第35話 あやめの願い
目の前で騒ぎ続ける雅楽と颯を尻目に、あやめは黙々と朝食を食べ進める。
朝から騒ぐ2人に疲れを覚えそうな事もあるが、今はそれに構っている場合では無い。
料理は最も美味しい状態で出される為、すぐに食べなければ勿体無い。
また宿側の献立作りに始まる調理法の検討、更には仕入れ等の努力に対しても申し訳ないだろう。
上司の子息令嬢だからこそ苛立つ気持ちを抑え、優しくしている。
けれども、朝食時ですら静かに出来ない子供に構うのには限界がある。
ご飯は粒が立ち、焼き魚は塩加減が絶妙。
腕が問われる煮浸しは美味しく、味噌汁が程良い濃さで体に染み渡る。
さすがは政府高官を相手にしているだけあって、一つ一つの料理だけでなく全体の調和においても申し分ない。
王宮内で出される料理も美味しいが、旅先で食べる物は日常とは違う楽しみがある。
あやめは一通り料理を堪能すると、その余韻を噛み締める。
そして暫くそのままの状態で過ごし、一度棚上げした問題に向き直る。
「お二人共、いつまで騒いでいるのですか。宿の方に失礼です」
そろそろ取っ組み合いの喧嘩に発展しそうな雅楽と颯。
あやめは口調こそ気を付けているものの、2人を見据える眼光は鋭い。
それは2人に戦い方を指導する時と同じ鋭さであり、有無を言わさない圧力を放っている。
部屋の入り口側に控える宿の従業員ですら思わず背筋が伸びきる圧力に、さすがの雅楽と颯も沈黙するしか無い。
ばつが悪そうに顔を見合わせ黙々と朝食を食べ出した2人を眺め、ようやく静かになったとあやめは一人満足する。
それと同時に何とも平和な事だと、誰にも気付かれないように小さな溜め息を漏らした。
雅楽と颯。正式には西ノ宮雅楽と北ノ宮颯。
2人自身はまだ何の力も持っていないが、西ノ宮・北ノ宮の両家は中京王室に連なる王族の家柄。
現当主である氏雅と竜臣は玄悠王からの信任が厚く、それぞれ文官・武官の頂点に立っている。
両家共に強大な権勢を誇る押しも押されもせぬ名門であり、国内にあって絶対的な地位を占めていると言っていい。
当然、その家の子息令嬢が受ける扱いというのは、何処に行っても下にも置かないもの。
家中にあっては蝶よ花よと育てられ、まさに苦労の苦の字も知らない育ちと言っていい。
もっとも、西ノ宮家も北ノ宮家も数十年前までは吹けば飛ぶような弱小王族だった。
王族の家柄としては奢侈に耽る事も少なく、非常に節制が効いている方だろう。
雅楽にしても颯にしても、貴族子弟特有の常軌を逸した言動は見られない。
そこらの子女と比べ、素行や教養等は厳しく躾けられている。
だが、所詮はそれだけだ。
何かに不自由する事も無ければ、窮屈な思いをする事も無い。
安全に安心して、毎日を気兼ねなく過ごせる。
2人にはそれだけのものが、生まれついて与えられている。
子供は親の庇護下で伸び伸び育つものと言われればそれまでだが、あやめとしてはそれが正しいとも言い難い。
悠月は、何を思って過ごしていたのだろうか。
母を亡くし、父を亡くし、祖母を亡くした。
8歳にして知る者のいない環境に身を置いた。
従者が一人いたとはいえ、心に抱えた傷が癒える暇も無く人質となった。
大人達の勝手な都合で不自由で窮屈な環境を強いられた2年間を、悠月はどのような思いで過ごしたのだろうか。
本来ならば、そのような憂き目に遭う立場には無い。
祖父である悠雲は玄悠王の唯一の弟であり、中京国にあっては王弟たる人物。
もしも悠雲が中京国内で家を興していれば、間違いなくその家格は臣籍にあっては最上位。
現国王の王弟が興した家なのだから当然の事だ。
西ノ宮家や北ノ宮家など歯牙にもかけない程の家格を備えた、その家の後継者として悠月は生を受けた事だろう。
もしかすると、雅楽と颯が悠月に仕える未来もあったかもしれない。
