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月花の君 ~月明かりに、君を待つ~  作者: suimya
第1章 月浮かぶ静寂に、始まりを告げる
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第27話 愛した存在が龍の愛し子となっても、その想いは尽きない



神依扇景(かみよりせんけい)


「黒い刀身に、その技!あなたは!!」


「ボクはその臭い口を閉じろ、と言ったはずだよ」



 もう使う事は無いと思っていた、久方ぶりに握りしめた愛刀。

 刀身を追うようにして描き出される、扇の如き青の軌跡。



 既に現し世を去った身でありながら、こうして再び現し世に姿を現した自分。

 それにあたって借りた、悠月くんの体。



 まだ未成熟な体は小さくて自分の体を使うようにはいかず、技の威力も明らかに低い。

 けれど、世界の理を捻じ曲げる以上は制約を課されるのは仕方がなく、文句を言うのはお門違いというもの。



 まあいい、今は専ら目の前の狂人に集中するとしよう。

 確か⋯⋯金閣と名乗っていたのだったか。



 見る限り金閣はまだ力を隠していて、余力も十分に残している。

 あのまま放っておいたら、間違いなく悠月くんは金閣に殺されていた。



 行き摺りの出会いで戦闘になったのなら不幸としか言い様が無いが、どうもそういう事では無さそう。

 悠月くんが勝てない強者はまだまだ多いとはいえ、厄介なのに目を付けられたものだ。



 ⋯⋯こういう事態を防ぐべく、玄悠を介して情報を渡していたというのに。

 まったく、大事な後嗣を一人にしてあの子は何をしているのやら。

 


「御曹司とは違う呪力。そして黒き姫刀(ひめがたな)。やはり、あなたは――」


神貫(かんぬき)


「ぐぅぅぅぅ!!」



 こんなところでは誰が何を聞いているか、分かったものじゃない。

 相手の情報を吐いてもらう分には構わないけれど、こちらの分析をされるのは些か都合が悪い。



 先程の神依扇景(かみよりせんけい)にしても今の神貫(かんぬき)にしても、やはり技の威力の低さはどうにもならないか⋯⋯。

 まぁ、金閣の心臓を刺し貫くには十分な威力だったから良しとしよう。



 愛刀で金閣の心臓を刺し貫いた状態のまま腕を上げれば、自然と金閣の足が廊下の床から離れる。

 心臓を貫かれたまま空中に浮かべられるのは、想像を絶する痛みだろう。



 にも関わらず、金閣は絶命もせずに己の体から吹き出る血潮を手に取り、不気味な笑みを浮かべている。

 痛みに打ち震えながらも嬉しそうにしているあたり、さすがは狂人と言うべきか。

 


