私と彼
朝を告げる鳥の囀りを聞きながら、真っ白なレースが施された美しいベッドで少女は目を覚ました。
少女はまだ眠たいのか目を擦り、欠伸をしながらも、身体を起こすと、うーんと身体を伸ばした。
そしてゆっくりと少女のものにしては大きすぎるそのベッドから降りると、可愛らしく飾り付けられたこの部屋には不釣り合いな鉄格子の嵌められた窓の傍にそっと近づくと、鉄格子の隙間から僅かに見ることの出来る美しい庭園を悲しげな表情で眺めた。
少女はしばらくそうして庭園を眺めていたが、不意に部屋の鍵を開けようとする音が聞こえ、少女は急いでベッドに戻ると、まさに今起きたという風に眠そうなふりをしながらベッドに腰掛けた。
すると少女がベッドに腰掛けたすぐ後に部屋の扉が開かれ、虚ろな目でにこりと怪しく笑いながら男が部屋へと入ってきた。
男は真っ直ぐに少女の元へと向かうと、彼女を優しく抱き締めた。
『おはよう、デリア』
少女・デリアはそんな彼の様子ににこりと笑うと彼を抱き締め返した。
『おはよう、パパ』
デリアがそう言うと、彼の父であるカイルはほっとしたように息をつき、デリアを抱えてベッドから降ろすと、そのまま部屋の壁に立て掛けられた姿見の前まで連れていき、そっと壊れ物でも扱うかのように丁寧にデリアの服を脱がせ始めた。
しかしデリアはそんなカイルの行動に抵抗することも無く、まるで可愛らしいお人形であるかのようにされるがままに着替えさせられていた。
『デリア、今日はこの服でいいかな?』
『ありがとうパパ、私その服大好きなの』
楽しそうにデリアの服を選ぶカイルの問いにデリアは感情を込めずにぶっきらぼうにそう答えたが、カイルは気にしていないのか、嬉しそうに微笑むと、デリアにその服を着させた。
そして着替えが終わると、カイルはデリアの手を引き、鏡台の前に座らせると、全く寝癖のついていないデリアの美しい金糸の髪を優しく梳かし始めた。
デリアはそれでも何も言うことなく、大人しく髪を梳かされており、ただ鏡に映る自身の顔を虚ろな目で見つめていた。
しばらくしてデリアの髪を梳かし終えたカイルは再び、デリアの手を引くと、部屋の隅に置かれている金の柵で覆われた美しい檻の中へとデリアを連れていった。
まるで鳥籠のような造りのその大きな檻の中には、ちょうどデリアが使うのにちょうどいいであろう机と椅子が用意されており、またデリアが退屈しないようにと机には何冊かの本が置かれていた。
デリアは促されるままにその檻に入り、大人しく椅子に腰掛けると、カイルは嬉しそうに微笑み、その檻に鍵をかけた。
『デリア、ごめんね』
『どうしたの、パパ?』
『本当はこんなことしたくなんてないんだ…でも…』
『分かってるわ、パパ』
檻の外からデリアを眺め、悲しげに顔を歪めたカイルにデリアは座っていた椅子からすっと立ち上がると、柵の隙間からカイルの方へと手を伸ばし、その顔を優しく撫でた。
『ありがとう、デリア…それと…』
『なに?』
『またアイツらがなにか企んでるみたいなんだ…それで母様が…』
『私はここに居るから…いってらっしゃいパパ』
『デリア』
デリアがまたカイルの顔を撫で、悲しそうにそう告げると、カイルはふっと表情を暗くすると、デリアの頭を優しく撫で、怪しく笑った。
『もうすぐだからね、デリア』
『……』
『デリアは絶対に誰にも渡さないから』
『ありがとうパパ』
虚ろな目のまま怪しく笑いそう告げたカイルにデリアがそれがまるで幸せであるかのように笑うと、カイルは安心したように微笑み、きちんと檻などの鍵を確認したあと、部屋の鍵を閉め、部屋を後にした。
カイルがいなくなるとデリアは深い溜息をつき、しかたないとでもいうように再び椅子に腰掛け、置いてあった本を読み始めた。
それからどれくらいたっただろうかいつの間にか机に頭をあずけ眠ってしまっていたデリアはガチャりと部屋の鍵が開く音で目を覚ました。
デリアはカイルが戻ってきたのだろうと思い、作り笑いを浮かべ、扉が開くのを待ったが、扉が開かれ部屋に入ってきたのはカイルではなく、デリアもよく知っているここにいるのがありえない人物だった。
そして部屋に入った少年は少しばかり何かを探すようにきょろきょろと辺りを見渡したが、檻の中にいるデリアを見つけると、急いで駆け寄ってきた。
『デリア!』
『イリイア?どうしてここに?』
『あの子を使ったんだ』
『…パパは?』
『今あの子と殺りあってるだろうね』
駆け寄ってきた少年・イリイアの姿にデリアも檻の柵の傍によると、柵越しにイリイアと抱き合い、しかしイリイアの告げる現状に悲しそうに顔を歪ませた。
『デリア、今ここ開けるから』
『……』
イリイアは悲しそうに歪んだデリアの顔に自身も悲しくなりながらも、急いで檻の鍵を開けると、デリアを檻の外へと連れ出し、優しく抱き締めた。
『やっと会えた』
『ずっと会いたかった』
『もう離さないよ』
『でもどうするの?パパがいたら…』
そう言って不安げな顔をしたデリアにイリイアはデリアの額にそっと口づけ、デリアを落ち着かせると、すっと立ち上がりデリアに手を差し出した。
『ここから逃げよう』
『えっ?』
『もうすぐここは無くなる…だから…』
『でもっ…パパは…?』
『神々はみんな死ぬよ。僕のパパがそれを望むから』
『……』
イリイアの言葉にデリアは黙り込んでしまったが、しばらくすると覚悟を決めたかのように顔を引きしめ、イリイアの手を取った。
『行こう、デリア!僕達の世界に!』
『うん』
そうしてデリアが頷くと、二人は互いの手を握りしめたまま走り出した。
そして今まさに行われた少年による神殺しなど知らぬかのように、振り返ることもせず、二人は崩れゆく楽園をあとにした。