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月花の君 ~月明かりに、君を待つ~  作者: suimya
第2章 嘘つきの夜が、来るまでに
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第39話 姉妹弟子



「⋯⋯で、喧嘩して飛び出してきちゃったわけ?」



 行儀悪く不貞寝している妹弟子にお茶を出しながら、思わず苦笑いが零れる。

 まったく、この子は⋯⋯。



 2年ぶりに会ったと思ったら、何も変わっていない。

 外見こそ大人びてきたものの、中身は相変わらず子供のまま。



 今だって姉弟子の私がお茶を出しているにも関わらず、起き上がろうともしない。

 礼儀云々を指摘するつもりはさらさら無いけれど、これでは話が進まない。



「ほーら、いつまでも寝てないの」


「だってぇ⋯⋯」


「いいから、お茶でも飲んで落ち着きなさい。話はそれからしましょう?」


「ありがとう⋯⋯凪姉さん」


「どういたしまして、小雪ちゃん」



 凪姉さん⋯⋯懐かしい呼び方。

 天真爛漫で人懐っこく笑顔が可愛い妹弟子は、昔から沢山の人に可愛がられていた。



 袖下家中で彼女の周囲に居た人間は皆優しく、そして残酷だった。

 人は大切な物ほど傷付かないよう大事に大事に⋯⋯一方的な愛情という鎖で縛って、束縛や制約という枷を付けたがる。



 大切であればこそ時として手を離し、放り出して自由にさせる事も必要だというのに。

 光雪殿から相談を持ち掛けられ、然り気無く師匠の元へ弟子入りさせたわけだけど――



 沢山の愛情を受けて育ち、濃密な愛情を体内に宿した事による弊害。

 成長しても尚、妹弟子の欠点は治っていない。



 そんな彼女が全てを差し出す程の⋯⋯溺れる程に濃密な愛情を向けた存在に、その手を振り解かれたらどうなるか。

 その答えが意気消沈した今の姿だった。



「⋯⋯で?何で悠月くんを怒らせちゃったの?」


「怒らせたというか、坊っちゃんの言い方が、その⋯⋯」


「八つ当たりされたって事?」


「小雪はただ心配しただけなのに、しつこいって⋯⋯。普通、そんな事言わないですよね!?」



 ⋯⋯なるほど。

 何となく分かってきた。



「うーん、そうねぇ。あまり触れて欲しくなかったとか?」


「だからって、しつこいって!」


「あのね。触れて欲しくない事を触れられたら、そりゃ嫌な気分になるわよ」



 悠月くんが目覚めたという謎の力。

 神官の家系にある者としては興味深く、まさか――という思いもあれど、今は妹弟子を宥める方が先。



 今回の一件、悠月くんが全面的に悪いとは言えず、妹弟子にも問題があったように思う。

 急に変化が起これば一番不安なのは当の本人。



 不安な中、周囲に心配をかけないよう気を遣っていたのだろう。

 そこに土足で踏み込まれた挙げ句踏み荒らされたら、きっと心穏やかではいられない。



 濃密で溢れんばかりの愛情を持つ故に、時たま相手の不可侵領域にまで踏み込んでしまう。

 今回は、そんな妹弟子の悪い所が出てしまった⋯⋯といったところか。



 けれど、その問題点に気付いていない妹弟子に正論をぶつけても、余計に話が拗れるだけ。

 この駄々っ子状態の妹弟子に、どう言い含めて納得させるか――。



「2年ですよ、2年!!2年も一つ屋根の下で一緒に頑張ってきたのに。それが国に帰ってきたら急にですよ!!」



 あぁ⋯⋯果てしなく面倒くさい。

 そんな考えが一瞬脳裏を過るも、慌てて打ち消す。



 自分の若い頃を思い返してみても、これ位の年頃というのは情緒不安定で、ちょっとの事で一喜一憂してしまう。

 それが好意を寄せていた相手からであれば大袈裟な表現では無く、本当に世界の終わりくらいに思えても不思議では無い。



 すっかり温くなったお茶に口を付け、思考を整理して話の順番を組み立てる。

 まずは完全に不貞腐れている妹弟子の心、それをこちらに向けないと。



「結婚⋯⋯なんてのはどう?」



 結婚――。

