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バッカス王国の物語

異世界紀行:シラカンバ山脈

作者:


 今回の旅の目的地はシラカンバ山脈。


 そこにある野営地に滞在し、仕事をする。


 シラカンバはヴィントナー大陸の北東にある山脈の一つだ。ただ、山脈と呼ばれているものの、連なる山々は高山は少ないため、道中は然程、進みにくい場所ではない。


 ただ、魔物は出る。


 魔物はこの世界においては都市郊外には大抵、どこにでも生息している。それはシラカンバ山脈も例外ではなく、道が険しくなかろうと魔物が出れば命の危険はある。


 魔物は通常の獣を遥かに可愛げなくした存在であり、人を見ると襲ってくるという狂犬じみた行動原理のものたちだ。話し合いの余地などない。


 我々の旅も魔物に数度、阻まれている。


 ただ、阻まれてこそすれ犠牲者は出ていない。


 我々冒険者は魔物と戦い、殺すのを生業としている。魔物相手の戦闘は慣れ親しんでいる。出来ることなら戦わず、楽に済んだ方がいいのだけれどそこは仕方がない。


 今も魔物に襲われ遭遇戦となり――終わったところだ。


「隊長、向こうは片付きました」


「そうか。では解体して肉を持てるだけ持っていこうか」


 魔物の肉は美味い。もちろん種類によるが、いま倒したものは猪型の魔物であり、10メートルを超える巨体の持ち主だ。食いごたえがある。


 私に報告に来た副長が肩をすくめつつ、「目的地はすぐそこですよ」と言ってきた。解体作業をするのが面倒くさいんだろう。さっさと野営地入りしたいんだろう。


 それをなだめ、解体作業を促す。


 今日で5日目となる我々の旅は全て野宿。副長に限らず、他の皆も早く野営地入りして「少しはマシな環境で休みたい」と思っているに違いない。


 私もその一人だ。


 都市郊外での野宿は危険だ。夜中、交代で見張りを立てていても魔物の遠吠えに反応して思わず起きてしまう。防壁のある野営地内なら少しは安眠出来る。


 だからさっさと野営地入りしたい。


 したいところだけど……実はここらで肉を手に入れておきたい事情がある。


「せっかく新鮮な肉が野営地近くで取れたんだ。到着したら売って小遣い稼ぎしておこう」


「売り先の当ては?」


「野営地にクルアハン商会の酒場があってね。商会長さんにシラカンバへ行くならついでに幾らか肉を納めておいてくれ、と頼まれててね」


「隊長の都合か……。買い叩かれるでしょ、あそこは」


「だろうね。ただ、皆の宿もクルアハンのを取ってるんだよね」


「土産ついでに半ば強制って事か。うーむ……」


「代金は解体した量と質に応じて十割分配するから、何とかお願い」


 こう言うと現金なもので――貰えるのは小遣い稼ぎ程度の金額になるとはいえ――副長以下全員がせっせと解体作業に移っていった。


 冒険者は商会の商会員と違い、多くが個人事業主だ。


 いまは私が隊長を務めているものの、単なる取りまとめ役に過ぎない。


 他の冒険者を今回の依頼のために下請けとして雇っている形だ。


 常に行動している……というか、付き合いが長いのは幼馴染の副長ぐらいで、他は多くて5度ほど仕事を共にした仲。今回初めて組む者すらいる。


 世の中にはもっと組織的で商会に近い冒険者集団クランもあるものの、我々のような仕事に応じて集う流動的な部隊パーティーも少なからず存在している。


 これでもヘマをしなければ年の3分の1は遊んで暮らせる。


 稼げないわけではない。


 むしろ傭兵的冒険者フリーランスであるがために時間の融通は効きやすい。


 冒険者は定休日が無い分、いつ休むかは個人の自由裁量だ。上手く稼いでいるなら半年ぶっ続けで休む事も可能だし、一山当てれば数年遊んで過ごすことも理屈の上では可能だ。


 我々は荒くれ者の集団だが、努力すればそれなりに安定した生活が待っている。


 それぐらい我々が属している国の――バッカス王国の冒険者ギルドは金払いがキッチリしてるし、実力以上に選り好みしなければ仕事にあぶれる事も早々ない。


 今回も冒険者ギルドから振って貰った仕事だ。


 元請けとしてそれを受注した私が――大抵いつも仕事を手伝ってくれる――副長と共に同道してくれる仲間を集め、シラカンバ山脈へと向かっている。


 依頼の内容は魔物の討伐及び巣の破壊。


 いま、シラカンバ山脈には魔物が平時より多く発生している。


 どうも山脈内に繁殖能力の高い魔物が巣を作っているらしく、拠点となる集合野営地到着後は山狩りをしてその巣を潰す予定だ。巣にいる女王を殺し、ある程度雑魚を駆除すれば終わりだ。


