第31話 剣聖の系譜
「結局、剣聖の系譜って何なの?」
「さあ?」
割と真面目に聞いたのに、小雪からの返答は適当そのもの。
さっきの今という事で、上手く切り替えが出来ていないのか。
とはいえ、僕としては真剣に聞いているわけで。
小雪に悪気は無かったとしても、少しだけむっとしてしまう。
「じょ、冗談ですよ!ちゃんと話しますから!」
「⋯⋯それで?」
「静様と一番最初にお会いしたのは――」
下唇に指先を当てながら、小雪が喋り出す。
それは、剣聖の系譜の始まり。
小雪とお祖母様が一番最初に出会った場所、それは白峰邸だったそうだ。
小雪の実家である袖下家は、凪様の白峰家と繋がりが深い有力家。
家同士の繋がりが深く、両家の当主である小雪のお父上と凪様は昵懇の間柄。
小雪のお父上は紹介がてら、白峰家行きに娘である小雪を帯同させたのだろう。
一方、お祖母様はやはり凪様の師匠だった。
凪様が天宮家に来る事もあれば、お祖母様が白峰邸に行く事もあったそうだ。
当時、既にお祖母様は剣聖として、凪様は剣姫として名を馳せていた。
そして、小雪はそれに憧れを抱いていた。
始まりは偶然に近いものだったとしても、3人が親密な間柄になるのに時間はかからなかった。
そして、何度か白峰邸で凪様と共に稽古をつけてもらう内、今度は直接天宮家に通う日々が始まったとの事。
凪様が小雪を甚く気に入っていた事もあり、一番弟子の頼みとあればお祖母様だって嫌な顔はしない。
そうして小雪はめきめきと強くなり、やがてお祖母様や凪様同様、戦姫と呼ばれるようになる。
当時のお祖母様は50代で、凪様は20代。
最年少である小雪は10歳前と、綺麗に年代が分かれていた。
仲睦まじいその姿は、母娘や姉妹にも見えた事だろう。
一方で戦場にあっては3人共年齢関係無く、その名に恥じない強者っぷり。
受け継がれていく、才能に愛される才能。
気付いた時には、剣聖の系譜という言葉が独り歩きしていた。
「――という具合ですね。なので、もし坊っちゃんが小雪を粗末に扱うような事があれば、小雪はいつでも凪姉さんのお家に行きますからね!」
「そっか」
「何ですか、その反応はー!!」
剣聖の系譜。
それは独り歩きした呼称であり、何か特別な意味が秘められたわけでは無い。
けれども、その言葉の価値はそれ程安く無い。
天宮家・白峰家・袖下家⋯⋯それぞれの家の人間が、一つの呼称で括られる。
少し目端が利いて頭の回る人間であれば、その価値に気付くだろう。
それを流布した人間は狙ったのか、それとも――
「小雪が天宮家で働くようになったのって⋯⋯」
「静様から誘って頂いてですね」
「その時の小雪って何歳だったの?」
「まだ成人前でした。住み込みだったので不安はありましたけど、父も納得していましたからね」
成人前の娘を他家に出す。
それも袖下家の娘が嫁ぐのでは無く、丁稚奉公に近い形でだ。
名家の姫がそんな扱いを受けるなんて、普通であれば考えられない話。
よく小雪のお父上は納得したものだ。
「あの当時の天宮家は代替わりの時期でもあって、色々な思惑が飛び交っていたんですよ。凪姉さんの口添えもあって、小雪も静様の元で働きたかったですし!」
ぺろっと小さく舌を出して笑う小雪を見て、おおよその疑問が解消される。
先程も言ったように、袖下家の娘である小雪が嫁ぐ以外で家を出るのは珍しい。
小雪が天宮家で働く事になった背景、そこにはおそらく家同士の力関係が働いている。
お祖父様の興した天宮家は外臣の家柄であり、国内での立場は強くない。
白峰家や袖下家のような国内の有力家と繋がれば、それだけ廟議でのお祖父様の発言力は増していく。
