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月花の君 ~月明かりに、君を待つ~  作者: suimya
第1章 月浮かぶ静寂に、始まりを告げる
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第21話 気付く足音に、火蓋は切られ



「坊っちゃん、これを!」


「ありがとう」



 手早く着替えを済ませると小雪が手渡してきた刀を受け取り、腰に下げる。

 でも、この刀は霊刀じゃない。



 小雪の愛刀である『白狼』のような正規の刀、つまり霊刀は成人の時に授かるもの。

 未成年の僕は霊刀を持っておらず、単なる鉄の塊が実戦でどこまで通用するのか。



 無いよりはましだとしても、一抹の不安は残る。

 そして、何より――



「これからどうしますか?」

 

「どうするべきなんだろう⋯⋯」



 実戦慣れしている小雪に浮ついたものは見られない。

 それに比べ、初陣すら飾った事のない僕は肚が浮いている自覚がある。



 今はこの状況を切り抜けるのが先決であり、そのための算段を講じるべき時。

 にも関わらず、具体性を伴った建設的な考えよりも、漠然とした考えが脳内を埋め尽くしている。



 場の空気に飲まれつつある――

 それを感じているのに正常な思考が始まらない焦燥感から、口中が乾いていく。



 分かっているのは、このまま此処にいてはいけないという事。

 必死の防戦を展開する守備隊には悪いが、屋外の防衛線は遠からず突破される。



 右目に傷を持つ男を止められない限り、賊徒の庁舎侵入は避けられない。

 そして先程の戦闘を見る限り、守備兵の中に男を止め得る人間は存在しない。



 守備隊が勝る点としては、人的優位を確保しているところくらいか。

 要人脱出の時間を稼ぐのであれば、人的優位は有効に働く。



「坊っちゃん!」


「わかってる」



 くそ⋯⋯脳みその大部分が硬直している事で、状況を整理するのに時間がかかる。

 賊徒が侵入してから大分経つが、守備隊が応戦している以外に庁舎側の動きは見られない。



 やはり庁舎全体では要人の脱出が急務になっていると考えるべきか。

 であれば、まず目指すべき場所は――



「政務室まで行こう」

 


 有事の際には、政務室に指揮所が設けられる事になっている。

 そこに行けばお祖父様や重臣勢もいるはずで、まずは大人達との合流を目指そう。



 本来、闇雲に動き回るのは有事において最もやってはいけない行為。

 下手に動きまわれば味方が所在を探して困惑するし、思わぬところで会敵する危険性もある。



 考えもなしに動き回ることは自分を危険に晒すだけでなく、味方も巻き込んで死を撒き散らすだけ。

 情報が不足している状況下では、慎重な行動が求められる。



 それでも、誰も僕らを呼びに来ない状況が続いている以上、危険を冒してでも動かざるを得ない。

 職員達の仮眠室や当直室から遠く離れた来賓用の客室、そこに宿泊した事が仇になった。



「小雪、行く――よっ!?」



 小雪に声をかけ、部屋の扉を開けようとしたその時――

 扉が僅かに動き、僕は思わず後ろへと跳びすさる。



 あやうく出かかった声を飲み込むと、そのままじりじりと小雪との距離を詰めていく。

 ⋯⋯誰かは分からないが、扉の向こうに誰かがいる。



 こちらの様子を窺っているのか、それ以降扉は動かない。

 扉一枚を挟んで、敵味方の分からない存在との牽制が続く。



 小雪共々、刀の柄に手をかけて臨戦態勢を維持しつつ、息を殺す。

 乾いた口中が更に乾き切り、うるさいくらいに心臓の脈拍が聞こえている。



「⋯⋯」



 ⋯⋯⋯⋯まだか。

 扉の向こうに居る誰かが立ち去った気配は無い。



 ――まだ、そこにいる。

 敵味方が分からないとしても、このまま我慢比べというのは不味い。



 窓の外から聞こえくる喚声は賊徒に対して守備兵が踏み留まって、未だ建物内への侵入を許していない事を示している。

 けれど、時間の経過と共に状況は逼迫していく。



 ⋯⋯分かっている。

 賊徒の屋内侵入が防がれている今の状況下で、軽率な判断はするべきでは無い。

 


