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月花の君 ~月明かりに、君を待つ~  作者: suimya
第1章 月浮かぶ静寂に、始まりを告げる
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第4話 境遇 - 2



「「「遅くなりました!!」」」



 僕らが部屋に駆け込むと、そこには既に氏雅(うじまさ)様が座っている。

 氏雅様は雅楽(うた)の父で、四大宮家の一つである西ノ宮家の御当主様だ。



 30代半ばくらいですらりと背が高く、研究者・学者としてとても高名。

 服装も眼鏡と白衣がとても似合う、憧れを抱かせるような大人な男性。



 頭脳明晰で高い教養を持ち、玄悠様の懐刀としてこの国の行政を取り締まる宰相様。

 ちなみに宰相職は文官の頂点であり、臣籍にある者としては最高位の役職の一つだ。



 そして、既婚者でありながらその静かな佇まいと柔和な微笑みで、宮中の女官からの人気も絶大とのこと。



 だが、僕たちは知っている。

 ⋯⋯氏雅様は、怒るととても怖いことを。



「な、なぁ。これってヤバい⋯⋯よな?」


「う、うん。たぶんね」



 ひそひそ声で聞いてきた颯に対して、僕も同意を示す。

 一見すると氏雅様は座って静かに読書をしているだけなのだが、僕らは知っている。



 氏雅が微動だにせず書物に向かっている時というのは、決して良い状況とは言えない。

 静かすぎる時ほど、氏雅様は怖いのだ。



「お、お父様?」


「⋯⋯雅楽。私が悠月殿達を呼んでくるように言ってから、どれくらい経ったかな?たしか、玄悠様の方が長引くことも考慮して、1時間ほど猶予を持たせたはずだったが」


「そ、それはですね。お父様の仰る通り、玄悠様と颯の手合わせが長引いていまして⋯⋯」


「そうかい。では、雅楽は忠実に勤めを果たしたということだね。まさか女官に遊んでもらった結果、楽しくなって止められなかった⋯⋯なんてことはないだろうね?」



 僕と颯は、一斉に雅楽の方を見る。

 雅楽が僕らと合流してから、ここに来るまで20分もかかっていない。

 見られた雅楽は目を逸らしながら、明後日の方向を向いて固まった。



「⋯⋯雅楽?」


「ご、ごめんなさい⋯⋯」


「⋯⋯嘘をつくのは良くないことだ。時には嘘をつかなければならないこともあるが、それは今じゃない。分かるね?」


「はい⋯⋯」


「分かれば宜しい。では、三人とも席に着きなさい」



 読んでいた書物から目を離して横に置くと、氏雅様はこれまた横に置いてあった分厚い教本を手にとって開く。



 僕らは慌てて自分の席に着き、既に机に置かれている教材に目を通す。

 ⋯⋯どうやら今日は地理と歴史の講義のようだ。



 どちらも政治・経済・軍事と、全てに関わってくる優先的に修めるべき学問。

 氏雅様の講義を聞きながら、僕はふとある夢を思い出していた。



 この世のものとは思えない、不可思議な白い部屋。

 そこには僕と、深紅の瞳をした女性が一人。



 彼女は何も言わず、それでいて僕を包み込むかのように優しく触れてくれる。

 その深紅の瞳は悲しげであり、何か問いかけようと思っても、そこでは声が出ない。



 そして、物悲しそうな表情を浮かべる彼女を何とか慰めようとして⋯⋯いつもそこで目覚めるのだ。

 目覚めた後は後味の悪い、どうにも気分が落ち込む朝が待っている。



 夢の中の彼女の容貌や容姿、そして泣き腫らしたかのような深紅の瞳。

 思い返してみても、知り合いにそんな特徴を持った人はおらず、彼女は一体誰なのか⋯⋯



「で、あるからして――」



 夢のことを考えていると、突然目の前に白い腕が伸びてくる。

 それは白衣を纏った氏雅様の腕であり、その事実を認識した瞬間、心が凍りつく。



 不味い⋯⋯その感情だけが体内で反響を繰り返し、怒られるという恐怖に体が縮こまる。

 氏雅は不勉強である者に対して非常に厳しく、それは人質である僕に対しても変わらない。



 俯きがちに目の前の机を見ていると、氏雅様は机の上に置かれた教材をぱらぱらと捲り、僕の頭に軽く触れる程度の拳骨を落として離れていく。

 てっきり説教されるものだと思っていたが、この程度で済んで良かった。



「何やってんだよ」



 ほっとしていると、隣に座る颯が話しかけてくる。

 その表情はにやにやしており、明らかに気が抜けていた僕を笑っている。



 いつも氏雅様に怒られている颯に笑われたことに苛立ちを覚え、何か言い返そうとした瞬間――。



「いってぇぇぇ!?」



 ゴンッ、という鈍い音が室内に響く。

 颯が頭を押さえて悶絶し、その前には握り拳を作った氏雅様。



「悠月殿にちょっかいを出す暇があるのなら、自分の教材を見ることです」



 よくよく見れば、颯の教材も氏雅様が講義している内容とは違う頁が開かれている。

 しかも、ご丁寧に落書きをするというお約束付きだ。



 巻き込まれないよう、恨めしげに見てくる颯から視線を切り、自分の教材へと集中する。

 いまは⋯⋯まだ地理の講義か。



 この世界、僕らが暮らしているのは四方を海に囲まれた列島。

