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月花の君 ~月明かりに、君を待つ~  作者: suimya
第1章 月浮かぶ静寂に、始まりを告げる
25/73

第25話 初めての



「敵、だな?」


「おぉ、なんと!なんと、なんと、なんと甘美な響きなのでしょう!そう⋯⋯私共は御曹司の敵でございます」


「一応聞くけど、見逃してくれる気は?」



 金閣と名乗った男は両手を広げながら、無言で首を振る。

 敵と名乗った相手にこんな事を聞く時点で、気後れしてる証拠か。



 とはいえ、さすがにこの状況ではそうも言っていられない。

 敵3人に対して、此処にいるのは僕一人。



 小雪はいつ戻ってくるか分からない。

 階下で鳴り響き続ける激戦の音からすれば、戻って来ないと考えた方が良いだろう。



 希望的観測は不要で、僕は僕だけの力で此処を乗り切る必要がある。

 出来無かった時にどうなるかは、想像する迄も無い。



「おや?おや、おや、おや、おや?私共3人を相手に戦うおつもりですか?」


「見逃してくれないのなら、そうなるね」



 3人を見据えながら腰の刀に触れ、勢いそのままに抜刀する。

 そして、自分に言い聞かせる。



 これまで躊躇ってきたが、此処に至ってはそんな事を言っていられない。

 躊躇った先に待っているのは捕虜か死か、そのどちらかだけ。



 問題は僕の力が、この3人を相手に通用するかどうか。

 今更ながら小雪に甘え放題だった事実に、甘ったれていた自分に、内心苦笑いが止まらない。



 はっきり言って、この金閣という男にはまず勝てない。

 勝てる方法、その道筋がまるで見当たらない。



 身に纏っている空気が他の2人とはまるで違う。

 底なしの沼に足を取られ、踠いても踠いても沈んでしまうような、じわじわ迫る絶望を感じさせる。



 さっきの男とは違って金閣からは死臭や狂気が漂って来ていて、この者こそ狂人と言うべきだろう。

 何とか金閣を相手にせず済む方法は無いだろうか⋯⋯そんな思案をしていると、



「おぉ、なんと⋯⋯なんと、なんと、なんと素晴らしいのでしょうか!!僅か10歳でその勇気!!わたくし、大変感動致しました!」



 ⋯⋯金閣は、勝手に感動し始めた。

 でも、これを利用して何らかの交渉が出来無いだろうか。



「御曹司のその勇気ある対応に、私、私、私も何かしらの対応を示さねば!⋯⋯御曹司には、この2人を相手に戦ってもらいましょうか!」



 ⋯⋯金閣は、勝手に提案し始めた。

 でも、これは決して悪い提案ではない⋯⋯というよりも願ってもない提案だ。



 もちろん敵の言葉を頭から信用する事は出来無いし、2人相手でも勝てる見込みは高く無い。

 それでも金閣が参加して来ないのであれば、この場を乗り切れる可能性は十分にある。



「それは、何があってもお前は戦いに参加しないと?仮に2人が僕に殺されたとしても」


「勿論、勿論、勿論ですとも!もしも御曹司が2人相手に生き残った暁には、特別に見逃して差し上げましょう」


「随分と大盤振る舞いだね」


「それが、私の誠意というもの。どうか、どうか、どうか!この金閣めをご信用くださいませ」



 信用などしないが、ここは乗ってみせてやろう。

 いや、乗ってみせた振りをして、もう少し吹っ掛けてみるか。



「その誠意を信じよう。その代わり2人同時では無く、1対1を2回というのは?」


「それは⋯⋯虫が良すぎる提案でございますね。これは訓練でもなく試合でもない、まさしく死闘。命の、おぉ⋯⋯命!命!命!命の応酬なのですから!!」



 さすがにこれは無理な提案だったか⋯⋯。

 2人相手の戦闘が避けて通れないとなると、次の問題はあの2人の実力。



 2人とも霊刀を持っているという事は、基本戦術は霊術か。

 霊術を戦いの基本とするのであれば、近接戦闘を主とした戦い方になる。



 敵の出方を窺っていると金閣の合図で2人が刀を抜き、僅かに霊力の気配が漂う。

 やはり、基本戦術は霊術に依るものとみて間違いない。



「ではでは⋯⋯⋯⋯殺して差し上げなさい」



 金閣が物騒な宣言をすると同時に、2人が消える。

 空間の揺らぎから空蟬によって加速したのだと分かる。



 それぞれ直線的に襲ってくるのではなく、壁や天井等を蹴って不規則な動きをしながら迫ってくる。

 だが――。



(⋯⋯あやめ様に比べると遅い)



