第47話 茶会の終わりが告げたのは、次の始まり
「呪力の正体は何だと思う?」
有り得ない非常識な現象を易易と巻き起こす。
そして、それら全てを無かった事にする。
およそ理から外れ、不可能が無いとすら思わせる程の力。
呪力の前には霊術も魔法も霞んで見える。
「呪力の正体、それは人の想いだ。術でも法でも無い純然たる力の結晶が呪力なのさ」
「想い?」
「さっきボクは悠月くんの心臓が欲しいと願った。それと同時に死んで欲しく無いともね。矛盾していても願いに応えるのが呪力だ」
心臓を抉り出されれば普通は死ぬ。
肉体は即死せずとも、意識は一瞬で刈り取られるだろう。
けれど、霞の言う通りさっきの僕は死の気配を一切感じていなかった。
痛みに悶絶しながらも、死に直面しているという認識はまるで無かった。
それが霞の願いであり、願いが形を成したのがさっきの出来事。
呪力は人の想いを現象とする力⋯⋯という事だろうか。
「さて、ここでようやく本題だ。君は此の世界に何を求める?」
僕が今まで見てきた物、感じてきた物、そして。
霞の言う事が本当であれば、それらは全て用意された出来事。
答え合わせ⋯⋯とは少し違うか。
それでも、もし此の場で僕が言うとしたら――。
「僕は、失いたくないんだ」
1人だけで生きている人間は少ない。
必ず親が居て、誰かと出会って、その先で子を成したり。
そんな当たり前の繋がりを誰もが必ず持っている。
親が死ねば、子が死ねば、涙を流して喉が破れる程に泣くだろう。
長年連れ添った相手――死が2人を分かつ時が来れば、例えようの無い喪失感で心に穴が空くだろう。
何処までも行く末を見守りたいとしても、しわくちゃになるまで何十年と一緒に居たとしても。
まだまだ足りない、満足出来ない、もっと一緒に居たい。
行かないで⋯⋯そう願ったとしても、必ずその時は訪れる。
その時に負った傷は決して消えない。
塞がったとしても痕は残って、いつまでも痛みを主張し続ける。
僕には記憶だけが残っていて、父様も母様ももう居ない。
お祖母様だって――そして、いつかはお祖父様も。
皆が僕よりも先に居なくなる、だから。
小雪を失いたくない、凪様に知っていてもらいたい、聖とまた話がしたい。
そんな当たり前の事ですら、僕にとっては手放せない大事なもの。
だから、何一つとして失いたくない。
それは少しだけでも一緒に過ごした雅楽や颯に対しても同じだ。
2人が僕にする話は眩しくて羨ましい物ばかりで、だからこそ僕と同じ場所には来ないで欲しい。
僕の意志と関係無い所で勝手に決められて、僕の痛みや悲しみなんて気にも留めず押し付けられて⋯⋯。
それでも耐えて、耐えて、耐え抜いて。
その痛みが分かるから、その悲しみを知っているから。
こんなもの、他の誰も知らない方がいい。
2人は掌を開いても零れ落ちる物が少ししか無い僕とは違うのだから。
その掌から零れそうな程乗っている物全て、自然にその時が来るまで握り締めていて欲しい。
「今の君は優しいんだね」
⋯⋯別に優しくなんて無い。
それどころか醜さを通り越して腐り切った考えだと思う。
利己主義と呼ぶ事すら烏滸がましい程の強欲。
自分を投影して勝手に解釈して、勝手に解釈した幸せを押し付けてるだけで――。
「でも、守るために失わないといけないとしたら?」
「え⋯⋯?」
「本当は気付いているんだろう?何一つ失わないなんて綺麗事に過ぎないと」
⋯⋯生きるためには戦わなければならない。
戦えば必ず何かを失うとしても、誰かが立ち塞がれば戦わないという選択肢は無い。
あの時――。
小雪は僕を守るために躊躇い無くあやめ様を斬り捨てた。
結果的にあやめ様のまやかしを斬り捨てただけだとしても。
