第30話 主従の誓い - 2
耳まで真っ赤になった小雪。
その小雪が布団に潜り込みながら、頭と目だけをちょこんと出している。
照れているのか、恥ずかしがっているのか、明らかに動揺している小雪と目が合う。
その合った目も忙しなく左右に動いていて、表情もころころ変わる。
その原因は、分かっている。
そして、小雪が躊躇いながらも何を言おうとしているかも――
「⋯⋯坊っちゃん、本気なんですか?」
重臣が去り際に残した一言。
狸寝入りをしていた小雪の演技を見透かして放たれた、鋭利な言葉。
それは小雪に刺さると同時に、僕にも思い切り刺さった。
いきなり「本気ですか?」と聞かれても、今まで考えた事すら無いし⋯⋯。
「さっき剣聖の系譜というのを聞いたんだけど、小雪は凪様と姉妹弟子になるの?」
答えられない事というのは、どんなに頑張っても答えられない。
理由は言えないけれど答えられない事が、世の中にはある。
僕だって平静を装っているだけで、内心ではかなり動揺しているのだ。
勢いで決めて良い事柄では無い以上、ここは誤魔化しておいた方がお互いの為だろう。
「もう、誤魔化さないでください!」
眉を寄せ、頬を膨らませる小雪。
たったそれだけの表情の変化で、不満極まりない事が伝わってくる。
それにしても⋯⋯これ以上無いほど見事にむくれたな。
むくれた小雪をあまり見た事が無かったせいか、思わず苦笑いが零れる。
⋯⋯いや、ここは誤魔化さなくても良いか。
本心を言えば、思わず可愛いと思ってしまったのだ。
ただそれを表情に出す事に躊躇いがあっただけ。
だから咄嗟に緩んだ頬を引き上げ、苦笑している風を装った。
「⋯⋯で、どうなんですか?」
「うーん⋯⋯」
小雪を娶るかどうか――
包み隠さずに言って、それは僕の独断では決められない。
天宮家の後嗣たる僕の嫁取りは、絶好の政治材料だからだ。
これを機に、今まで繋がりが希薄だった有力家と繋がる事だって出来る。
先程お祖父様が決めると言ったのは、当然その辺りの意味が含まれている。
当主の婚姻は一族の今後を決める重大事である以上、気持ち云々では決まらない。
それに、今すぐどうこうなる問題でも無い。
婚姻を結ぶ為には成人している必要があり、僕はまだ11歳。
まだ1年近くは子供のままだ。
だから別にこの場で何を言おうと、それは空虚な言葉の羅列に過ぎないわけで――
「坊っちゃん!」
理由は言えなくても、答えられない事はあるのだ。
とはいえ、このままでは小雪が納得しそうに無いな。
じっと見つめてくる目は真剣そのもの。
小雪は既に成人している以上、当たり前か。
⋯⋯僕にとって、小雪はどういった存在なのか。
その答えは、誰に聞くまでも無く分かっている。
それは――
絶対に失いたくない存在。
昨晩のように一度戦いが起これば、小雪と言えども命の保証は無い。
たとえ死んだとしても、それは小雪が自ら選択したことによる結果。
立派に戦い抜き、主を守りきった名誉ある死だった。
きっと多くの人間は憐れみと慰めを込めて、僕に対してそう言うだろう。
でも、僕はそれで納得なんて出来ない。
僕のせいで小雪が居なくなってしまうなんて、僕は嫌だ。
だから今かけるべき言葉は、これだけだろう。
小雪としっかりと目を合わせ、そして伝える。
「生きててくれて、ありがとう」
束の間の、沈黙。
その間も目を逸したりはしない。
これが今の僕に言えることであり、そして僕の気持ちでもある。
小雪の求める答えになっていないとしても、ちゃんと伝えるべきだろう。
「⋯⋯ずるいです。もう、寝ますっ!」
茹で蛸、という表現がしっくり来るだろうか。
元々赤かった小雪の顔が、真っ赤に染まる。
その状態のまま話を続けるのは、さすがに恥ずかしかったのか。
最後にもう一度だけむくれて反対側を向いてしまった。
顔は見えなくなっても、同じくらい真っ赤に染まった耳は見えている。
寝息を立て始めた小雪の髪に触れ、その頭を優しく撫でる。
いつもは逆だけれど、こんな時くらいは良いだろう。
部屋の隅という事もあって、別に誰が見ているわけでもない。
「今度は僕が小雪を守るから。絶対に小雪を失わないよう、強くなってみせる」
今回の一件で僕はどれだけ甘えていたのか、それを身を以て思い知らされた。
もう二度と、僕が弱いせいで小雪に無理はさせない。
絶対に失いたくない存在――
自分の身だけじゃなく、小雪の事も守れるくらいに強くなってみせる。
本当はこれもちゃんと言うべき事なんだろうけれど、さすがにこれは恥ずかしい。
だから多少卑怯だとしても、今は小雪に聞かれないようにこっそり誓おう。
「坊っちゃん」
「⋯⋯ん?」
気のせいか?