その辺りを見澄まして、お祖母様は小雪を天宮家に引き入れたという事だろう。
別の見方をすれば剣聖の系譜⋯⋯その末席を占める娘の扱いに、小雪のお父上が困ったとも取れる。
嫁に出すには名が通り過ぎているし、仕官させるにしても天宮・白峰両家との繋がりが濃厚過ぎる。
もしかすると、剣聖の系譜という言葉を流したのはお祖母様だったのかもしれない。
そう考えると、お祖母様はお祖父様に負けず劣らずやり手だったんじゃ⋯⋯。
「お祖母様って、どんな人だったの?」
「厳しくて、優しかったですよ。でも⋯⋯とても強かったです。一度刀を握れば御当主よりも強かったくらいです!」
「お祖父様よりも!?」
「静様は元町娘で、霊力も魔力もほとんど持ってませんでした。でも、誰よりも強かったんです」
お祖父様と同じくらいやり手だと思ったお祖母様が、その実、お祖父様よりも強かった。
一代で鼎位に就く程の才覚に溢れ、『白龍』に選ばれたお祖父様よりも強いなんて――
正直に言って、意外。
それ以外の言葉が見つからない。
「ちなみに、小雪を坊っちゃんの側に置いたのは静様です」
「え!?」
「小さい頃の坊っちゃんは本っ当に可愛かったんですよ!ずーっと小雪の後を付いてきて⋯⋯」
「記憶に無いです。忘れてください」
危険を察知した。
だから、言い切らせる前に切った。
物心付く前の事なんて、本当に覚えてないし知らない。
そんな怖い目で睨んでも、知らないものは知らないし。
それは小雪の胸の内だけに、それはもうひっそりと留めて置いてください。
今後絶対に、そんな自慢話のように話さないでもらいたい。
それに、今はそんな話よりも聞かなければいけない事がある。
そんなに強かったのならば、どうして――
「お祖母様は強かったんでしょ?なら、何で戦死したの?」
「お前が知るべき事では無い」
向こうでの密談は終わったのか。
びくっとして振り向くと険しい顔をしたお祖父様と、何とも言えない顔をした重臣。
「小雪も、余計な事は言うな」
そんな厳しい口調で小雪が注意される謂れは無い。
そう言おうとして小雪に腕を掴まれる。
抗議の意味合いを込めて見れば、小雪は首を横に振っている。
この件に関しては意見しない方が良い⋯⋯という事なのか。
「静も悠星も、全ては儂の責任だ。だから、これ以上は知ってくれるな」
「⋯⋯はい」
興味本位で聞いた、剣聖の系譜。
それ自体に関しては納得がいったし、今更疑問も無い。
けれどもその始まりとも言うべき、剣聖だったお祖母様。
それはまた、別の疑問を僕に齎した。
お祖父様よりも強かったお祖母様が、どうして戦死した?
一瞬だけ見えたお祖父様の後悔が滲んだ表情、重臣や小雪が口を噤んだ先に何がある?
僕の中には、知りたいという気持ちが強くある。
けれどもそれは、誰かの心に土足で踏み込む行為ではないのか。
誰かの傷口に、笑いながら塩を塗り込む行為ではないのか。
他人の古傷を抉って、秘密を暴いて、その先で僕が得られる物は、それだけの行為に見合う価値があるのか。
知る事から始めなければ、その先の事なんて何も分からない。
けれど、一度知ってしまえば元には戻れない。
知らない方が良かったと思っても、知ってしまえば⋯⋯もう取り返しはつかない。
優しい嘘は誰かにとって残酷でも、それは誰かを守る優しさを持っている。
隠し事だって同じだ。
意図的に隠すのであれば、それはきっと――
第1章に収まらなかった話、ちょっとした話など色々書きます。
本編とは然程絡まない話もありますが、箸休めにどうぞお付き合いくださいm(_ _)m