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神様から取り上げて  作者: 司弐紘
第二章 夏 ~神様のとっておき~
8/20

 太陽が少し西に傾き始めている。いつもの日曜日なら、ちょうどフリューの待つ教会に辿り着いた辺りだろうか。それとも、もう一週間の報告を始めている頃なのかも。

 自分でも未練だなぁ、思いながら僕は太陽を見上げながら歩いてゆく。

 これから先のことを考えると、少しばかり気も重くなるのだが、丘を渡ってくる風は十分に心地よかった。

 気が重いのは、レオナルドにマリーカの相手をするように言われたからだ。正直、日頃いつも顔を合わせているマリーカ相手に話すこともないし、一緒に遊ぶとなったら、なおさら何をしたらいいのか思いつかない。

 けれどレオナルドは僕の絵のお師匠様で、しかもいいものをくれるという。

 そんな人に言われれば、マリーカと遊ぶのも仕方がない。

 僕は先程とは逆に丘を越え、あの泉の場所に目を遣った。もちろん泉は見えなくて、こんな平野には不釣り合いなほどの、鬱蒼とした木の塊があるだけだ。

 黒い森からはぐれ出てきた迷子のようにも見える。

 その森の手前、傾きかけた太陽が作る木陰におかみさんがいる。みんなで昼ご飯を食べた場所だ。

 でも、マリーカがいない。

 どこにいるのだろうと、探しながら木陰まで近付いていくけれど、その途中でも見つからない。

 おかみさんは、刺繍の途中でうつらうつらと居眠りをしていた。

 実におかみさんらしいと僕は肩をすくめるが、この陽気じゃ仕方ないだろう。

 改めてマリーカを探すと、木々の向こうからなにやら水音が聞こえた。

 なるほど泉の方にいるらしい。

 僕は木の隙間を抜けて泉の方へと向かう。

 すると、すぐにマリーカは見つかった。葉の隙間から降り注ぐ光の中で、泉の畔に座り込んで、物凄くつまらなさそうに水面をちゃぷちゃぷと指先で揺らしている。

 その姿は本当に寂しそうだった。

 普段のマリーカと違う、何処か大人びた表情に僕は少しだけドキリとして、マリーカを放っていたことを後悔する。

 それで声をかける時に、思った以上の大声になってしまった。

「マリーカ!」

「ひゃ!!」

 僕が声をかけた途端、マリーカは僕以上の声を上げて飛び上がり、

 バッシャーーーン!!

 と、泉の中に落ちてしまった。

「っちゃ~~~~」

 僕は慌てて、泉の縁まで駆け寄った。

「何やってるんだよ、大丈夫か?」

 この陽気なら風邪を引くこともないだろう。服は放っておいても乾く。あとはとにかく泉から引き上げれば……

「いきなりなんなのよ! 驚くでしょ! 男同士の話があるんじゃなかったの?!」

 マリーカは泉の中に座り込んだまま、いつものように僕に文句言ってきた。

 でも僕はそれどころではない。

 水に濡れたマリーカの服が、その大きな胸にぴったりと張り付いていて、僕はそこから目が離せなくなっていた。

 マリーカの胸は大きいだけじゃなくて形もよくて……

 ……じゃなくって!