 その二文字は、女性にとっては決して軽くない。



 案の定、口先を尖らせながら湯呑の縁を指でぐるぐるしていた妹弟子の表情が変わる。

 劇薬ではあるけれど、まずは第一段階成功といったところか。



「悠月くんにとって小雪ちゃんはもう要らないんでしょう?なら、結婚しちゃいなさいよ」


「で、でも⋯⋯」


「悪くないわよ?子供が出来て、一生懸命に愛情を注いで。小雪ちゃんだって良い年頃だし、相手は幾らでも見つかるわ。何なら私が探してあげましょうか!」


「えっと、そうじゃなくて⋯⋯」


「大丈夫!小雪ちゃんは袖下家の人間ですもの。王女様を迎える程の家の子なら、引く手数多よ!!」


「凪姉さん!!」



 良い具合に反応してくれている事に内心にんまりする。

 けれども表情は崩さず、いたって真面目な顔で取り乱す妹弟子を眺める。



 真面目な顔で話すからこそ、この素直で可愛い妹弟子は一人でどんどん慌ててくれる。

 こちらが何を考えているかも知らないままに。



「何かあるの?国だって小雪ちゃんみたいな才能ある子には、そうね⋯⋯5、いえ6人は子供を産んで欲しいわ」


「だって⋯⋯」


「大変な事も多いけど小雪ちゃんなら大丈夫。きっと立派なお母さんになれるわよ」


「⋯⋯」


「それとも、好きな人でもいるの?」


「⋯⋯⋯⋯坊っちゃん以外、考えられません」



 苦悩、照れ⋯⋯攻め方を変える必要は無さそうね。

 すぐに表情に出す妹弟子は、見ていてとても可愛らしい。



 2年振りで転がり込んできた時は、どうしたものかと頭を抱えたものだけれど。

 解決への道筋は見え、後はもう一押し二押しといったところ。



「悠月くんの事が大事?」


「⋯⋯はい」


「悠月くんの事が好き?」


「⋯⋯⋯⋯はい」


「悠月くんと夫婦になりたい?」


「そぉですよ!ダメですか!?」


「いいえ?でも、悠月くんは11歳で小雪ちゃんは16歳。年の差がある事は忘れちゃ駄目よ」



 成人年齢は男女共に12歳。

 そのため男性側が伴侶を選ぶ場合は大体が同い年、もしくは年上の女性になる。



 成人していても12歳で子供を産むには母体が未成熟過ぎるため余裕がある家は同い年を、早く子供が欲しい家は年上の伴侶を跡取りに宛がうのだ。

 この世界で年下を娶るのは婚期を逃した男性か、死別したり年を重ねて側室を持つ場合くらい。



 そういった意味では妹弟子が悠月くんと結ばれるのに何ら問題は無い。

 とはいえ、これから悠月くんの周りには魅力的な同年代異性が数多く現れる筈。



 その時に悠月くん⋯⋯ひいては先生が妹弟子を選ぶとは限らない。

 妹弟子が悠月くんを射止めたいのならば常に離れず、その心を掴んでおくしか無い。



「今晩は泊めてあげるから。悠月くんへの気持ちが分かったのなら、明日には帰りなさいね」



 弱々しく頷く妹弟子を見て本当に帰って仲直り出来るのか、少し心配になる。

 変なところで弱気になるのは一体誰に似たのやら⋯⋯。



「それと、仲直りしたら悠月くんといらっしゃい。先生は東海地方で、天宮家から悠月くんの帰着報告は受けてないわよ?」



 途中まで乗りかかった舟だ。

 同乗するのは可愛い妹弟子で、ここはもう少し援護射撃しておこう。



「それなら、いま小雪から⋯⋯」


「理由は何でもいいの!悠月くんが心配なんでしょう?だったら、それとなく連れて来なさい」


「⋯⋯⋯⋯⋯⋯いいの!?」


「その代わり、ちゃんと仲直りする事!」


「ありがとう!凪姉さん、大好き!!」



 一瞬危なかったものの、言外の意味は伝わったよう。

 はしゃいで抱き付いてくる妹弟子を受け止める。



 これだけ表情や感情がころころと入れ替わるのは、きっと安心して心の内を曝す事が出来る私と居る時だけ。

 ならば、ここは水を差すような事は言わず、姉弟子として受け入れてあげよう。



 予期せぬ形で始まった妹弟子との再会。

 それを横目に見ながら、静かに夜は更ける。






 



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