第37話 東方の大国、その王都は蒼を纏う
あれから半月――
尾張襲撃に端を発した戦火は、瞬く間に東海地方全域へと飛び火した。
燃え盛る戦火は真っ先に浜松の城邑を焼き焦がした。
陥落した浜松は東海地方にあっては尾張に次ぐ規模を誇り、尾張からは目と鼻の先にある。
浜松陥落の報はすぐさま尾張へと届き、同時に浜松から尾張へ向けて動き出した軍勢の詳細も齎された。
その数、約8千――
報に接した尾張庁舎内は至って静かで、錯乱して叫ぶ者も居なければ怒号を上げる者も居ない。
その場に居た全員が分かっていたのだ。
尾張城邑の規模は大きく、仮に10万近い軍勢に包囲されても数カ月は持ち堪えられるほど。
守城戦の場合、守る側は攻める側の⅓の兵力があれば良い。
浜松から向かってくるのが8千弱であれば、こちら側の守兵は3千で事足りる。
あの時の尾張にはその程度の守兵はいて、10万規模の軍勢にも耐え切れる城からすれば、8千程度は物の数に入らない。
けれど、尾張は稀に見る大城。
机上で弾いた算盤では足りても、3千程度では実際の守りは穴だらけになる。
籠城は最初から選択肢に無い。
野戦をするには兵力で劣る上、襲撃直後で士気は低く、指揮系統も乱れたまま。
――尾張は一度、棄てるしか無い。
その共通認識があったからこそ、あの時の庁舎内は静かだったのだ。
希望的観測を述べる者は居らず、動ける者だけを連れてお祖父様は速やかに岐阜北限へ。
そこでは大都督が2万を率いて中京軍に備えている。
一方、手傷を負った僕と消耗の激しい小雪は戦列から離脱。
お祖父様の側近衆に守られながら蒼纏へ帰還した。
――大京国王都・蒼纏。
東方の空は蒼く深く、この地に住む人達は蒼を纏った城邑として、王都に蒼纏の名を付けた。
蒼纏は国家の心臓部であり、全ての情報は蒼纏を中心に血流の如く国内を駆け巡る。
腐っても東方の大国とまで呼ばれた大京国の王都。
そこでは今、凪様が全ての政治を取り仕切っている。
正卿である伯雷様は華国との戦後交渉で未だ福島北限に居て、次卿であるお祖父様は東海地方での戦線を構築している最中。
揺れる国情にあって正卿と次卿が現場での対応に追われている。
大きくうねりを上げ始めた情勢の中、国家の大略を描ける人物は凪様だけだ。
第3位の卿にして、上卿最後の1人である凪様。
大京国政府は凪様の元、東海地方の一件を内乱と断定した。
尾張と浜松が陥落した後も戦火は拡大を続けており、東海地方の諸城は続々と陥落している。
華国との戦争に多くの兵が動員され手薄な国内にあって、反乱軍は破竹の勢いで勢力を拡大していると言っていい。
昼前に小雪が持ってきた資料によれば、東海地方には元々火種が燻っていたと考えられる。
東海地方一帯は40年程前に大京国と中京国が連携し、当時強国の一角を占めていた国を攻め滅ぼして手に入れた土地。
40年程度で風化する程、人の恨みというのは甘く無いらしい。
大京国が時間と資金を惜しまず投入した事で、東海地方は劇的に発展した。
それでも、国を滅ぼされた恨みは無くならなかった。
大京国により齎された豊かさと平穏を享受しながら、東海地方の人々は恨みの刃を研いでいた事になる。
⋯⋯いつからだろうか。
小雪が持ってきた資料を閉じながら、そんな事を考える。
いつからこの国は、こうなってしまったのか。
東方の大国とまで謳われたこの国は、いつから――
最盛期には中京国や華国と存分に渡り合い、国力を大きく伸ばした。
それが今では中京国に気を遣い、国力のほとんどを傾倒しても華国相手に戦うのがやっと。
華国相手に雪辱を晴らし、ようやく道筋が見えたと思いきや内乱が起こる。
かつての栄華へ立ち戻る芽は潰され、国情は一向に安定する気配を見せない。
その根本的な原因は何処にあるのか。
きっとその問いかけに、多くの人間は4年前の戦争を持ち出すのだろう。
大京国始まって以来と言われる、歴史的大敗。
多くの人材と兵を失った、忌むべき悪夢。
半月前、お祖父様はその詳細を知らなくて良いと言った。
けれど、僕だっていつかは知らなければならない。
この国が、どうしてこうなったのか。
この国が向かうべき先は、どこなのか――。
「⋯⋯つん」
そんな事を考えていると、不意に頬を突つかれる。
机に向かっていた視線を突かれた頬の先へ向ければ、そこではいつの間にか小雪が僕を見ている。
「怖い顔してますよ?」
「ちょっと考え事してて⋯⋯」
「横に座っても気付かないなんて⋯⋯。せっかく2人きりなのに、寂しいです」
屋敷内には家臣や女中が居るため、厳密には僕ら以外にも人が存在する。
けれど僕らの居る離れには滅多に人は来ず、状況としては2人きりに近いか。
それにしても、まるで逢瀬を重ねる男女で交わされるような台詞。
小雪のような美少女にそう言われる事を、どう捉えればいいのか。
尾張での会話以来、僕だって何も考えていない訳じゃない。
まだ口には出さずとも、少しずつ自分の気持ちは固めつつあるのだ。
「小雪が来たって事は、そろそろ?」
「頼まれてたお遣いは終わりましたから。始めます?」
「そうだね」
昼食後に女中頭から遣いを頼まれて外出していた小雪。
お互いにそれぞれの事情で、この半月程まともに修練していない。
昼以降に久々修練する事になっていたわけで。
尾張で感じた力の正体を探る為にも、そろそろ始めるとしよう。




