第25話 初めての
「敵、だな?」
「おぉ、なんと!なんと、なんと、なんと甘美な響きなのでしょう!そう⋯⋯私共は御曹司の敵でございます」
「一応聞くけど、見逃してくれる気は?」
金閣と名乗った男は両手を広げながら、無言で首を振る。
敵と名乗った相手にこんな事を聞く時点で、気後れしてる証拠か。
とはいえ、さすがにこの状況ではそうも言っていられない。
敵3人に対して、此処にいるのは僕一人。
小雪はいつ戻ってくるか分からない。
階下で鳴り響き続ける激戦の音からすれば、戻って来ないと考えた方が良いだろう。
希望的観測は不要で、僕は僕だけの力で此処を乗り切る必要がある。
出来無かった時にどうなるかは、想像する迄も無い。
「おや?おや、おや、おや、おや?私共3人を相手に戦うおつもりですか?」
「見逃してくれないのなら、そうなるね」
3人を見据えながら腰の刀に触れ、勢いそのままに抜刀する。
そして、自分に言い聞かせる。
これまで躊躇ってきたが、此処に至ってはそんな事を言っていられない。
躊躇った先に待っているのは捕虜か死か、そのどちらかだけ。
問題は僕の力が、この3人を相手に通用するかどうか。
今更ながら小雪に甘え放題だった事実に、甘ったれていた自分に、内心苦笑いが止まらない。
はっきり言って、この金閣という男にはまず勝てない。
勝てる方法、その道筋がまるで見当たらない。
身に纏っている空気が他の2人とはまるで違う。
底なしの沼に足を取られ、踠いても踠いても沈んでしまうような、じわじわ迫る絶望を感じさせる。
さっきの男とは違って金閣からは死臭や狂気が漂って来ていて、この者こそ狂人と言うべきだろう。
何とか金閣を相手にせず済む方法は無いだろうか⋯⋯そんな思案をしていると、
「おぉ、なんと⋯⋯なんと、なんと、なんと素晴らしいのでしょうか!!僅か10歳でその勇気!!わたくし、大変感動致しました!」
⋯⋯金閣は、勝手に感動し始めた。
でも、これを利用して何らかの交渉が出来無いだろうか。
「御曹司のその勇気ある対応に、私、私、私も何かしらの対応を示さねば!⋯⋯御曹司には、この2人を相手に戦ってもらいましょうか!」
⋯⋯金閣は、勝手に提案し始めた。
でも、これは決して悪い提案ではない⋯⋯というよりも願ってもない提案だ。
もちろん敵の言葉を頭から信用する事は出来無いし、2人相手でも勝てる見込みは高く無い。
それでも金閣が参加して来ないのであれば、この場を乗り切れる可能性は十分にある。
「それは、何があってもお前は戦いに参加しないと?仮に2人が僕に殺されたとしても」
「勿論、勿論、勿論ですとも!もしも御曹司が2人相手に生き残った暁には、特別に見逃して差し上げましょう」
「随分と大盤振る舞いだね」
「それが、私の誠意というもの。どうか、どうか、どうか!この金閣めをご信用くださいませ」
信用などしないが、ここは乗ってみせてやろう。
いや、乗ってみせた振りをして、もう少し吹っ掛けてみるか。
「その誠意を信じよう。その代わり2人同時では無く、1対1を2回というのは?」
「それは⋯⋯虫が良すぎる提案でございますね。これは訓練でもなく試合でもない、まさしく死闘。命の、おぉ⋯⋯命!命!命!命の応酬なのですから!!」
さすがにこれは無理な提案だったか⋯⋯。
2人相手の戦闘が避けて通れないとなると、次の問題はあの2人の実力。
2人とも霊刀を持っているという事は、基本戦術は霊術か。
霊術を戦いの基本とするのであれば、近接戦闘を主とした戦い方になる。
敵の出方を窺っていると金閣の合図で2人が刀を抜き、僅かに霊力の気配が漂う。
やはり、基本戦術は霊術に依るものとみて間違いない。
「ではでは⋯⋯⋯⋯殺して差し上げなさい」
金閣が物騒な宣言をすると同時に、2人が消える。
空間の揺らぎから空蟬によって加速したのだと分かる。
それぞれ直線的に襲ってくるのではなく、壁や天井等を蹴って不規則な動きをしながら迫ってくる。
だが――。
(⋯⋯あやめ様に比べると遅い)
その姿は視界に捉えており、動きも丸見え。
僕は2人の攻撃を躱しながら、2対1にならないよう距離を取る。
2人は連携に慣れているのか、狭い戦場にあっても互いの攻撃が重なる事は無い。
常にお互いの行動を阻害しない距離感を保っている事で、こちらとしても回避しやすい。
それに、戦い方としては空蟬を使って攻撃してくる基本的なもの。
次々と追撃の手を繰り出して来るが、そのどれもが十分に見切れる程度。
暫く回避に徹して様子を見ても、何か奥の手があるようには思えない。
こちらの油断を誘う罠かとも思ったが、どうにもその線は薄いか。
何度目かの2人の攻撃を躱した後、僕は空蟬を使って一気に加速する。
その方向は、後ろではなく前。
攻撃を躱しては距離を取っていた事で、2人は今回も僕が後方へ逃れると思ったのだろう。
2人とも追撃の姿勢を取っていて、前掛かりになっている。
そこへ僕が飛び込んだものだから、当然その反応は遅れて虚が生まれる。
虚とは人の意識が及ばない領域であり、虚を衝く事で有利な状況へ持ち込むのは戦いの定石。
(――躊躇うな!!)
