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月花の君 ~月明かりに、君を待つ~  作者: suimya
第1章 月浮かぶ静寂に、始まりを告げる
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第5話 予兆 - 1



「⋯⋯来たか」



 氏雅(うじまさ)様に伴われ、中京国に来た時以来となる謁見の間へと入る。

 入った先では既に玄悠(げんゆう)様が着座しており、その他にもう一名⋯⋯先程の話からすれば竜臣たつおみ様ということになるのか。



 正式な謁見時には、様々な立場の人間が所狭しと並ぶもの。

 だが、玄悠(げんゆう)様と竜臣(たつおみ)様しかいないところをみると、どうやら非公式の謁見らしい。



 氏雅(うじまさ)が立礼を行ったのに倣いつつ、その後ろをすごすごと付いて歩く。

 そうして玄悠(げんゆう)様の元まで来れば、その眼前には列島全域が描かれた一枚の大きな地図。



 地図には矢印やら大小の丸といった記号がびっしりと書き込まれ、物々しい雰囲気を醸し出している。

 ⋯⋯見る限りでは主に列島西部に記号が集中しているため、遠征における戦況報告の内容だろうか。



「先程ご帰還の報告を貰ったばかりなのですが、相変わらず行動がお早い」


「戦地に赴く時は仕方ないが、帰る時には軍など鈍くさくて敵わん。身一つであれば文より早く動くことも可能という事だ」



 機を見計らったように語りかけた氏雅様に対し、敬語を使うわけでもなく豪快な笑顔を向ける竜臣様。

 その笑顔からは宮廷を主戦場とする氏雅様からは感じられない、豪快とも粗暴とも言えないものを感じる。



「では、軍はまだ帰還していないのですね?」


「大半は戦後処理に残してきた。帰還兵は今ごろ副官が率いてのろのろと中国筋を歩いているだろうよ。⋯⋯して、この坊主は氏雅(うじまさ)殿の隠し子か?」


「まさか。こちらは悠雲(ゆううん)様のお孫の悠月(ゆうげつ)殿ですよ」



 氏雅(うじまさ)様に紹介され、僕は背筋を伸ばしてしっかりと挨拶をする。

 粗暴な感じを受けようとも、竜臣様は中京国の軍事を一手に引き受ける方。



 一介の人質風情が失礼を働くなど、あってはならないことだ。

 竜臣(たつおみ)様は僕が人質として入国する前から遠征に出ていたため、直接的な面識は無いに等しい。



 これが竜臣様とは初顔合わせであり、少しでも悪い印象を持たれることは避けなければ⋯⋯。

 でなければ僕がここにいる意味も、その存在意義ですら失われてしまう。

 