 その依頼を完了させるまで、山脈内の野営地に逗留する。


「隊長、解体終わりました」


「そうか、お疲れ。じゃあ野営地に向かおう」


「あー、やっと屋根の下で休める……!」


「酒飲みたいな、酒!」


「討伐は明日からっすよね? 明日に響くほど飲んでいいすか?」


「いいよいいよ、二日酔いになってたら治癒魔術で無理やり治すから」


 多くの冒険者は金が好きだ。


 正確には金によって得られるもの――酒や食事、休日や嗜好品、あるいは家族の幸福が好きだ。そのために働いている。労働の好き嫌いはあれども。。


 仕事は嫌いでも働かないといけないのは仕方のない事だが、時折何かあべこべな気がして頭をひねりたくなる。かくいう私も働くより休むのが好き。金で得られる休日が大好きだ。


 そのためにも働いている。


 そして――趣味と実益を兼ねて――冒険者以外の副業もしている。


 副業というのは紀行書きだ。冒険者稼業の傍ら、各地を回った経験を活かし、ちょっとした紀行を書いている。文才が無いので人気のある紀行では無いが、小遣い稼ぎにはなっている。


 手記に冒険の記録をまとめ、都市に帰ってから本格的に文書として起こし、冒険者雑誌の編集さんに納品している。それが雑誌に載る事で原稿料を貰う事が出来る。


 私は文才は無いし、文筆家として大きな人気も無いが……それでも安定して依頼の来る副業となっている。有り難い事である。


 私のように副業として紀行を書く者は冒険者業界にはそこそこいる。掲載の場は雑誌ばかりではなく、一冊の本として出す者もいる。バッカスは冒険者稼業してる者が最も多いからね。


 ただ、中には大げさに書いている紀行がある。


 一般に好まれるのは派手な冒険譚であり、紀行であっても事実と反する大げさ描写をしたものには需要がある。バッカス冒険者の書く紀行はそういう物の方が主流だ。


 もちろん、脚色する事に対して批判はある。


 紀行に書かれている事が100%真実と信じた読者が冒険者として彼の地に赴いた時、真実と異なる現実を前にして苦労する事がある。命の危険に晒される事さえある。


 しかし読み物として楽しむ場合、大げさで派手な方が面白い事から脚色する紀行作家は跡が絶えないのが現状だ。文章で人を殺しても裁かれないからね……。


 私は出来るだけ真実を書く。


 自分の目で見て、感じた真実を書こうとしている。


 おかげで大衆文学としては面白みに欠けるものになっている。原稿料もそう多くない。


 ただ、編集さん曰く「真実を書いているからこそ、堅実な活動をしている職業冒険者さん達にはウケがいいですよ」という言葉を貰ってる。


 時折、「アンタの紀行、楽しみに読んでるよ」と言ってくれる同業者が――本当に時折――いるので、100%お世辞というわけでは無いんだろう。そう思いたい。原稿料はそう多くないけど。