だが、現実はその未来から遥か遠くにある。
中京国内では王族だったとしても、大京国においては悠雲も悠月も外臣に過ぎない。
外臣とは他国から流れてきた者を指す言葉であり、古くからその国に仕える者達や王族からは蔑称として使われる。
外臣は決して顕貴な位に就く事は出来ない。
そして仮に才能が認められて顕貴な位に就く事が出来たとしても、外臣という烙印が消される事は無い。
悠雲自身は溢れ出る才覚で逆境を跳ね除け、権柄に手がかかる地位まで登り詰めている。
けれど外臣の家柄にあっては、それは一代限りの栄華。
本来ならば名門の後嗣として立ち振る舞えるはずの悠月が、それを手にする日は来ないだろう。
悠月は雅楽や颯と違って親の功績に頼る事は出来ず、自身の才覚で道を拓いていかなければならない。
その背に一族の命運という、途轍もない重荷を背負って――。
あやめは今でもはっきりと思い出す事が出来る。
悠月の絶望したような、何かを求めるような眼差しを。
雅楽や颯がするそれぞれの家族の話を聞く時、悠月はいつも穏やかな優しい顔で話を聞いていた。
そして時折、何かに耐えるような目をしていた。
きっとそれは、悠月の内へと向いた眼差しだったのだろう。
ひたすら己の衝動に、思いに、弱さに耐えていたのだろう。
あやめから見ても、悠月は同年代と比べて頭一つ抜きん出ている。
持っている才能は厚く、謙虚で努力を欠かす事が無い。
視野は広く、常に己の置かれた状況を適切に読み取ろうと懸命に努力している事が端から見ていてもよく分かる。
だからこそ、あやめは願わずにはいられない。
悠月は、これからも今まで同様に耐え続けるだろう。
悠月は自分が置かれている立場が分かりすぎてしまう。
だから過去に耐え、今に耐え、未来に耐える。
どんなに辛くとも、どんなに苦しくとも、その運命の重さから悠月が逃げ出す事は無い。
一族の命運を背負う悠月には、耐えて生きるという選択肢しか用意されていないのだ。
自分を圧し殺し、零れそうになる言葉を飲み込み、俯きそうな心に耐えなければならない。
そこに個人の我儘な感情が介在する余地は無い。
そして、哀しいかな悠月にはそれが出来る。
幼くして見ず知らずの大人に囲まれて育った悠月は、雅楽や颯が知る無償の愛情を知らない。
向けられる多くは打算や思惑を孕んだ何かであり、それらを掻い潜って今に至るのだ。
自暴自棄とは少し違うが、自分を大事にする心というものがあまりに希薄で、自己を犠牲にする事への忌避感が少ない。
冷静に状況を読み取れるだけの才能が、自己の利益と全体の利益を天秤に掛けた際、自己の利益を優先する事を許さないのだろう。
生きるという事は耐えるという事でもあるとはいえ、それでもあまりに残酷すぎる。
茨の道を進もうとする悠月をあやめは脳裡に描き、そして願う。
いつか、ぽっきりと折れてしまわないことを――。
密かに悠月に想いを寄せているであろう雅楽からすれば、裏切り行為に当たるだろうか。
それでも、あやめは願ってしまう。
共に生き、互いに支え合う小雪の存在。
彼女を通して、悠月が無償の愛情を知る日が来ることを――。
愛し、そして愛される。
そんな当たり前の事が、当たり前の事として受け入れられる日が来ればいい。
溢れんばかりの愛情を向けてくれる存在がいる事を、知ってほしい。
何の打算や思惑も無い、息が出来ずに溺れる程の純粋な愛情を知ってほしい。
あやめは、願う。
小雪の存在が、悠月にとって何を差し置いてでも必ず帰るべき場所となる事を――。
次回から第2章となります!
幕間最後は、あやめが見る悠月でした。
小雪と交友関係を築いているあやめ。
彼女は中京国高官でもあり、大人として物語に加わってきます。
あやめが悠月達にどう関わってくるのか。
それは第2章から徐々に明かされていく予定です!




