか。
まぁいい、小雪が戻って来るまで心太を食べながらのんびり考えるとしよう。
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「えーっと」
「そこじゃない?」
「あ!ありました!」
買い物に行きたいという小雪に付き合って早数時間。
市に着いてからというもの、ずっと歩きっぱなし。
それでも相変わらず元気な小雪。
これだけ歩き回って悩んで色々買って、それでもまるで疲れていない。
一方、表に出さないよう気を遣っているだけで僕は既に肉体的にも精神的にも満身創痍。
数時間歩き回って疲れない方がおかしいし、その間に浴びせられた視線も⋯⋯。
視線の原因、それは今の小雪の格好。
色白で、茶色がかった瞳と暗めの茶髪を持つ小雪。
その小雪が着ているのは、薄っすらと紫がかった淡い色合いの着物。
そこに藍色で描かれた、すずらんのような小さな草花。
帯は濃紺の物を締め、着物の裾と袖は柄と同じ藍色で染められている。
髪の毛もきちんと纏められ、唇には薄く紅を差していて。
元々異性の目を引きやすい小雪。
その小雪をここまで仕上げれば、それはもうとんでもない事になるのは必定。
結果、居た堪れないやら面白くないやらで僕は疲れ果てている。
それでも、小雪が行きたがってた場所は此処で最後。
「装飾品のお店?」
「新しいがま口が欲しくて。あ、これ舞姫ちゃんが差してたのと似てますね!」
入ったお店は女物の装飾品や小物を扱う店。
がま口、巾着袋、帯締め、飾り紐、簪⋯⋯広い店内に並べられた商品はどれも作りが綺麗で丁寧な仕事ぶりが伺える。
小雪が言うように舞姫がしていた髪留めに似た物も並べられている。
というか⋯⋯大きさ、色、柄といった1商品あたりの品揃え幅が半端じゃないな、この店。
「いいですよねー、簪。ついつい欲しくなっちゃいますよねー」
「買えばいいじゃん。小雪はもう成人してるから挿せるでしょ?」
「⋯⋯そういうのを、意地悪って言うんですよ。大体、簪って高いんですから!」
言われて良く見てみれば⋯⋯え、何この金額。
簪の専門店でも無いこんな店でこの値段?
一番安い物でも帯留めより高い。
同じ金額で小雪の欲しがってるがま口が3個は買える。
「すぐ側に簪の専門店もあるんですけど⋯⋯行ってみます?」
「小雪が行きたいなら⋯⋯」
「もう、冗談ですよ!あ、このがま口にしようかな。買ってきちゃうので外で待ってて下さい」
胸の前で両手指を絡ませて聞いてきた小雪の表情を見た瞬間、どきり――とした。
それは決してその表情に見惚れた訳では無くて。
会計処に並ぶ小雪の後ろ姿を見ながら店の外へ。
店脇にある長椅子にどっぷりと腰を下ろす。
⋯⋯意地悪、か。
腰を下ろして寛いでいると、さっきの小雪の声が甦る。
少し寂しそうな、どこか非難めいた声音。
小雪は成人しているから簪を挿す事が出来たとしても⋯⋯そうなるか。
軽率な発言だったかな。
そんな事を考えながら、ぼーっと人の往来を眺めていると。
視界の右端、そこで何かが光った。
一瞬の出来事ではあったものの、光る風?――だったような。
小雪は⋯⋯まだ大分かかりそうだな。
光ったのはすぐ其処だし、暇潰しがてら見に行ってみるか。