「おお、これはこれは⋯⋯。よく見れば確かに悠雲様に似ておるな。はっはっはっ」



 ⋯⋯颯からの話を聞くに細かいことを気にしない人だとは思っていたが、どうやら想像通りの人のようだ。

 ちなみに、僕とお祖父様は似ていないと言われることの方が多い。



 竜臣(たつおみ)様は北ノ宮家の御当主様で、北ノ宮家は氏雅(うじまさ)様の西ノ宮家と同格の四大宮家の一つ。

 氏雅(うじまさ)様より一回り年上で陽に焼けた皮膚と大きな体躯を持つ、これぞ武人といった佇まいをしている。



 竜臣様は個の武人として名高いだけでなく、戦況を見極める力や大略を描き出す力がずば抜けていると専らの噂。

 鋭い戦術眼と戦略を併せ持つ、中京国きっての名将としても名高い方なのだ。



「さて――。竜臣(たつおみ)、悪いが氏雅(うじまさ)達のためにもう一度説明してやってくれ」



 今まで黙っていた玄悠(げんゆう)様が地図の端を指先でトントンと叩く。

 それだけで雑談に傾きつつあった僕らの意識を、改めて目の前に置かれた地図へと向かわせる。



 改めて見ても気持ち悪くなるくらいビッシリと情報が書き込まれていて、説明無しでは何が何やら⋯⋯

 竜臣様の説明無しでは、僕には何がどうなっているのか全く分からない。



「此度の遠征は、九州地方にて活発化した偉誉国(いよこく)を牽制する為のもの。2年の歳月を費やしてその橋頭堡とも言うべき、非礼極まる西京国を徹底的に叩いた」



 地図に書き込まれた矢印に沿って、竜臣様の指が動く。

 それは臨祠を起点として動き、この遠征における中京軍の進路を地図上に描き出していく。



「作戦は概ね成功し、西四国地方の城邑は全て占領。西中国地方も山口のみを残して攻略し、西京国(せいきょうこく)を実質的な支配下に置くところまで来ている」


「となると⋯⋯占領した城邑へ行政担当官を派遣しなければなりませんね。あとは、西京国(せいきょうこく)中枢にも人を遣って完全な支配下に置く必要がありますか」


「うむ、その辺のことは氏雅(うじまさ)殿にお任せする。それがしは良く分からんのでな。はっはっはっ」



 ⋯⋯話の展開が早すぎて、全く付いていけない。 

 でも、ここ2年間で見聞きした情報で補足すれば、大体の全体像は浮かび上がってくる。



 4年前、列島東部で大京国(だいきょうこく)が華国に大惨敗を喫した頃。

 時を同じくして、列島西部では偉誉国(いよこく)の活動が活発化し始めた。



 その矛先が向けられた先は、西京国せいきょうこくが支配していた北九州地域。

 そして偉誉国(いよこく)の多年にわたる猛攻を前に、西京国せいきょうこくは北九州における領土をほぼ喪失。



 首都防衛における西側の巨大な防波堤を失った西京国(せいきょうこく)首脳部は恐怖し、残った九州の全領土を割譲する事で講話。

 そこには、今後必要とあらば軍事行動を共にする事も条件として付け加えられたらしい。



 この講話によって偉誉国は九州を飛び出し、中京国の国土を窺えるようになった。

 中京国側からすれば偉誉国との巨大な緩衝地帯を失い、これに危機感を持った玄悠(げんゆう)様は再考を促す使者を西京国せいきょうこくへ派遣。



 ⋯⋯が、それが不味かった。

 目先の恐怖に捕らわれていた西京国(せいきょうこく)はあろうことか、偉誉国(いよこく)からの信用獲得のために使者を拘束。



 そのまま偉誉国(いよこく)へと引き渡す大事件が発生してしまう。

 偉誉国(いよこく)が冷静な対応を取ったことで使者は無事帰国することが出来たが、玄悠(げんゆう)様を始めとする中京国首脳陣が激怒したことは言うまでもない。



 怒りもそのままに2年前、中京国は大京国(だいきょうこく)との同盟を奇貨とし、西京国(せいきょうこく)へ大規模な侵攻を開始。

 大京国が華国と争うことで北陸における華国への警戒が和らいだこと、それが背景にあるのは言うまでもない。



 おそらく、迫りくる中京軍を前にした西京国せいきょうこくは偉誉国に助けを求めただろう。

 けれども、偉誉国(いよこく)は一兵も動かす事無く、中京軍の大戦果へと繋がるわけである。



 ちなみに氏雅様の言った行政担当官の派遣というのは、中央から行政に長けた文官を大量に送り込むという事。

 占領地域には治安維持のため軍による占領行政府が開かれることが多いが、これは往々にして失敗する。



 彼らは力の信奉者であって政治はからきしの素人である事が多いため、力制による反動が起こりやすいのだ。

 そのため占領地域には行政に長けた文官を行政府長官として、素早く派遣することが必要になってくるわけだ。



 また敵国中枢を支配下に置いた場合、その国内権力も空洞化させなければならない。

 前に氏雅様が、講義で長々と説明してくれた事を覚えている。



 方法は幾つもあるそうだが、最も簡潔に済むのは被支配国の国内政権を傀儡化してしまう事。

 敗戦の混乱が続くうちに大量の人を送り込み、要職と呼ばれる席の6~7割方を自国陣営で占めてしまうのが良いとされる。



 全ての要職を派遣した人間で占めないのは、自分達にもまだ意思決定権があると官僚や国民に広く思わせるため。

 そうする事で被支配国が支配国へ抱く、嫌悪や不満といった感情を緩和する事が出来る。



 とは言っても残りの要職には支配国に媚び諂う人間が就くため、結果的には更なる空洞化に陥るだけ。

 経緯はどうであれ、最終的には被支配国は意思決定権など有しない完全な傀儡国家になるわけだ。



 竜臣(たつおみ)様もその辺りのことは熟知しているはずだが、分からない振りをした。

 それは文官の長として行政を取り締まる氏雅(うじまさ)様への配慮であり、それが竜臣様なりの処世術なのだろう。



「悠月、これをどう見る?」



 脳内で情報を補完して整理していると、不意に玄悠(げんゆう)様が地図越しに質問をぶつけてくる。

 氏雅様達を見れば、あちらはあちらで今後の話し合いに熱中している模様。



 「どう見る」との問いが何に対してなのか、その主語は何なのか。

 状況から見て、西京国(せいきょうこく)の苦難を黙殺した偉誉国(いよこく)の事になるのか。



「⋯⋯此度の戦争で最も大きかった戦果とは、偉誉国(いよこく)の思惑を知れたことにあると思われます」


「その思惑とは?」



 国王である玄悠様からの問いかけを前にして、沈黙は許されない。

 無視するなど以ての外であり、そんなこと出来よう筈もない。



 けれども出過ぎた真似にならないか、言葉は慎重に選ぶ必要があるだろう。

 この場で不興を買えば、斬り捨てられたとしても文句は言えない。



 視界の端で玄悠様の表情を捉えつつ、頭の中で話の展開方法を考える。

 気が付けば氏雅様と竜臣様の話し声も已んでおり、ちらっと見ればこちらを注視している。



(まさか、こんなことになるなんて――)



 国王に宰相に名将。

 中京国を代表する大人達を前に、ぶつけられた質問に対する自分なりの所見を述べる。



 明らかに分不相応な状況で、助けてくれる者はいない。

 無い知恵を絞り出し、鈍い頭を懸命に回して、自分の力だけで乗り切らなければならない。



 言われた以上は断れなかったとはいえ、軽率にも氏雅様に付いてきたことを後悔し始める。

 後悔先に立たずとは良く言ったもので、今は目の前のことを何とかするしかない。



 でも⋯⋯







 付いてくるんじゃなかった⋯⋯








長くなってしまったので、分割します。

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