第44話 誘いの茶会
「大人達はそれぞれの覚悟を持って行く末を見据えた。ぼちぼちボク達も始めるとしようか⋯⋯悠月くん」
開いたパラソルの下に置かれた椅子。
テーブルを挟んで対峙するのは魅惑的な笑みを浮かべる霞。
穏やかな昼下がりに何処か眠気を催してしまいそうな世界。
吹く風は仄かに暖かく、優しく頬を擽るように吹き過ぎていく。
小高い丘の上から見えるのは彼方に広がる深い森と、吹く風にさわさわと音を立てながら銀色に輝く草原。
真っ青な空には真っ白な雲が浮かび、降り注ぐ日差しが心地良い。
なぜ僕がこんな所に居るのか――。
覚えている事と言えば目の前に現れた黒と白の扉。
見た事の無い文様が彫られたその扉から感じた、不思議な雰囲気。
特に黒の扉からは特別な相手に感じるような、思い焦がれるような感情を強く感じた。
黒の扉を開けたいと強く惹かれながらも、僕が開けたのは白の扉。
そして、開けた先が此処に繋がっていたわけで。
小雪を迎えに凪様の屋敷を訪ね、そこで施された何らかの術式。
それが関係しているのだろうか。
「ボク程の美少女を前にして他の女の事を考えるなんて、失礼だと思わないのかい?」
日陰に入っても尚輝く長く伸ばされた白髪と、闇を纏った宝石のような双眸。
その身に纏う黒のドレスは成熟した女の体を喧しい程に主張している。
美少女とは呼べなくても、間違いなく美女ではある霞。
かつて海の上で出会い、そして死の淵に瀕した尾張でその声を聞いた。
彼女は一体何者なのか。
その正体は、一体――。
「君はこの世界の成り立ちを知っているかい?」
「え?」
「知りたいんだろう?ボクの正体を」
この世界の成り立ち、それが霞の正体とどんな関係があるのか。
現実とは明らかに異なるこんな世界の住人である以上、尋常の存在では無いのだろう。
800年前――。
神の争う洲、【神洲】と呼ばれていた当時の列島。
そこに居たのは人智を超えし偉大な三王。
北の霊王・南の魔王・中央の呪王と呼ばれる三王は何百年と覇を競い合い、その結果世界に蔓延ったのは混迷と疲弊。
いつまでこの暗闇が続くのだろうかと世界が悲嘆に暮れたある日。
呪王と呼ばれた女性、彼女が禁忌に手を染める。
彼女は呪われた力で長年争い続けた霊王と魔王を殺害。
霊王と魔王の勢力は駆逐され、打たれた終止符に世界は熱狂した。
世界は呪王の元で、平穏を取り戻す筈だった。
けれども、その時既に⋯⋯彼女は壊れていた。
抗う事すら敵わない程の力の塊。
世界が知らされた、終わりの始まり。
壊れた彼女に言葉は通じず、撒き散らされるのは途方も無い殺意と衝動だけ。
どんなに隠れても、どんなに遠くへ逃れても、彼女の前では何の意味も無い。
彼女は視界に映る物全て⋯⋯人を殺し、動物を殺し、虫を殺し、木を殺し、草を殺し、殺し、殺し、殺し、殺し、殺し――。
息をするように成した殺戮の果てで、彼女だけが世界に残った。
そうして次に彼女の視界に映った物、それは世界そのもの。
何千何万という命を奪って尚収まる事の無い殺意と衝動は、ついに世界そのものの首に手を掛ける。
山を抉り、海を穢し、空を破り、風を塞き止め、大地を飲み込もうと壊れた彼女は力を振るい続け――。
やがて、彼女は忽然と姿を消す。
その力に飲まれて消滅した、殺戮に飽きて世界を超えたなど理由は様々だが、とにかく呪王が存在して姿を消した。
そうしてようやく、世界は平穏と在るべき形を取り戻した。
これが今に伝わる世界の成り立ちと、その歴史。
この何処かに霞の正体へ繋がる物が隠されているという事だろうか。
「⋯⋯真実とは深淵に潜む一粒の宝石と同じだね。実際に見た者のみが真実を知り、その他大勢は聞いて知った気になる。そして、その他大勢が作り上げた物こそが史実であり、それを前に真実を知る者は閉口する。史実とは後世の人間が都合良く改竄するもので真実には程遠いとしても、それは仕方が無い事なのだろうね」
「?どういう⋯⋯」
「呪王と呼ばれた彼女はとても美しかったそうだ。闇を纏った宝石のように輝く瞳。長く長く伸ばされた美しくも珍しい白髪。この世の物とは思えない美しさを前に、人々は彼女をこう称えた。天女の如き絶世の美女⋯⋯とね」
嘘か本当か分からないが、霞が並べた呪王の外見的特徴。
それは霞の外見的特徴と酷似している。
「ちなみに呪王は呼称で、ちゃんとした名前は別あったそうだ。君は彼女の名前を知っているかい?」
呪王の名前⋯⋯。
聞いた事も無ければ、知ろうと思った事も無い。
呪王は今に伝わる歴史で言えば圧倒的な悪役。
月にも届く程に積み上げられた屍の上で楽しげに笑ったとされ、800年が経った今でも忌み嫌われる存在。
そんな存在の名前を知ろうとする方が異常。
知らなくて当然のその名前を質問してきた霞に、嫌な予感を覚える。
「彼女の⋯⋯いや、ボクの名前は天宮霞という」
「天宮⋯⋯霞」
「呪王が招く、茶会へようこそ」




