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月花の君 ~月明かりに、君を待つ~  作者: suimya
第1章 月浮かぶ静寂に、始まりを告げる
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第11話 勘違いから始まる宴は、まやかしの笑みにて終わりを告げる



「お話は、終わりましたか?」


「坊っちゃんっ!!」



 周囲に剣戟の音が響き渡る。

 僕が現実を認識するよりも一瞬早く、小雪が動き出していた。



 躊躇う事無く愛刀を抜き放ち、あやめ様めがけて斬りかかった小雪。

 そして、それを防ぐようにして間に割って入った氏雅様の側近達。



 狭い街道であっという間に、縦横無尽な戦闘が開始される。

 大地を蹴る音、刀が生み出すうねった真空の音、そして刀同士がぶつかる音。



 小雪に遅れること数秒、僕もはっと我に返る。

 そして消えては現れ、現れては消える小雪の姿を目で追う。



 才能に恵まれた小雪は氏雅様の側近達を相手取って尚、数的不利をものともしないで彼らを圧倒している。

 雅楽と颯は突如として巻き起こった現実を、目まぐるしく変わっていく目前の出来事を理解しきれていない。



 そして、僕の前には黙ってこちらを見つめるあやめ様。

 その目は王宮での日常のような平時と何一つ変わらず、澄みきった冷静さを湛えている。



「お話は、終わりましたか?」


「⋯⋯いつから、そこに?」



 すぐ側で激しい戦闘が巻き起こっているにも関わらず、まるで意に介していないような佇まい。

 氷のように冷たい、余裕の笑みさえ浮かべるあやめ様に思わず後退る。



「私はずっと此処にいましたよ。悠月殿達が通り過ぎたと勘違いしただけです」


「まやかし、というわけですか」



 ⋯⋯聞いたことがある。

 あやめ様は霊術の中でも異質な、他に類を見ない珍しい術を使うと――。

 


 横目で小雪を見れば、依然として氏雅様の側近達を圧倒し続けている。

 でも、あやめ様に近づけまいとする、その固い守りを崩せてはいない。



 側近達の巧みな誘導や位置取りで、小雪が試みているあやめ様への接近を悉く潰されてしまっている。

 僕からも少しずつ遠ざけられており、あやめ様と一対一の状態になる。



「さすがは小雪殿。戦姫の名に恥じない、ほれぼれする強さですね」


「はっ⋯⋯何を仰っているのか⋯⋯」



 あやめ様は余裕の姿勢を崩そうともしない。

 小雪の強さを褒め、そしてそれを楽しげに眺めてさえいる。



 小雪を脅威とすら感じていないその姿を見ていると、決して小雪の刃があやめ様に届く事は無いと思えてくる。

 そして小雪にさえ脅威を感じないあやめ様にとって、僕など相手とすら認識されていないのだろう。



「僕を殺しにきたんですか?」


「お望みとあらば構いませんよ?」


「させるわけないでしょう!!」



 あやめ様が腰の刀に触れた瞬間、小雪が凄まじい速さでその眼前に現れる。

 僕の危険を感じ取ったのか、阻もうとした氏雅様の側近を力尽くで薙ぎ倒し、勢いもそのままに振り抜いた刀はあやめ様へと吸い込まれていく。



 小雪の愛刀である『白狼』が陽の光を反射して輝き、白く光った刀身が血飛沫を撒き散らす。

 何一つ表情を変えないまま、虚空に舞ったあやめ様の首。



 それが地面へと落ちると何度か弾みながら転がって、大地へその血痕を塗りたくる。

 首を失った体からも血の噴水が沸き上がり、周囲は血の臭いに支配される。



 要人の殺害は、言い訳も出来ない重罪。

 それも他国の要人ともなれば、罪から逃れる方法は一つだけ。



 怒りも顕に向かってくる氏雅様の側近に、小雪が冷たい視線を投げかける。

 一人を殺してしまったのあれば、二人も三人も今更変わらない。



 この場にいる目撃者を全て殺し、痕跡を抹消し、早々に立ち去る。

 未だ現実を認識できていない雅楽や颯など、物の数には入らない。



 氏雅様の側近さえ消せば、全てを無かった事に出来るのだ。

 先程までの、五体満足の状態で無力化しようとしていた時とは違う。



 明らかに躊躇いを捨て去った小雪が、氏雅様の側近に相対する。

 そして――



「そこまでにしていただけますか?」



 刀身に自身の霊力を流し、振り抜こうとしていた小雪の手。

 そのまま振り抜けば、確実に氏雅様の側近達を絶命させたであろう死の宣告。



 けれども、それが現実になる事は無かった。

 有り得ない事に、あやめ様が小雪の手を握って動きを止めている。



「もう十分でしょう。互いに話をしませんか?」



 あやめ様は、何一つ変わらない。

 小雪によって絶命させられたはずなのに、その余裕の笑みも、まるで意に介してすらいない佇まいも――。



「まやかし⋯⋯」


「少し、違うのですけどね。それより争う相手を間違えていますよ、悠月殿」



 そう言うとあやめ様は無言で手をかざし、氏雅様の側近達の行動を制する。

 軽く手を下に振れば側近達は容易く刀を鞘に収め、この場において刀を抜いているのは小雪だけ。



 もともと、話もろくに聞かずに仕掛けたのはこちら側。

 いや、向こうも不思議な術で待ち伏せをしていたのだから、こちらだけが悪いわけでは無いはず。



 だが、相手が争う姿勢を見せない中でこちらだけがその姿勢を見せ続ければ、悪者はこちらということになる。

 結果的に、誰一人として人死には出ていないのだ。



 あやめ様の方から話し合いを求めているのあれば、この場はまだ取り繕う事が出来る。

 困ったような視線を向けてくる小雪に目配せし、まずは話し合いに応じる姿勢を伝える。



「話が早くて助かります。では――」


「あやめ様の目的は何ですか?」


「⋯⋯話が早いのは良いことですが、せっかちなのは問題ですよ」



 別に話し合いに応じるからといって、向こうの都合に合わせる必要は無い。

 もしも僕らに関係しない内容なのであれば聞くに値しないし、すぐさまこの場を立ち去るだけだ。



「ゆっくりお話したいのですが」


「急いでいますので。手短にお願い致します」



 初めてあやめ様が表情を崩し、困惑したような素振りを見せる。

 その表情は呆れているような、憐れんでいるような、仕方がないといった苦笑いを含んでいる。



「⋯⋯こんなところではなんですし、まずは馬に乗ってください。行く先も目的も同じですから、詳しくは宿でお話ししましょう」








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