 けれど、このままでいても状況が好転する可能性は低い。

 向こうが動かないのであれば、こちらから仕掛けるべきか。



 庁舎を襲うくらいだ、内通者の1人や2人いるだろう。

 扉の向こうに居るのが内通者なのであれば、斬り捨てても問題は無い。



 だが、今の状況下では味方である可能性の方が遥かに高い。

 脳内では思考が続いており、状況も冷静に見えている。



 しかし、焦燥に駆られた心は冷静な判断を押し流し、最も安直で愚かな答えを獲ようと渇望する。

 ⋯⋯味方であったとしても、紛らわしい事をする奴が悪いのだ。



「小雪、やるよ――」



 柄を握る手に力が入り、鞘に触れる手が鯉口を切る。

 体の周囲に無数の水弾を浮かべ、足元に水流を渦巻かせていく。



 小雪に同意を求めれば、返ってきたのは僅かに首を左右に振って示す否定の意見。

 けれど、僕もまた首を振ってその意見を否定した事で小雪も意を決したのか、『白狼』が鞘から抜き放たれる。



 先手必勝、先に仕掛けて一気に片付ける。

 やると決めたのであれば中途半端では駄目で、徹頭徹尾やり切るしか勝機は掴めない。



 水弾に捻りを加え、貫通力を強化。

 扉ごと、その向こうの相手まで蜂の巣状に撃ち抜⋯⋯



(何だ?⋯⋯不味いっ!!)



 今まさに、鋭利な鏃と化した水弾を放とうとした矢先。

 扉が所々黒ずんでいき、ぱちぱちという音と共に全体が炎に包まれていく。



「くっ⋯⋯水籠!!」



 次の瞬間、爆発音を伴って扉が破壊され、炎の濁流が室内に押し寄せてくる。

 間一髪、足元で渦巻く水流と周囲に浮かべた水弾を僕と小雪の前面に広げる事で防御。



「駄目かっ!!」



 炎と水がぶつかった事で、室内に水蒸気が充満していく。

 水蒸気が充満する現状は炎の勢いを殺し切れず、僕の作り出した水籠が押し負けている事を示している。



 何より、この炎は霊術で作られたものじゃない。

 今はもう少なくなった魔法の使い手が、こんなところにいるなんて――



 充満する水蒸気で視界が塞がれていく。

 炎の濁流は一向に衰えず、水籠の展開から手が放せない。



 相手⋯⋯いや、敵からすれば今が好機だろう。

 先手必勝のはずが、防戦一方になったこちらは動けない。



「小雪!」



 この現状を打破するためには、小雪の力に頼らざるを得ない。

 小雪の持つ【(くう)】の特殊属性なら⋯⋯そう思って小雪がいた方へ視界を向けようとした時、反対側の視界の端を刃物が掠めた。



 1秒が何倍にも引き延ばされ、世界の動きが緩やかになる感覚。

 僕の首筋目掛けて振るわれる霊刀以外、ぴたりと動きを止めた永遠と永劫が支配する世界。



 霊刀の動き、その軌道は見えている。

 近付いてくる死の気配に鞘から刀を抜き放つものの、果たして間に合うか――。



 そうして水蒸気の向こう、はっきり見えた敵の顔に愕然となる。

 そんな⋯⋯まさか⋯⋯脳内が混乱し、体が硬直する。



 この間合いでは一瞬の判断の遅れが生死を分け、硬直などは致命傷もの。

 気が付いた時には、既に手遅れ。



 しまった⋯⋯

 完全にやらかしたな⋯⋯



 迫る死の宣告は、すぐそこに――









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