2人の話では互いに友達だと思っていて、それでも小雪は僕とあやめ様を天秤にかけて、あやめ様を失う覚悟を決めたと言える。
「人の思いは常に矛盾する。愚かしい程の葛藤を抱えてこそ、相反する現実に苦しんでこそ呪力は形と成る。君は君を苦しめた全てを捨て去って良いにも関わらず、敢えて苦しむ自分の感情を理解した。さぁ、君の欲しい物全てを手に取る時は来た。強く、強く、感情が波立って津波となる程に願ってごらんよ」
僕が欲しい⋯⋯僕だけが欲しい物。
そこには誰かの為なんて綺麗事は要らない。
必要なのは建前も理由も言い訳も要らない、純粋に自分が発する声だけ。
強く渦巻くこの感情が矛盾に満ち溢れていたとしても。
それが愚かだとさえ僕自身が分かっていたとしても。
それでも――。
「⋯⋯黒蹄」
そのたった一言で世界に激震が走る。
轟音が鳴り響き、大地は揺れ草々が宙に舞う。
盛大に巻き上がった土埃が視界を霞ませる。
土埃が収まった後に見えたのは、先程まで草原だったもの。
土は捲れ上がり、草は千切れて消し飛び、大地が陥没している。
それも僕らの立つ丘、その周囲に広がっていた草原全てが荒土と化していた。
「黒の呪力⋯⋯悪くないね。それにしても、全てを守る為に全てを壊す――いや、初期化というべきかな」
「こんなの⋯⋯」
「今の君は素養があるようだね。才能としても申し分ない。やはり、君なら」
そこから先の霞の声が聞こえなくなる。
代わりに視界一面が赤に染まる。
彼方で果てしなく広がる森。
その森全てが巨大な爆発音と共に一瞬で燃え上がったからだ。
何の前触れも無く起こった突然の事に思わず体が硬直する。
けれども次の瞬間には炎が生んだ熱波が丘の上まで吹き上がり、皮膚を焼き焦がすような痛みに無理矢理目の前の出来事を認識させられる。
「⋯⋯あの売女」
不快感を顕に怒りの形相で霞が吐き捨てた言葉。
ちらりと見たその横顔、その目には怖気を震う程の――。
「ごめん、今のは忘れて欲しいかな」
「⋯⋯うん」
「少し予定が変わってしまったね。名残惜しいけれど悠月くんの呪力は形を成したから、後は自然と理解出来るようになる筈だよ。だから、そろそろお開きにしようか」
霞がそう言うと開いていたパラソル、テーブルや椅子が忽然と消える。
霞が空を見上げれば太陽が異常な早さで傾いて行き、夕暮れを過ぎて夜へと変わる。
太陽の消えた夜の空に月は浮かばず、星々も姿を現さない。
木々を燃やし続ける業火だけが、世界を照らしている。
「この扉を潜れば君の世界に帰れる」
そういって霞が出現させたのは白の扉。
僕が此処へ来る時に潜った、黒の扉と並んであった扉と同じ物。
「これを持って行くといい」
「これは⋯⋯?」
「君の刀さ。この子はずっと君を待っていたみたいでね」
手渡されたのは赤と橙を基調とした鮮やかで美しい、紅葉のような華やかささえ感じる鞘に収められた一本の刀。
ずっと僕を待っていたというのは、一体どういう――。
「さあ、早く帰った方が良い。帰り道を見失う前に」
霞の後ろに見える炎が勢いと高さを増している。
空まで届かんばかりの火柱は僕らを閉じ込めようとする牢のよう。
「どうすればまた此処に来れる?」
「暫くは来なくていいよ。ボクも少しやる事が出来たからね」
「でも、それだと⋯⋯」
「今の君は人だ、まずは人の世を生き抜いてごらんよ。言うほど簡単じゃないからね。これから始まる堰を切ったかのような激流を泳ぎ切る頃には大人になっているだろうから。そうしたらまた会いにおいで」
いよいよ時間が無くなって来たのか。
扉が開き、そこに強引に投げ込まれる。
「霞!!」
「人の世を送る君に一つだけ。君の国の王女には近付くな。あの王女は⋯⋯【死の苗床】だから」