いま、小雪の声がしたような⋯⋯
「やっぱり坊っちゃんはずるいです!」
髪に触れる手の下、そこでは小雪の顔に喜色が浮かび、やがて満面の笑みへと変わっていく。
それを見た瞬間、自分の顔が急激に熱くなるのを感じる。
きっと僕の顔は真っ赤になっているに違いない。
それこそ、先程の小雪と同じくらいには――
「小雪、寝てたんじゃ⋯⋯」
「はぁ~、坊っちゃんがそんなに小雪を大事に思ってくれてたなんて。小雪は幸せですよぅ」
「いや、えっと⋯⋯あの⋯⋯」
「こういう事ほど、ちゃんと言って欲しいんですよ?まぁ、嬉しかったからいいですけど」
⋯⋯もう駄目だ、死にたい。
きっともう何を言ったところで、舞い上がっている小雪には届かないのだろう。
どんなに手で扇いでも顔の熱が引かない。
際限なく熱くなっていて、まさか僕も茹で蛸状態になるとは⋯⋯
そもそも小雪は一度狸寝入りしてたじゃないか。
さっきの軽率極まりない自分を、思いっきりぶん殴ってやりたい。
「忘れてもらったりは⋯⋯?」
「さっきのお返しですからねー!それに⋯⋯」
「それに?」
「嬉しかったから、忘れるなんて嫌です」
⋯⋯何これ、可愛いんですけど。
思わず僕の方が両手で顔を覆ってしまう。
指の隙間からこっそり見れば、そこには満面の笑みを浮かべつつ、少し首を傾けながら僕を見ている小雪。
少し意地悪そうな笑みも混ざっているけれど――
この嬉しそうな笑顔と優しい眼差しを、僕は失いたくない。
ずっと僕の側に、僕の隣にいて欲しい。
⋯⋯そう思ってしまった時点で、僕の負けか。
もう一度、今度はちゃんと聞こえるように伝えよう。
「小雪、僕は小雪よりも強くなるから。僕が小雪を守ってみせる」
目を合わせて、はっきりと小雪へ伝える。
小雪へと伝える為だけに、小雪の為だけに紡いだ言葉。
それは小雪へちゃんと届き、小雪の目に涙が溜まっていく。
やがて溜まった涙は零れ落ちて――
「⋯⋯はい、守ってくださいね!」
涙を流しながら笑う小雪の笑顔は、とても眩しかった。
僕は、これからも小雪と共に生きていく事。
小雪を守っていけるだけ強くなる事を、その笑顔に誓った――。
第一章、完結です!
最後くらいは甘口に⋯⋯と思ったら、作者的には激甘な展開になりました(笑)
ここまで読んでくださった皆さま、本当にありがとうございます!
今後の予定としては、幕間の話を幾つか挟んで第二章に行こうかと思います。
勝手なお願いなのは重々承知の上で、お願いです!
第一章完結を一つの区切りとして、評価してもらえると大変嬉しいです。
評価してもらえれば、作者は真夜中に踊り狂ってタンスの角に小指をぶつけ、それでも踊り狂うでしょう(笑)
作者のモチベーションアップの為にも、どうかお願い致します!!