 島々から成る列島は南北に長く、北から順番に北海道・東北・関東・北陸・中部・東海・近畿・中国・四国・九州と10の地域に分割されている。



 いつ頃からそういった呼称が為されてきたのかは分からないが、便利という理由で使われ続けている呼称。

 一説では子供の頃に良く聞かされるお伽噺のように、違う世界から伝来した呼称だとも言われている。



 けれど、本当のところは分からないというのが正解だろう。

 何より各国がその呼称を承認し、共通の認識として使っているのだから、今さら異論を差し挟む余地もない。



 10の地域に区分された、南北に長い列島内。

 そこには現在、5つの国が(ひし)めいている。



 まず、いま僕がいる中京国(ちゅうきょうこく)が、列島中心部の要衝を占める形で発展している。

 中京国は非常に広大な国土を持ち、東西を往来するのには必ず中京国を経由しなければならない。



 結果、中京国には黙っていても金が落ち、その国土と国力は桁外れ。

 中京国の国威は、今も昔の他国を圧倒し続けている。



 そんな中京国を東西で挟むように西側に西京国(せいきょうこく)が、東側に僕の生国である大京国(だいきょうこく)が国土を展開している。



 中京国・西京国・大京国は元々は一つの国であったのが無数に分裂し、動乱の時代を経て最終的に生き残った国々らしい。



 西京国の更に西側に偉誉国(いよこく)が存在していて、大京国の北側には華国(かこく)が勢力を保っている。



 余談ではあるが僕の生国が争っている華国は中京国と並ぶ超大国であり、中京国と正面切ってやり合えるのは華国くらいだろう。



華国⋯⋯北海道·東北·北陸の一部

大京国⋯⋯関東·中部·東海地方

中京国⋯⋯北陸の大半·中部の一部·近畿·東中国·東四国地方

西京国⋯⋯西中国·西四国地方

偉誉国⋯⋯九州地方



 更に細かく47の地域に分割すると、各国の勢力圏がより鮮明になるが、ざっくりであればこんな感じだ。

 ここ50年程は穏やかな時代が続いているそうだが、それでも中規模程度の戦争は頻繁に起こっている。



 こうして鳥籠の中で勉学に励んでいる間にも、大京国と華国は福島の領有権を巡って熾烈な戦争を繰り広げているのだ。

 どんなに平和と言っても、この世界から戦争が無くなる事はないのだろう。



「では⋯⋯悠月殿。約800年前、この列島が何と呼ばれていたかご存じかな?」



 ⋯⋯しまった!?

 またしても講義から意識が逸れているうちに、いつの間にか地理から歴史に移ったようだ。

 教材の頁は地理のままだが大丈夫、これは知っている。



「はっ、はい。約800年前、列島は神洲(かみくに)と呼ばれていました」


「その由来は?」


「北の霊王、南の魔王、そして、中央の呪王。人智を超えし偉大なる三王が覇を争う島。そこは神の争う(くに)


「正解です。一冊の文献に記された名前。それが、神洲(かみくに)の呼称になりました」



 ふー、危なかった。神洲、神の洲。

 神話ではあるが、それは実在していたことが証明されている時代でもある。



「禁忌の存在とされる呪王。彼女は、中京国・大京国・西京国の国土を合わせた広大な土地を奄有し、暴虐の限りを尽くしていたと文献にあります。同じ文献には呪王の本拠地も記されており、彼女が暮らした場所こそ今の王都・臨祠です。そして――」


「氏雅様、宜しいでしょうか?」


「⋯⋯その声は、あやめ君かな?入りたまえ」


「はっ。失礼します」



 そう言うと、部屋に一人の少女が入ってくる。

 彼女の名前は、伏黒(ふしぐろ)あやめさん。

 少女といっても僕らよりも年上で、今は確か16歳だったはず。



 その年齢にして、宰相である氏雅様に直接仕える英才。

 雅楽や颯といった、この国の少年少女が憧れる存在だ。



「北ノ宮将軍がまもなく王都に帰還されるとのことです」


「そうですか。戦地から文はもらっていましたが、竜臣殿もお戻りになるということは、2年に渡る外征も一段落ですね。それで、玄悠様は?」


「既に準備をなさっておられます」


「分かりました。本日の講義はここまでとします。雅楽と颯は、あやめ君に付いて魔法と霊術の訓練を。悠月殿は、私と参りましょう」


「親父が帰ってくるんですか!?」


「はい。ですが、まだ職務中ですので会えるわけではありません。玄悠様に復命した後、お会いになればよろしい」


「⋯⋯はい」



 氏雅様の言葉に颯がしょんぼりしている。

 2年振りに父親が帰ってきたのに、すぐに会えないのは少し可哀想だ。



 会えなくなってから後悔しても、もう遅い。

 会えるのであれば、会えるうちに少しでも長く、そして多く会っておくべきだ。



「それでは悠月殿、参りましょう」


「は、はい!」



 そんなことを思っていると、いつの間にか氏雅様は廊下に出ていて、さっさと歩いていってしまう。

 なぜ他国の人間である僕だけ?という疑問はあったが、完全に聞きそびれた。



「颯、雅楽。また後で!!」



 仕方がないので僕は大急ぎで荷物をまとめ、慌てて氏雅様の後を追いかけるのだった。









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