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月花の君 ~月明かりに、君を待つ~  作者: suimya
第2章 嘘つきの夜が、来るまでに
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第48話 茶会、その後には



 ――暗い、ただ真っ暗になった世界。

 月も浮かばず、星々も闇に紛れ息を潜める、暗闇が支配する世界。



 そこでは灰になった木々が燻らせている火種のみが、仄かに世界を照らしている。

 そんな世界で、私は音もなく丘の上へと降り立つ。



「足跡、それも2人。それとこれは⋯⋯?」



 見つけた、私が探していた痕跡。

 2つの足跡のうち、1つは足跡の大きさと濃さからして女の物?



 ならば、もう一つの足跡は。

 これもまた⋯⋯いや、これは幼子の物ね。



「やっぱり⋯⋯」 



 その瞬間、私は違っていて欲しいと願った全てを知らされた。

 人の楽しみを横取りして、人の気持ちを踏み躙って、姉様は此処で悠月君と楽しい時間を過ごしていた。



 そのせいで私が楽しむべき悠月君との逢瀬はどうなったと思っているの。

 知らされた耐え難い事実に唇を強く引き結ぶ。



 ⋯⋯ここが真っ暗な世界で良かった。

 今の私の顔は誰にも見せられないし、自分でだって見たくない。



 800年という気の遠くなるような時間で降り積もった物全て。

 悠月君だけが私の罪と、業と、孤独と悲しみを分かち合ってくれる筈だった。



 それが叶わない事実を知らされて。

 感情が溢れないよう、言葉が零れないよう耐えていた時、ふと懐かしい気配を感じた。



 それは、呪力の気配。

 その残滓を辿って此処まで来てみれば、まさかこんな近くに居たなんて。


 

 やられた――という思いは無い。

 姉様が悪戯好きな性格なのは私が一番分かってる。



 それでも今はただ、やってくれた――その感情しか浮かばない。

 誰よりも知っているからこそ、誰よりも理解しているからこそ、煮え滾ったかのように感情が波打つ。



 感情が熱湯のように脳みそを沸かして、思考が細切れになる。

 考えた事全てが片っ端から千切られて、握り潰されて、沸騰し続ける感情へと焚べられていく。



 纏まらない思考に歯止めが利かなくなった感情。

 耐え難い程の怒りが私の表情を歪ませる。



 そのまま丘から下を眺めれば、そこには私が見つけたもう一つの痕跡。

 大地全てが息絶えた荒土が広がっている。



「やったのはどっち?」



 この荒土は間違いなく呪力によって成されたもの。

 呪力の残滓がそこかしこに漂っているのだから間違いない。



 問題なのは、それを誰がやったのか。

 姉様がやったと考えるのが一番しっくり来るけれど、でも――。



 普通に考えて、呪力に目覚めていきなりこの威力は有り得ない。

 呪力はその人の想いを根源とする形の無い力。



 想いが尽きない限り尽きる事の無い巨大な力の塊を扱うには、人としての強さが求められる。

 それはつまり――想い、考え、命尽きるまで歩みを止めない覚悟が求められるという事。



 呪力は個人によってがらりと表情を変え、この場に漂っている残滓は⋯⋯姉様の物じゃない。

 姉様の物じゃないのだとしたら、それはもう。



 私は、悠月君の事を良く知っている。

 私は、悠月君のこれまで全てを知っている。



 幼くして不幸に見舞われ、不自由に縛られ。

 焼け付くような痛みに苦しみ、悶えるような悲しみに這いずりながら、耐えながら生きてきた。



 愚かで浅ましい人間という生き物を成長させるのは、いつだって理不尽であり不自由な環境。

 それが全てであって、それらを強烈に認識して初めて人としての深化が始まる。



 耐え難い理不尽は甘い夢を見続ける人間の目を覚まし、呪いたくなる程の不自由な環境は知恵を育てる。

 艱難辛苦が人を玉にするのならば、悠月君は恐ろしい速さで練磨され続けている。



 そんな悠月君が放った呪力であれば、この程度の荒土を成す事は容易いかもしれない。

 だとしても、それが正解とは言い切れない筈なのに。



 そう思った瞬間、私の中で最後まで私を留めていた何かが決壊した。

 欠片程でも残っていたまともな思考も、感情の濁流へと飲み込まれ跡形も残らない。



 どうして⋯⋯どうして勝手な事ばかりをするの?

 悠月君に勝手に呪力を与え、一方的に姉様の眷属に取り込もうとする。



 一体、姉様は私が何の為に耐えていると思っているの。

 誰の為に努力していると思っているの。



 臨界点を超えた感情が爆発する。

 理性なんて壊れかけの鎖を簡単に引き千切り溢れ出た怒りが、叫びとなって世界を貫く。



 暴走する私の力によって足元に生える草は枯れ、丘全てが変色していく。

 青々と茂っていた草が萎れ、枯れ、最後には何か分からない黒い塊になって土へと帰る。



 それは、この世界で唯一にして最後の命が死に絶える光景。

 そしてそれは丘そのものにも及び、土ですらも死んだかの如く溶けて消滅する。



 暗い、ただ真っ暗になった世界。

 月も浮かばず、星々も闇に紛れ息を潜める、暗闇が支配する世界。



 彼女以外の全てが死に絶え、命の輝きが消え去った世界。

 その世界で彼女の燃えるような深紅の双眸だけが⋯⋯輝いた。











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