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月花の君 ~月明かりに、君を待つ~  作者: suimya
第1章 月浮かぶ静寂に、始まりを告げる
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第23話 未来は遠く、日常は尚も足元で消える



 賊徒が上げる喊声と味方の放つ怒号。

 防衛線は押し込まれ、主戦場が庁舎外から庁舎内へ移りつつある。



 尚も守備隊は必死の抗戦を行っているようだが、庁舎全体で見れば既に勝負は決したというべきだろう。

 守備隊の奮戦も虚しく先程から廊下の物陰、通り過ぎようとした部屋の中から次々と人が飛び出してくる。



 その大半が手に武器を持ち、容赦なく斬りかかってくるのだ。

 助けを求めてくる者はおらず、そういった者達は廊下や室内にその屍を晒していた。



 尾張における国家権威の象徴。

 第6都督のの居城である尾張庁舎は、今まさに踏み躙られようとしていた――。



「相当な数です⋯⋯ねっ!!」


「うん、敵味方の区別がつか⋯⋯っ!?」



 またしても物陰から飛び出してきた敵影を斬り捨て、小雪が振り返る。

 綺麗だった暗めの茶髪も、透き通るようなキメ細かな白い肌も、今では赤黒く染まって見る影もない。



 髪にも顔にも服にもぐっしょりと返り血を浴びた、戦姫と化した小雪がそこに立っている。

 小雪は呼吸ひとつ乱していないが、その姿は戦いの激しさを物語るには十分過ぎる。



「⋯⋯ふぅ。まさかここまで内通者がいるとは思いもしませんでした」



 小雪が思わず繰り言を言うのも無理はない。

 動けば動いた分だけ襲撃を受け続けているのだから、うんざりする気持ちもあって然るべきもの。



 そして、襲撃を受けたそのほとんどが賊徒では無く内通者によるものときている。

 たしかに、庁舎を襲った賊徒は庁舎内に侵入し始めている。



 けれど僕らがいるのは庁舎の上層階。

 守備隊の激しい抗戦が続いている今、上層階まで上ってこれる賊徒の数は多くない。



 であれば、先程から襲撃し続けてくる者達は一体何者なのか。

 その答えは明らかであり、馬鹿でも分かる。



「取次役が裏切っていたんだ。周到に練られた計画だろうね」


「第6都督様は切れ者って伺ってたんですけどねぇ⋯⋯」



 襲撃が始まって間もない時。

 来賓用の客室内で僕らを襲ったのは、庁舎を訪ねた際に取次をお願いした中年の男性だった。



 取次役というのは一見誰でも出来る使い走りのように見えるが、その地位は決して低くない。

 外部からの来訪者が目的の人物に会うためには必ず取次役を通さねばならず、来訪者の中には貴人も含まれる。



 取次役は来訪者を上手く応対しつつ、さり気なく人となりや意中を探って報告する役目も兼ねているのだ。

 むしろ抜群の信用と頭脳を持たなければ務まらず、組織における席次は上位に食い込む。



 取次役は誰がいつ庁舎に来訪するのか、その全てを知っている。

 そして、それは庁舎内部に対しても同じ。



 誰がいつ誰に面会を求めるか知っているという事は、誰がいつ庁舎に出てくるのか、誰がいつ庁舎をどれくらい離れるのかを予め知っているのと同義。

 取次役の離反はいわば、庁舎の影の主に裏切られたようなもの。



 離反するのであれば必ず力で決しなければならない目的があるはずで、力に訴えるのであれば失敗は許されない。

 周到に、入念に、最も成功する確率が高い、庁舎内で協力者が多数派を占める日を静かに待っていたのだろう。



 そして、それが第6都督が長期で庁舎を空けている期間のうち、今日だった。

 これから一体どれだけの血が流れるのか、想像するだけで嫌になる。



「お祖父様はどこにいるんだろう?」


「御当主の事ですから、討ち取られたなんて事は無いでしょうが⋯⋯」



 合流に失敗した以上、小雪に聞いたところで答えが返ってくるはずも無い。

 もしその答えが返ってくるようなら今頃は大人達と合流しているだろうし、こんな荒波の中を小舟で漂流するような状況には陥っていない。



 客室で敵襲を辛くも退けた後、僕らは味方と合流すべく行動を開始した。

 少しでも安全な場所を求めて遮二無二政務室を目指したものの、そこには誰もおらずもぬけの殻。



 仕方なく更に遠いお祖父様が寝泊まりしている部屋を目指したが、ここで僕と小雪は事態の重大さを知る。

 お祖父様の部屋は部屋とは呼べない程に破壊され、原型をまるで留めていなかったのだ。



 壁や床、天井に至るまで凄まじい戦闘痕が刻まれ、外壁側の壁は粉々に破壊されて外が良く見えた。

 室内には20を超える死体が転がっていて、吹きっさらしになって尚、血の臭いが充満していた。



 お祖父様や重臣の死体は無かったが、何処に行ったのかは分からない。

 ここから目的と頼るべき先を失った、僕と小雪の漂流が始まった。



「坊っちゃん!」



 死角を突いて現れた敵影を僕が認識すると同時に、小雪の斬撃が敵の胴体を真っ二つに割る。

 ぶち撒けられた臓物の生々しさに、あの悪鬼の如き表情が思い出されて目を背ける。



 客室での襲撃を退けて以降、僕は一度として刀を抜いていない。

 僕が認識するよりも早く、小雪が出会い頭に瞬殺していくためだ。



 ⋯⋯というのは、あくまでも言い訳に過ぎない。

 実際には初めて目の当たりにした命の応酬、その現実に飲まれてしまった。



「坊っちゃん、今は生き残る事だけを考えましょう!」



 小雪に負担をかけている事は分かっているが、どうしても刀を抜く気が起きない。

 そして、そんな状態で小雪に励まされ、その優しさに甘えてしまっている自分が情けない。



 このままじゃいけない事は分かってる。

 戦争が繰り返される世界にあって、これはいつか超えなければいけないもの。



 今が全てでは無いし、この先にもきっと超える機会はやってくるだろう。

 けれど、きっと超えるのなら今⋯⋯今なんだ。



 心配そうに見てくる小雪に対して、これが強がりである事は分かっている。

 それでも決心が揺らがないよう進む先を見れば、視界には廊下の曲がり角が映っている。



 曲がり角の向こうは完全な死角。

 今までの流れから考えれば、角の向こうには敵が潜んでいる可能性が高い。



 大事なのは不意を衝く事であり、最も駄目なのは不意を衝かれる事。

 出会い頭に水籠で敵の初撃を防げれば、不意を衝く気でいた敵に隙が生まれるかもしれない。



 けれども、現実というのは誰かによって仕組まれているものなのか。

 崩れないよう懸命に留めている僕の決心を嘲笑うかのように、現実は僕が考えていたものとは違う方向へと進み始める。



 角の向こうに潜んでいるはずの敵。

 僕の不意を衝こうと息を殺し、気配を殺し、じっと動かず待ち構えているはずの敵。



 その敵が⋯⋯ゆっくりと角の向こうから姿を現す。

 まるで最初から隠れる気など無い、不意を衝く必要すら無いと言わんばかりに――



「待っていたぞ、天宮悠月」



 今が超えるべき時だとしても、あまりに高すぎる障害。

 角の向こうから姿を現した、出来れば一番会いたく無かった男。



 その顔には右目を切り裂くように付けられた、大きな傷が刻まれている――。

 

 



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