第51話 姫刀
「そういえば、さっき何運んでたんですか?」
「あぁ、これ?霊刀について調べたくて借りたんだ」
霊刀。
それは霊力で練られた刀。
成人の際に原型となる刀を親兄弟姉妹等の親しい人から貰い、長い時間をかけて自身の霊力で練り上げるのが一般的。
小雪を始め多くの大人が持っていて、己の霊刀を持つ事は一人前の証でもある。
ただ、それはあくまでも一般的な話であって。
世界には一般的では無い霊刀も、当然のように存在する。
それは、小雪の白狼や凪様の天城とはまるで違う物。
神話の時代から受け継がれる特別な刀。
書物を捲って一番最初、最も大きく描かれているのが、その代表格とも言うべき5大霊刀。
これは、かつて呪王と覇を競ったとされる霊王が直々に鍛えた刀群。
黒玄・風虎・白龍・蒼燕・死音の5本が存在し、全ての霊刀の頂点と言われる。
死音のみが800年経った今でも所在不明で、残りの4本のうち黒玄は大京国、風虎と蒼燕は中京国が保有している。
白龍に関しては所属が大京国と中京国のどちらになるのか、今の所は曖昧と言っていい。
というのも白龍は元は中京国にあったものの、お祖父様が出奔した事で今は大京国内にある。
強大な力を秘める5大霊刀は刀自身が選んだ人間にしか扱えないと言われ、お祖父様が生きている間は白龍が大京国から出る事は無いだろう。
けれども、お祖父様が死んだ先ではどうなるのか。
再び中京国に戻るのか。
それとも、新たな火種となるのか――。
かつて北陸に在った蒼燕を手に入れる為だけに、中京国は国1つを攻め滅ぼした。
5大霊刀はその存在だけで国家の命運を左右する程の代物なのだ。
その5大霊刀に次ぐとされるのが姫刀。
姫刀の場合、全体で何本存在するのか等の詳しい事は分かっていない。
今のところ書物に記載があるのは黒姫・翔鶴姫・瑞鶴姫の3本のみ。
翔鶴姫と瑞鶴姫は大京国黎明期を駆け抜け、建国の礎となった伯凰様と伯鳳様が持っていた姫刀。
そして、黒姫は――呪王の愛刀。
黒姫はその黒き刀身から吐き出した影で世界を飲み干そうとしたとされる、最凶の名を冠する姫刀。
書物では次点のように書かれていても、実際には黒姫を筆頭に翔鶴姫・瑞鶴姫を含め、姫刀は5大霊刀に優るとも劣らない力を有している。
最凶と呼ばれる黒姫だけでなく、歴史が示す翔鶴姫の圧倒的な強さがそれを証明していると言っていい。
けれども、姫刀について分かっている事は本当に少ない。
その強さ以外に分かっている事といえば――。
「でも、不思議ですよね。刀が人の姿になるなんて」
小雪が言ったように、姫刀は人の姿になる。
刀でありながら人の姿になり、更には言葉を操る。
まるで生きているような、人のような刀。
それが姫刀について分かっているもう一つの事。
舞姫も人の姿になって言葉を話す。
名前にも姫が入っている事から、彼女もまた姫刀で間違い無いだろう。
「坊っちゃん、見て下さい!舞姫ちゃんにそっくりですよ!」
「舞姫ちゃんて⋯⋯」
容赦無く自分の右腕を飛ばそうとした相手にちゃん付け。
前向きというべきか、適応力が高いというべきか。
小雪の姿勢に感心しながら、その指し示す先を見る。
それは頁を捲った先、次の頁に描かれた黒姫・翔鶴姫・瑞鶴姫のものと思われる人物画。
色は違えども太腿が顕になった短い袴と、鞘と同じ色をした羽織。
その袖丈の長い羽織を肩を出すようにして着崩し、花を模した髪飾りを付けた姿。
髪飾りの留め紐が長く垂れる様まで舞姫と同じ。
こうして見ると本当に人のようにしか見えない。
「これ見せたら何か教えてくれますかね?」
「どうだろ。さっきは何も答えてくれなかったから」
舞姫はあの時、霞から受け取った刀で間違いない。
鞘を含めて刀としての特長が一致している。
霞の言葉を借りれば、舞姫は僕を待っていたという。
けれども、その話をした際に舞姫から返ってきたのは無言。
知られたくない何かがあるのか。
それとも、僕は知らなくて良い内容なのか。
もしくは――まだ知るべき時では無いのか。
小雪は無邪気に舞姫ちゃんなんて言っているけれど、姫刀を持つのは決して良い事とは言えない。
5大霊刀にも引けを取らない程の力を秘めた刀。
それを持つ事の有意性は大きくとも、それでも――。
姫刀は彗星の如く現れ、彗星の如く消えていく。
5大霊刀とは異なり、常に此の世界に存在しているわけでもないらしい。
名前の通り実に気紛れな刀と言うべき。
だからこそ情報が少なく、類別する際に共通点を見つけにくい。
けれども、その持ち主には共通する特徴がある。
それも、決して良い内容では無い特徴が。
霞は史実において世界を救い、世界から憎まれる存在となった。
伯凰様は伯鳳様の為に死し、残された伯鳳様は悲しみに暮れる暇も無いままに生涯孤軍奮闘を余儀なくされた。
3人共が激動の時代において世界の礎となった、と言えば聞こえは良いだろう。
でも、その中身はそんな綺麗なものじゃない。
身が裂かれる程の、心が擦り切れる程の悲しみを。
世界を呪い、自分という存在が分からなくなる程の憎しみを3人共が背負った。
それは偶然だったのか、それとも必然だったのか。
姫刀を持った3人が似たような運命を背負い、多くを語る事無く歴史に消えた。
もしそれが必然で宿命とも言うべきものなのだとしたら。
本当にそうなのだとしたら。
舞姫。
彼女は僕に何を与え、何を奪うのだろう――。