 僕は慌ててシャツを脱ぐとマリーカへと放った。

「な、何?」

「透けてるんだよ馬鹿! それ着てさっさと上がってこい。夏だと言ってもそのまんまじゃ風邪ひくぞ」

 僕の言葉に、マリーカは自分がどんな状態なのか気付いたみたいで、慌てて胸元を僕のシャツで隠す。

「見たわね! このすけべ!!」

「だから、見ないようにシャツを渡したんだろう! 怒鳴ってないで早くあがれよ。乾かせば見えなくなるんだから」

 僕がそう怒鳴り返すと、さすがのマリーカも自分の非を認めたのだろう。ザブザブと水をけっ飛ばしながら、泉から上がってくる。

「タオルがあればいいんだけど、おかみさんは寝ちゃってるみたいだしな」

「いいわよ。ハンスが言う通り、乾かせば済む話だもの、今日の日差しだったらすぐに乾くわ。とにかくここを出ましょう」

 マリーカの言葉に僕はうなずくと、先に立って木の合間から抜け出した。その後にいつものようにマリーカが付いてくる。

 先に抜け出した僕は、服を乾かす場所を探して、いい場所を見つけた。

「あの丘の上まで行かないか。あそこなら親方とレオナルドの釣りも見れる」

 もちろん振り返ったりはしない。

「別に父さんの釣りはどうでもいいけど、確かにあそこなら早く乾きそうね」

 マリーカは文句を付けながらも同意して、今度は僕の先に立って丘を登り始める。

 僕はその後に続きながら、空を見上げた。

 白い雲が風に吹かれて、ゆっくりと流れていた。

 僕は思う。

 あの雲もきっと白だけでは描き出せない。どんな色が必要だろうか。

 赤? 黄? 緑? それとも、やっぱり青だろうか。

「ハンス~~~~!!」

 丘を登り終えたマリーカが丘の上から僕を呼ぶ。

 僕は慌てて丘を駆け上った。

 駆け上って、親方とレオナルドの姿を探すと、二人ともさっきの場所にはいなくて、別の場所に移っていた。

 なるほど、随分真剣になっているみたいだ。

 マリーカはそんな二人には興味がないと言わんばかりに、二人に背を向けるようにして腰を下ろす。

 僕はそんなマリーカを見て、ため息をつきながら背中合わせに腰を下ろした。

 すると肩越しに僕のシャツが帰ってくる。僕はもぞもぞとそのシャツを着た。

「マリーカも見ればいいのに、二人で勝負してるんだって」

 どうして勝負しているのかという理由は言わないでおく。

「勝負? 父さんってばすぐむきになるんだから」

「そこはマリーカに似てる。あ、この場合はマリーカが親方に似てるのか」

 背中越しに、マリーカが怒り出しそうな気配を感じたけれど、結局マリーカは何も言い返してこなかった。

 そして、そのまま二人で雲が流れるのをボーっと見つめる。

「……どうして?」

 マリーカがいきなり訊いてくる。

「え?」

「どうして、あたしなんかと付き合ってくれてるの?」

 レオナルドがいいものをくれるから、と正直に言うほど僕は馬鹿じゃない。それにそんな理由はもうほとんど僕の中に残っていなかった。

 一人で泉の畔にいたマリーカ。

 その姿を見た時に、僕は何とも言えない不愉快な気分を味わった。

 それは誰のせいでもなくて、きっと自分自身のせいだ。

 ここ最近、僕はマリーカの顔を見ていなかったことに気付いた。そして、いつも僕のあとを付いてくるマリーカがどんな表情をしているかなんて考えたこともなかった。

 僕はレオナルドの言う通り、マリーカの心に痛い思いをさせていたのかもしれない。

 そう思うと、今日のぐらいはマリーカと一緒にいようと、そんな風に自然に考えることができた。

「別に、なんとなくだよ」

 僕はそう答えてやった。

 背中の気配で、マリーカが背中を丸めたことに気付いた。

 けれど僕は何も言わない。マリーカがもう一度声をかけてくるのを待った。

「……じゃあさ」

「ん?」

「さっき空をずっと見ていたのはどうして?」

 いつの間にか見られていたらしい。一瞬ごまかそうかとも考えたけど、嘘を付くほどたいそうな理由があるわけでもない。僕は正直に答えることにした。

「あれは空じゃなくて、雲を見ていたんだ」

「雲を? どうして?」

「どんな色を使って描こうかなって」

 その言葉に、マリーカが顔を上げたことに気付く。

「描くって、絵を描くって事?」

 レオナルドさんが話したのだろう。マリーカにしては勘が良すぎる。

「そう」

 僕は観念して、短く返事をする。するとマリーカがまたも背後で動く気配。僕の首筋にさらさらと髪の感触。多分空を見上げて、雲を確認しているのだろう。

 そして、しばらくして帰ってきたマリーカの言葉は、

「それでも、雲は白よ。決まってるじゃない」

 という、あっさりしたものだった。確かに絵を描き出す前の僕なら、それで終わっていただろう。でも、今の僕はもう、知っているのだ。

 この世界に、一つの色だけで出来ているものなんか一つもないのだということを。

 僕は少し自慢したくなって、さらにマリーカに尋ねる。

「じゃあさ、この丘は何色だと思う?」

 背中越しに、マリーカの動く気配。

「緑よ」

「でも、それを絵に描こうとすると緑一つじゃすまない。色んな色を混ぜるんだ。だからあの雲もきっと白一色だけじゃない」

 そうしてマリーカの肩に頭を預けるようにして空を見上げる。すると、頭の横でマリーカも僕の肩に頭を預けて空を見上げ始めた。

 そうして、二人して空を見上げる。

「……やっぱり白だけよ」

「絵に描こうとすると、違うんだって」

「絵、描いてるんだ」

 マリーカが尋ねてくる。いや、尋ねると言うよりは確認だ。マリーカは僕が絵を描いていることを確信している。それを知られるぐらいは良いのだけれど……

「いつも日曜日は、絵を描いてるんだ」

 さらに核心をついて、マリーカが尋ねてくる。

 僕は言葉につまった。

 このまま行ったら、きっと、

「あたしも絵を描いているところが見たい」

 とか言い出すに決まっているからだ。しかも、これは僕が今返事をしなくても、すぐにでもマリーカは言い出しそうなことだ。

 どうやって、断ろうか。

 僕は、もうそれを考えることに必死になって、次のマリーカの言葉に不用意に答えてしまった。

「父さんとレオナルド、何かを賭けて勝負してるでしょ」

「うん、今晩のお酒代」

 はっきりと言い切ってしまってから、僕は自分が何を口走ったのかに気付いた。

「へぇぇぇぇぇ」

 マリーカはもの凄く低い声で、感心したように声を上げると、すっくと立ち上がった。

 そして、おかみさんのところに行こうとする。

 僕はそれを必死なって止めて、結局そんなことを街に帰るまで続けた。

 ――そしてそれは、思った以上に楽しい時間だった。


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