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月花の君 ~月明かりに、君を待つ~  作者: suimya
第2章 嘘つきの夜が、来るまでに
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第38話 小雪の怒り



 弾丸のような速さ――。

 軽い準備運動の後、開始と同時に小雪が見えなくなる。



 これは修練であって実戦じゃない。

 であれば即終了では何の意味も無く、小雪が使っているのは自ら編み出した特別な術では無い、何の変哲も無い空蝉。



 にも関わらず、全く目で追う事が出来ない程の速さ。

 あやめ様ですら比較対象にならないくらい速く、これが【空】の属性を持ち、圧縮・拡張を司る小雪の本領。



 それでも、距離が詰まってくれば空気の動きや物音で、凡その位置は特定出来る。

 前後左右、四方から迫り来るのは木刀が空気を切り裂く無数の音。



 礫のような重さの斬撃が、霰のように降り注ぐ。

 それらを往なし、躱し、受け止め、そして――



「止まれ!」



 その一言で捌き切れなかった斬撃は止まり、小雪の木刀がぴたりと静止する。

 それは、尾張で死線を掻い潜った際に突如として発現した力。



 その正体も、どういった理屈で現象が起こるのかも謎。

 それでも、この場においては間違いなく有効打。



 小雪の木刀は未だ空中で止まっている。

 拘束を解こうと小雪が力を加えている事で僅かに震えているものの、その拘束が解ける気配は無い。



 攻勢に転じるのであれば、正に今だろう。

 そう思った途端、急に体が重くなり、視界が低くなる。



「ぐっ、ぅ⋯⋯」



 力を込めて踏ん張ってみても、どんどん上体が地面へと吸い寄せられていく。

 反転攻勢どころか木刀を地面に突き立て、それを支えにして立っているのがやっとの状態。



 木刀の拘束が外せないと見極めた小雪は、躊躇う事無く次の手に打って出たのだ。

 それが【空】の他に小雪に与えられたもう一つの特殊属性⋯⋯【地】の属性による重力陣の展開。



 一度これに捕まると、まともに身動きが取れなくなる。

 それどころか小雪の霊力によって強力な力場が発生し、あらゆる攻め手が潰される。



 僕の霊力で生み出した水も先程から地面の上で、うねうねとのたうち回っている始末。

 尾張で発現した謎の力では重力陣は止められない。



「どうですかっ!」


「⋯⋯ふっ、ぅうん!!」



 勝ち誇ったような小雪の顔。

 悔しいから目一杯力を込めてみるけれど、生まれたての子鹿状態からは抜け出せず⋯⋯。



「⋯⋯参りました」



 降参すると同時に重力陣が解かれ、体が軽くなる。

 もしこんなのを実戦で食らったらどうなるのか。



 修練用に威力を調整していた筈で、もしこれが本気だった場合には――

 そこまで考えて思わず身震いしそうになる。



「ふっふ〜ん、また勝っちゃいました!」



 上機嫌の小雪。

 僕相手に勝ってそんなに嬉しいのかと思えば、顔を覗かせるのは僅かながらも苛立つ気持ち。



 それが表に出ないよう慎重に追い散らし、修練の内容を振り返る。

 小雪の重力陣は目に見えない上に予備動作無しで構築されるため、これに捕まるのはいつもの事。



 問題なのは、それが例の力では防げない事だ。

 尾張で魔法による火炎弾を防いだ事から、霊術でも魔法でも、例の力で防げる事は実証されている。



 であれば小雪の重力陣も霊術に属するため、本来ならば防げる筈。

 にも関わらず、防げない理由は何なのか。



 前者は明確な形として存在している一方、後者である重力陣は範囲こそ見えているものの、その力の作用は目に見えない。

 見えない物は防げない⋯⋯でも、それだと――



「坊っちゃんのその力、調べてみませんか?」


「調べる?」


「凪姉さんに調べてもらえば何か分かるかもですよ」



 白峰家は神官の家系で霊術や魔法に造詣が深い。

 凪様であれば、たしかに――。



「⋯⋯もう少し自分で調べてみるよ」


「でも、何があるか⋯⋯」


「使っていく内に分かる事もあるだろうし。半月経って何も無いから大丈夫じゃないかな」



 別に凪様の事は嫌いでも苦手でも無い。

 寧ろ優しく凛としていながら、文武両道の佇まいには尊敬の念さえ覚える。



 けれど、この件を凪様に調べてもらうのは少し抵抗がある。

 自分が理解出来ない事は他人に説明するのは難しく、また知るのが少し怖いという感情もあるし。



 小雪が心配して言ってくれている事、それは分かっている。

 それでも、どんなに言い募られたとしても、今すぐ行って調べてもらう気にはなれない。



「⋯⋯しつこいな」



 ⋯⋯⋯⋯待て、今、何て言った?

 無意識に口から溢れた言葉に意識が追い付くと同時に、顔から血の気が引くのを感じる。



 不味い、これは非常に不味い。

 心配してくれている相手に、その言い草は無いだろう。



 ましてや、小雪はなるべく怒らせたくない相手。

 戦々恐々、おそるおそる小雪の顔色を窺えば――



「もうっ、小雪は心配して言ってるんですからね!ちゃんと聞いてください!」



 聞こえてなかった⋯⋯のか?

 小雪からは怒っている気配は感じられない。



 いつも通りの小雪で、さっきまでと何ら変わらない。

 その事実を確認し、安堵の息を吐く。



「そうそう!」


「ん?」


「今日は小雪、凪姉さんの所に泊まりますね。戻りませんので、坊っちゃんはどうぞご自由に!!!!」



 気を緩めていたせいで何を言われたのか、ちょっと理解が出来ない。

 泊まりなら戻らないのは普通としても、最後の言葉は⋯⋯え?



 遠ざかっていく小雪の後ろ姿、その歩く様に怒りが滲んでいる事を認めて、ようやく理解した。

 さっきの一言⋯⋯あれは小雪に聞こえていた。



 怒っていなかった訳じゃない。

 小雪は⋯⋯静かに怒っていたのだ。 



 



 





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