第29話 主従の誓い - 1
気が付いた時には、朝の光が差込んでいた。
どこからか鳥の鳴き声が聞こえ、仲間を呼んでいるのか、甲高い声で頻りに囀っている。
見上げた先には、染み一つ無い綺麗な天井。
感じる温もりは肌触りの良いふかふかの掛け布団。
寝かされている敷布団も掛け布団同様にふかふかで柔らかく、まるで雲に包まれているよう。
日常と変わらないあまりの穏やかさに、昨晩の事は夢だったのでは無いかと思いそうになる。
殺戮も、破壊も、死の気配も、穏やかな空気からは感じ取れない。
それ程に、静かな目覚めだった。
「⋯⋯小雪」
けれど、昨晩の出来事は夢でも何でも無い。
僕の横で同じように寝かされている小雪。
きっと顔は誰かが拭いて綺麗にしたのだろう。
けれど、その暗めの茶髪に未だ残っている乾いた血が、昨晩の熾烈な戦いが夢幻では無いと言っている。
「ご気分は如何ですか?」
手を伸ばして小雪の髪に触れようとした時、頭上から伸びてきた影が僕を覆った。
寝たまま首だけ動かして影が伸びてきた方を見れば、そこでは見知った重臣がこちらを覗き込んでいる。
「そういえば、あの後⋯⋯」
昨晩の記憶は途中で途切れている。
最後に覚えているのは吹き飛ばされた庁舎の壁と、月明かりの中で歓喜を上げる血塗れの金閣の姿。
それ以降の記憶が全く無い。
重臣が指差す方を見れば、そこにはお祖父様を中心とした人の輪がある。
今更ながら、僕と小雪が室内でも奥の端の方で寝かされている事に気付く。
部屋の出入り口側ではお祖父様が何かしら指示を出し、ひっきりなしに人が出入りしている。
かなり広い部屋であるため、会話の内容は全く聞こえない。
けれども出入り等、人の動きが多い事で騒々しさは伝わってくる。
僕の様子を見守っていた重臣に聞くと既に襲撃は已んでいて、今は庁舎内の探索が実施されているとの事。
残留している襲撃勢力が無いか、内通者が潜んでいないかといった掃討戦が、庁舎全域を舞台に展開されているのだ。
「小雪は⋯⋯?」
「小雪殿も命に別状はありませんよ。霊力の消費が激しいですが、じき目覚めるでしょう」
重臣の言葉に、ほっとする。
布団が上下しているから生きている事は分かっていたものの、命に別状が無くて良かった。
「あれだけの激闘を繰り広げて手傷すら負っていませんからね。さすがは剣聖の系譜と言うべきでしょうか」
「剣聖の系譜?」
「えぇ、小雪殿は戦姫と呼ばれているでしょう?剣聖と呼ばれた静様の弟子にして、剣姫である凪様の妹分。それが、剣聖の系譜です」
たしかに、小雪は戦姫と呼称される事がある。
それは単に小雪が強いからで、その実力に由来するものだと思っていた。
そもそもお祖母様が剣聖と呼ばれている事も、小雪が凪様の妹分である事も初耳だ。
という事は小雪と凪様はお祖母様の弟子で、2人は姉妹弟子という事になるのか?
剣聖・剣姫・戦姫と続く剣聖の系譜。
思いもかけないところで、思いもかけない事を聞いてしまった気がする。
「まぁでも、私共もほっとしておりますよ。小雪殿は何と言っても将来、若の奥方になる方ですから」
「⋯⋯?」
「おや?てっきり若は小雪殿を娶られるものだと思っていましたが」
娶る⋯⋯僕が、小雪を?
剣聖の系譜という言葉に引っ張られていた僕の頭では、思わぬ展開を見せる重臣の発言についていけない。
僕は先日11歳となり、小雪は今年で16歳。
たしかに年齢的には互いに程良い年齢ではある。
とはいえ、どこからそんな話になったのか。
そんな話、影も形もなかったような⋯⋯
「嫁取りの話は時がくれば儂が決める。それよりも気分はどうだ?」
僕と重臣の会話が聞こえたのか。
僕が目覚めた事に気付き、近付いてきたお祖父様に声をかけられる。
重臣にも同じ事を聞かれたけれど、気分は悪くない。
それどころか、すっきり目覚めた事で普段よりも良い。
けれど、さすがに起き上がるのは無理そうだ。
血管に鉛を流したように体が重く、目覚めて暫く経っても肉体の気怠さと倦怠感が抜けない。
お祖父様もそれが分かっているのか、無理に起き上がらせようとはしてこない。
むしろ起き上がろうとする僕を手で制して、そのまま寝ていて良いと伝えてくれる。
「悠月が目覚めたのならば一安心だな。⋯⋯いいか?」
「よろしく無い事でも?」
「ここでは言えぬ。向こうで話そう」
重臣からの問いかけに答えを濁したお祖父様。
その表情を見る限り、何か良くない事が起こったのだろう。
けれども、それは僕に聞かせるべき内容では無い。
余程重大な、それも機密に触れる事案が発生したと見るべきか。
知りたい気持ちはあれど、今は知らない方が良い。
必要とあらばお祖父様の方から話してくれるだろうし、今はこのまま寝ていよう。
「という事ですので、若はここで大人しくしていてくださいね」
「分かった」
重臣が腰を上げ、それを見たお祖父様が歩き出す。
そのまま2人で部屋の奥側、僕らが寝ているのとは反対の角へと向かっていく。
「若、私は良いと思いますよ。小雪殿は袖下家の娘で、姉弟子である凪様は白峰家の御当主。条件として悪くない⋯⋯そうでしょう、小雪殿?」
途中で立ち止まり、重臣が振り返って放った一言。
小雪に語りかけるような一言を受け、不思議に思った僕は小雪の方を見る。
小雪はまだ目覚めていない。
未だ深い眠りの中にあって、当然重臣の言葉は聞こえていない筈。
にも関わらず、雪のように白い肌は徐々に赤くなっていき、やがて耳まで真っ赤になる。
そのまま、もぞもぞと布団の中に潜って布団の端を手で掴みながら、ちょこんと頭と顔半分だけ覗かせる。
顔を巡る血が沸騰しているのではないかと思うくらい、真っ赤な顔をした小雪。
いつからかは分からないが、寝たふりをして話を聞いていた事は明白。
少なくとも重臣が口にした、最後の言葉は聞こえていたのだろう。
恥ずかしそうに、じっと僕を見つめる小雪と目が合った。