心のなかで自分を鼓舞し、人を殺す事を怖れる弱い心を無理矢理に抑えつける。
一度生じた虚は、二度は生じない。
千載一遇のこの好機を逃せば、次にいつ好機がくるとも限らない。
それどころか、ここを凌がれれば僕の方に虚が生まれる可能性もある。
(――まずは、右から)
震える手で刀を強く握り直すと、向かって右側にいる男の首筋目掛けて一気に振り抜く。
懐に入った状態であれば、首よりも低い位置にある心臓を刺し貫くでも良かった。
けれど人の体というのは、貫いた瞬間から出血を止めようと血肉が刀身を巻き込み始める。
刺し貫いた刀を引き抜くには、かなりの力が必要。
敵が2人いる状況では、それはあまり好ましい選択とは言えない。
振り抜いた刀は吸い込まれるように男の首筋へと迫り、刀を持つ僕の手にごりごりとした感触を伝えてくる。
――それは、皮膚を切り裂く感触。
――それは、肉を抉る感触。
――それは、骨を断つ感触。
――どれも、人の命を断つという感触。
男の首が鮮血を撒き散らしながら、空中へと放物線を描いて飛んでいく。
胴体から吹き出した血や首から飛び散り落ちる血が、僕の髪や顔を激しく汚す。
髪にかかった血が、目にかかった血が、鼻にかかった血が、強烈な鉄臭さと共に訴えかけてくる。
それは、先に小雪が殺した敵の死体から受けた衝撃を軽く凌駕する。
目の前で人間の胴体が真っ二つにされた光景というのは、決して生易しいものじゃなかった。
今でも思い出せば吐きそうになるあれを、自分の手で成したのだ。
今この瞬間、自分が人を殺したという事実。
人殺しになったという事実に、震え出しそうになる。
この世界は、常に戦争が絶えない。
これは始まりに過ぎず、僕はこの先で何百何千と同じ事を繰り返すに違いない。
そう考えれば、一人の命を奪うなど大した事では無いはず。
口に入った飲み込めない異物を無理矢理飲み下したような、強烈な吐き気と気持ち悪さを抑えつけて、僕は横へ跳ぶ。
一人を倒しても、敵はもう一人残っている。
それはつまり、僕はこれからもう一人、人間を殺さなければいけないという事。
相方を殺されて激昂しているのか、残りの男の攻撃が単調なものへと変わる。
一切の変化をつけず、ただひたすらに突っ込んできては刀を振り回すだけ。
それも上半身だけで振るった速度も力も乗っていない、子供が遊びで振り回すようなもの。
2人の時は多彩な攻撃を放っていたのに、一人になればこんなものか。
怒り任せで周囲が見えていない攻撃など、当たるわけが無い。
男の刀の軌道に合わせて真下から刀身を蹴り上げ、その手から刀を弾き飛ばす。
丸腰になった男の顔には狼狽えが浮かび上がり、次に恐怖へと染まる。
ようやく冷静になって、状況を理解したのだろう。
⋯⋯悪いが同情はしてやれない。
ここで見逃しても、この男は僕の敵であり続ける。
刀を振り上げ、そのまま一直線に振り下ろす。
そうして僕は無表情のまま、2人目の首も刎ねた。
「はぁ⋯⋯はぁ⋯⋯」
正直、今にも吐き出しそうだった。
無表情を取り繕ったとはいえ、男の最後の表情は見るに堪えなかった。
きっと自分も男の立場だったら、ああして恐怖に染まった表情で必死に訴えただろう。
頼むから殺さないでくれ、と。
――それを、僕は殺した。




