第26話 色づく世界の少年は、黒き力で世界を壊す
人を2人殺した事実が重くのし掛かってくる。
最後に殺した男の表情が網膜に焼き付いて消えない。
眩暈と吐き気で立っているのもやっと。
今すぐに全てを放り出して、その場に崩れるようにして倒れたかった。
だが、それを許さない存在がいる。
拍手をしながら僕を凝視する金閣の存在。
「いやはや素晴らしい!まさか、まさか、まさか2人を相手に生き残るとは!それに御曹司の初めて、初めて、初めて!あぁ⋯⋯初めての殺戮に立ち会えるとは、何たる光栄!!」
金閣の表情は相変わらず能面を貼り付けたような、何の感情も浮かび上がらない無表情そのもの。
その代わり両手を振り上げ、天を仰ぐ大仰な仕草で感情を爆発させる。
御曹司と呼ばれた時から疑問は感じていた。
僕が人を殺した事が無いのも知っていた。
明らかに、意図的に、僕の情報を集めている。
正直に言って、今の僕にそれほど価値は無い。
仮に捕虜としてもお祖父様に自害をさせたり、国家の政局を動かすような事には使えないだろう。
そして、そんな事よりも確認しなければならない事実がある。
「お前は中京国の手の者なのか?」
僕は数日前まで中京国で人質として過ごしていた。
そのほとんどを王宮という秘匿性の高い環境で過ごし、身辺は徹底的に管理されていた。
王宮内で起こった物事や発言というのは基本的に外へと漏れる事は無い。
僕の情報を入手出来るのは中京国の王宮に近しい人物だけだ。
天を仰いでいた金閣はゆっくりと顔を下ろすと、首をひねって疑問を露にする。
珍しくない仕草でも無表情の、何の感情を露にしない人間がやると背筋が凍るほどの不気味さを感じさせる。
「中京国?私は、そんな愚かで陳腐なものとは無縁。それよりももっと、もっと、もっと⋯⋯もっと高次元な存在なのですよ」
⋯⋯何を言っているんだ、こいつは。
この世界において国よりも高次元の存在などあるわけが無い。
常人とは異なるから狂人なのだろうが、金閣は常人の枠組みを超えている。
その仕草も、表情も、発言も、壊れているとしか思えない。
出された条件は達成しているし、こんな奴の前にいつまでも居るのは危ない。
そんなことを考えていると金閣の雰囲気が変わる。
「それよりも御曹司。先程の力はお使いにならないので?」
「力?」
「最初に襲わせた者に使った力です。私はあれが、あれが、あれが見たいのです!どうか、どうか、どうか私に御曹司の力をっ!!」
「っ!!止ま――れっ!?」
金閣から殺気を感じると同時に、肩に強烈な痛みが走る。
自分の肩を見れば刃が深く食い込んでいる。
骨までは断たれていないようだが、あまりの痛みに汗が噴き出し表情が歪む。
はっとして見上げれば舌を伸ばせば届きそうな距離で、無表情の金額が僕を舐め回すように見つめている。
「まさか、この程度⋯⋯では無いでしょう?」
無表情の顔、血走った目、真一文字に結ばれた血の気の無い唇。
近くで見れば見る程その不気味さに恐怖を覚える。
僕は形振り構わず肩から刀を引き剥がし、全力の空蟬で逃走。
だが、金閣は僕の真横に易易と並んで先程と同様、舐め回すように僕の顔を凝視する。
「どうしたのです?さあ早く、早く、早くその力を!!御曹司の呪力を私に!!」
これ以上、速くは逃げられない。
肩の痛みも増しているし、息も苦しい。
血が流れているからか、思考も鈍って思うように物を考えられない。
意識が、朦朧としてくる。
「御曹司、御曹司、御曹司、御曹司!!」
⋯⋯うるさい。
不協和音そのものの声を聞くだけで不気味で、耳から全身へ向けて恐怖が体内を駆け巡る。
「さあ、さあ、さあ、さあ!!」
⋯⋯心が死んでいく。
金閣という狂人の不気味さに感覚が死んでいく。
いつの間にか僕は空蟬での全力逃走を止め、地に膝をついていた。
いつ自分が逃走を止めたのか、それすら定かじゃない。
間近で僕を覆う影、金閣のものだろう。
目だけを動かしてその様子を伺えば、先程までの五月蝿さが嘘のように無言で僕を見下ろしている。
⋯⋯隙だらけ。
刀を振れば十分に届く距離でありながら、僕は刀を振ることをしなかった。
それはまるで死神を前にした病人と同じ。
逃げ切れない、勝てない、詰んだ状況に完全に心が折られていた。
「残念、残念、残念です!この程度にしか力を使い熟せないならば不要、不要、不要、不要!!⋯⋯期待はずれの御曹司ならば、死になさい」
金閣が刀を振り上げる。
刃が空気を切り裂く音が聞こえ、それが迫ってくる。
(――あぁ、死んだな)
あれほど死への恐怖を感じていた筈なのに、それが最も間近まで迫っているのに⋯⋯。
それに抗う気も、生き汚いと罵られても生へしがみつこうという気も起きない。
小雪の顔が脳裏を過った気がしたが、それですらどうでもいい。
きっと小雪は大袈裟過ぎるほどに悲しんで、泣いてくれるのだろう。
そんな小雪に申し訳ないとは思う。
⋯⋯それだけだ。
やりたい事も、知りたい事も、まだまだあった気もする。
母様と父様の墓に詣でて、それから――。
凪様や聖にだって会いたい。
伯雷様に帰着の報告をして、王族共から冷ややかな眼差しを浴びながらも日常に戻って――。
2年も経っているから、きっと屋敷の女中頭は皺がまた増えているのだろう。
小雪も帰ったら髪を伸ばすと言っていたし、きっとますます美人になるんだろうな。
あぁ、そうか。
小雪のお父上である光雪様にも挨拶が必要か。
⋯⋯おかしな話だ。
諦めたはずなのに、死を受け入れたはずなのに、考えるのはこれからの事ばかり。
走馬灯なんて綺麗なもんじゃない。
綺麗な事ばかりじゃない、それでも色付く世界がこれからの僕を待っている気がする。
⋯⋯違うか。
僕が、そこへ行きたい⋯⋯生きたいんだ。
「黒蹄」
ぽつりと、口から出た言葉。
何の力も持たない、気付けば口から出ている独り言のようなもの。
そんな発言が、世界を壊す。
轟音、吹き荒れる突風、差し込む月明かり。
砕けた壁や窓硝子の破片、喉に絡み付く埃っぽい空気。
見渡す限り消し飛んだ庁舎の壁と、血塗れの表情で嬉しそうに叫ぶ金閣。
『あとは任せて、君は一度眠るといい』
⋯⋯聞き覚えのある声がする。
『まだここまでの力を使うには早すぎたんだ。後の事はボクが何とかしよう』
⋯⋯そうか、これは霞の声か。
もう意識を保っていられないから、後は⋯⋯任せる⋯⋯よ。
「御曹司?」
「その臭い口は閉じる事をお勧めするよ」
「⋯⋯あなたは誰です?私の、私の、私の御曹司を何処へやったのです!!」
「ボクは霞。君はボクの愛し子を随分と傷付けてくれたらしい。光栄に思うと良いよ、普通はこんな事しないから。君は特別⋯⋯よくもボクの逆鱗に触れてくれたね」
「どこからでも来るといい。死ぬ準備が出来たのなら、ね」