「それじゃあ聞こうか。⋯⋯君は何者だい?」


「先程は口を閉じろと⋯⋯ぐぅぅ」


「死にたくなければ口を開くのを許そう。このまま体を割かれるのは嫌だろう?君は、あの売女の手先なのかい?それとも――」


「痛い、痛い、痛い、痛い!あぁ、痛い!!この痛みが、この血が、わたくしが生きている証拠!生きて、生きて、生きている証拠!」


「質問に答える以外は――」



 刀を巻き込む血肉の抵抗を無視し、金閣の体から愛刀を引き抜く。

 そうしてそこから噴き出す血潮を一瞥する事もなく、背後から迫る刃へ。



 音も無く、気配も無く、鋭く迫る刃をやんわりと受け流す。

 繰り出される蹴りやら拳やらも、ボクにとって躱すのは容易過ぎる。



 始めからまともにやり合う気は無いのだろう。

 軽く牽制するだけして、さっさと離脱したのが良い証拠だ。



「金閣、時間だ。じきに龍の愛し子が来る」


「⋯⋯あのお方の願いを叶えられず、この金閣、痛恨の極み。ですが、ですが、ですが、楽しみは長く続いた方がより楽しい!⋯⋯行きますよ、銀閣」


「ボクが逃がすと思うのかい?」


「また会いましょう、御曹司⋯⋯いえ、麗しの呪王」



 呪王⋯⋯僅かな邂逅でそこまで悟られたか。

 2人が立っていた場所に今や人影は無く、見渡す限り破壊の痕跡が広がっているだけ。



 金閣と銀閣。

 金閣の正体は分からず仕舞いだったけれど、銀閣の方は【刻】持ちで間違いない。



 しかも一瞬のうちに消え、ボクを相手にその痕跡も辿らせないあたり、かなりの手練。

 まったく、あの売女め⋯⋯余計な事ばかりする。



「名残り惜しいけれど、ボクもそろそろ時間か」



 久方ぶりの現し世は名残り惜しくも、これ以上は留まっていられない。

 階下から聞こえてくる複数の足音、それが刻限が迫っている事を教えてくれている。



 今回はたまたま良い条件が重なって現し世に顕現出来たが、次はそう上手くも行かないだろう。

 あの売女に嗅ぎ付けられれば悠月くんを無駄な危険に晒す事になるし、何より悠月くんが自力で呪力を制御出来るようになれば――



 であれば、会えるかもしれない今夜に会っておきたい。

 もう何十年も会っていない、ボクの元を訪れる事を止めた、あの子に。



「悠月!!」



 声がした方を振り返れば、そこには龍を手にした、かつて愛した存在。

 綺麗だった白髪は往時の輝きを失い、その手は嗄れ、顔にも深い皺が刻まれている。



 人の身における時間では、何十年という時間は短くない。

 老いや汚れによって外見的特徴が醜く磨り減るには、十分すぎる程の時間だろう。



 悠雲もまた人の身であり、時の流れには逆らえない。

 ボクが惹かれた美しさは微塵も無く、苦労を積み重ねてきたであろう殺伐としたものがあるだけ。



 それはとても悲しい事ではあるけれど、その精彩は依然として失われていないばかりか、磨きがかかって違う美しさを感じさせる。

 苦労が、悲しみが、積み重ねた努力が人の圭角を削り取り、最後に残るものは本物の個人そのものだけ。



 深く、大きく、逞しく成長したその器量は、失った美しさを差し引いても十分にお釣りがくる。

 絶世の美女として全てを虜にしたボクをして唯一虜にさせた、今も惚れ惚れする程に輝くかつての愛し子。



「君の孫は無事だよ、悠雲」



「お前は⋯⋯」



 そうか、しまった。

 今のボクは悠月くんの体を借りているため、悠雲にはボクが誰か咄嗟には分からない。



 孫がまるで他人のように自分の無事を報告する。

 しかも祖父である自分を呼び捨てにするのだから、面食らっても仕方が無いか。



 ボクとしては珍しく軽率だったと言わざるを得ない。

 悠雲は今もボクを惹き付けて止まないとはいえ、かつての愛し子。



 今の愛し子は悠月くんであり、ボクの大望を果たしてくれる可能性を持っているのも悠月くん。

 悠雲はボクの元を去ったわけで、ボクにどういった感情を抱いているか分からない。



 もし悪い感情を抱いているとしたら、今からでも軌道修正をするべきだ。

 初めて会った時の悠月くんの話し方、動きの癖はどうだったか。



 ⋯⋯いや、ボクと悠雲の仲だ。

 隠してもきっと悠雲はボクに気付くだろうし、ボクも出来ればボクとして悠雲と言葉を交わしたい。



 あの時の決断、その理由は何だったのか。

 その決断に後悔が無いのか、確かめたい。



「心配しなくてもいいよ。当面の危機は退いた。悠月くんの体を借りた事は、やむを得ない事だったんだ。これっきりだろうし、だから君には――」


「誰だ?」


「⋯⋯まぁ、時間も経ってるしね。いきなりは分からなくても仕方が無い。ボクは――」


「貴様は誰だ!悠月をどこへやった!!」



 ⋯⋯そうか、そうなんだね。

 怒気も顕にボクに龍を向ける、それが今の君なんだね。



 あの時の、ボクの夢を叶えると言ってくれた君はいない。

 霞とすら名乗らせてくれない程に、君は遠くへ行ってしまった。



 君はもう、ボクの事が分からない。

 かつてあれほど親しくした、ボクを忘れてしまった。



 ボクを捨てて龍を選んだあの時から、君にはボクが見えていなかったんだね。

 それでも――。



「ボクは今でも、君を愛しているよ」







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