 その姿は視界に捉えており、動きも丸見え。

 僕は2人の攻撃を躱しながら、2対1にならないよう距離を取る。



 2人は連携に慣れているのか、狭い戦場にあっても互いの攻撃が重なる事は無い。

 常にお互いの行動を阻害しない距離感を保っている事で、こちらとしても回避しやすい。



 それに、戦い方としては空蟬を使って攻撃してくる基本的なもの。

 次々と追撃の手を繰り出して来るが、そのどれもが十分に見切れる程度。



 暫く回避に徹して様子を見ても、何か奥の手があるようには思えない。

 こちらの油断を誘う罠かとも思ったが、どうにもその線は薄いか。



 何度目かの2人の攻撃を躱した後、僕は空蟬を使って一気に加速する。

 その方向は、後ろではなく前。



 攻撃を躱しては距離を取っていた事で、2人は今回も僕が後方へ逃れると思ったのだろう。

 2人とも追撃の姿勢を取っていて、前掛かりになっている。



 そこへ僕が飛び込んだものだから、当然その反応は遅れて虚が生まれる。

 虚とは人の意識が及ばない領域であり、虚を衝く事で有利な状況へ持ち込むのは戦いの定石。



(――躊躇うな!!)



 心のなかで自分を鼓舞し、人を殺す事を怖れる弱い心を無理矢理に抑えつける。

 一度生じた虚は、二度は生じない。



 千載一遇のこの好機を逃せば、次にいつ好機がくるとも限らない。

 それどころか、ここを凌がれれば僕の方に虚が生まれる可能性もある。



(――まずは、右から)



 震える手で刀を強く握り直すと、向かって右側にいる男の首筋目掛けて一気に振り抜く。

 懐に入った状態であれば、首よりも低い位置にある心臓を刺し貫くでも良かった。



 けれど人の体というのは、貫いた瞬間から出血を止めようと血肉が刀身を巻き込み始める。

 刺し貫いた刀を引き抜くには、かなりの力が必要。



 敵が2人いる状況では、それはあまり好ましい選択とは言えない。

 振り抜いた刀は吸い込まれるように男の首筋へと迫り、刀を持つ僕の手にごりごりとした感触を伝えてくる。



 ――それは、皮膚を切り裂く感触。

 ――それは、肉を抉る感触。

 ――それは、骨を断つ感触。


 ――どれも、人の命を断つという感触。


 

 男の首が鮮血を撒き散らしながら、空中へと放物線を描いて飛んでいく。

 胴体から吹き出した血や首から飛び散り落ちる血が、僕の髪や顔を激しく汚す。



 髪にかかった血が、目にかかった血が、鼻にかかった血が、強烈な鉄臭さと共に訴えかけてくる。

 それは、先に小雪が殺した敵の死体から受けた衝撃を軽く凌駕する。



 目の前で人間の胴体が真っ二つにされた光景というのは、決して生易しいものじゃなかった。

 今でも思い出せば吐きそうになるあれを、自分の手で成したのだ。



 今この瞬間、自分が人を殺したという事実。

 人殺しになったという事実に、震え出しそうになる。



 この世界は、常に戦争が絶えない。

 これは始まりに過ぎず、僕はこの先で何百何千と同じ事を繰り返すに違いない。



 そう考えれば、一人の命を奪うなど大した事では無いはず。

 口に入った飲み込めない異物を無理矢理飲み下したような、強烈な吐き気と気持ち悪さを抑えつけて、僕は横へ跳ぶ。



 一人を倒しても、敵はもう一人残っている。

 それはつまり、僕はこれからもう一人、人間を殺さなければいけないという事。



 相方を殺されて激昂しているのか、残りの男の攻撃が単調なものへと変わる。

 一切の変化をつけず、ただひたすらに突っ込んできては刀を振り回すだけ。



 それも上半身だけで振るった速度も力も乗っていない、子供が遊びで振り回すようなもの。

 2人の時は多彩な攻撃を放っていたのに、一人になればこんなものか。



 怒り任せで周囲が見えていない攻撃など、当たるわけが無い。

 男の刀の軌道に合わせて真下から刀身を蹴り上げ、その手から刀を弾き飛ばす。



 丸腰になった男の顔には狼狽えが浮かび上がり、次に恐怖へと染まる。

 ようやく冷静になって、状況を理解したのだろう。



 ⋯⋯悪いが同情はしてやれない。

 ここで見逃しても、この男は僕の敵であり続ける。



 刀を振り上げ、そのまま一直線に振り下ろす。

 そうして僕は無表情のまま、2人目の首も刎ねた。



「はぁ⋯⋯はぁ⋯⋯」



 正直、今にも吐き出しそうだった。

 無表情を取り繕ったとはいえ、男の最後の表情は見るに堪えなかった。



 きっと自分も男の立場だったら、ああして恐怖に染まった表情で必死に訴えただろう。

 頼むから殺さないでくれ、と。





 ――それを、僕は殺した。





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