 小遣い稼ぎの副業とはいえ、安定して原稿料を貰えるだけ幸いだ。


 何より書き物は嫌いじゃない。むしろ好きだ。


 紀行を書くために各地を回るのも好きだ。大好きだと言っていい。


 本業もあるから収入面でも大して困ってない。細々とでも続けていけたらなぁ、と思っている。


 家の中でぬくぬくと書き物したい時もあるけど、紀行を書いているがゆえに実際に現地に赴かなくてはならない。卓上だけで出来てしまえば楽だが、それはもはや紀行ではない。


 一番好きなのはダラダラと休日を過ごすこと。


 だが、本業である冒険者稼業も嫌いではない。魔物と命のやり取りをする必要はあるが、その分、お金が貰えるから別にいい。


 現地に赴くからこそ得られる「楽」もある。


 そんな事を考えながら、野営地に足を踏み入れた。


 山狩りのため、しばらくここに逗留する事になる。


 本業ついでに紀行を書くための取材活動をしよう。



 シラカンバ山脈には特殊な植物が生えている。


 その植物の名は宝樹。


 幹が天に向かって真っ直ぐと伸びている樹なのだけど、その大きさは他の植物の比ではない。


 現在いまの宝樹の大きさは幹の太さが300メートル。全高は3000メートルを超えている。


 巨体を支えるために根まで太く長く、枝葉に関してもそこらの木の幹より大きなものがついている。とにかく何もかもが規格外の巨大樹――それが宝珠だ。


 単に大きなだけではなく、宝樹と呼ばれるだけの理由もある。


 宝樹は金になる。


 木枝が真っ直ぐ伸びている事から建材として優れている。あまりにも大きいために幹の一部だけでも建物一つが出来上がるほどだ。


 金持ちの中には宝樹の幹を贅沢に使った削り出しの家屋を本邸なり別邸とし、裕福さと豪胆さを示す権威ステータスとして求める者すらいるほどだ。


 ただ、これは本当に贅沢むだな使い方。


 宝樹の真価は別にある。


 あの木の枝葉は魔術の良い媒介になり、ほぼ全ての国民が魔術の才気を持っているバッカスでは魔術関係の資源として尊ばれている。


 武器防具の素材としても優秀で、装備に金をかける戦士や冒険者は木材を使う場合、宝樹由来の物を好む者も少なくない。もちろん他にも良い素材はあるものの、最高の道具を作るための材料として名が挙がるうちの一品である事は確かだ。


 葉の一枚一枚も当然金になる。こちらは薬の材料として使われる事もあるが、主流は葉を繊維に加工する事が多い。この繊維は単なる衣服ではなく、防具の材料にもなる。


 宝樹最寄りの野営地には――いま我々がいる野営地にも繊維工房があり、そこで宝樹の葉が加工され、都市へと運ばれていっている。


 木枝に関しても野営地内で加工する事もあるが、これに関しては宝樹の根元近くにある河を流し、最寄りの都市まで船のように運んで都市内そこで加工する事が多いそうだ。


「言わば、宝樹アレ一つで林業が出来ている状態だね」


「ふぅん……」


 宝樹の様子を見つつ、副長にアレコレと事前に仕入れていた基礎知識を披露したところ、気の無い返事が返ってきた。そんな副長の視線は宝樹から運ばれてくるものにあるようだ。


「あのデッカいのは……木の実?」


「そう。宝樹の果実だよ。赤々とした色づいた林檎みたいで美味しそうだね。あれは塗料として加工される事が多いみたいだねぇ」


「味はどうなんだろう?」


「少しわけて貰おうか」


 加工で出た屑が貰えた。


 我々が野営地近隣の安寧のためにやってきた事もあり、「これぐらいならあげるよ」と討伐隊全員分をタダで貰えた。役得役得。どうせ加工屑は捨てるだろうしね。


 さて、お味の方は――。


「「「「「まっず!!!!!」」」」」


「うん、不味いね。話には聞いていたけど本当に渋い……いや、ゴムみたいな味だね? 瑞々しく溶けたゴムのドロっとした感触が口内を駆け巡る」


「おい隊長! この実が不味いの知ってたのかよ!?」


「うん。紀行のための予備知識として」


「ちょっと、肩でいいから出せや。殴らせろ」


「いや、不味いとは聞いてたけど伝聞だけではわからない事が――」


 隊の皆に一発ずつ肩を殴られた。


「いたぁい。私相手でも容赦ない。見て、二の腕に少し痣が……」


「ごめんね。治癒魔術かけてやるよバーカ!」


「混沌とした労わりだ」


「おい、隊長コイツ置いて酒場に行こうぜ!」


「「「「「賛成さんせー!」」」」」


 副長以外、みんな行ってしまった。さびしい。


 行ってしまったとはいえ、ついでに解体した魔物肉を納めておいてくれるよう頼んだ。間違いなく買い叩かれるが逗留中の宿はそこそこ快適になるだろう。

 

「副長も飲みに行っていいんだよ?」


「賑やか過ぎるのは嫌いだから。……知ってるでしょ?」


「そういえばそうだね」


 夕暮れの中、幼馴染の副長の横顔を見ながら頷く。


 ほんのり夕焼けに照らされた銀髪エルフの少女の横顔は、綺麗なものだった。銀の長髪が山風に揺られ、涼しげに揺れている。絵になる子だ。


 紀行の挿絵として写生スケッチしたくなったが、私がまじまじと見るのは嫌がるので出来ない。まあ人物画を差し込むのも紀行用としては適していないように思う。


 容姿以外にも冒険者としての腕っ節もいい。細腕だが戦鎚を振り回し、魔物の頭蓋を粉砕する様にも華やかさがある。ちょっとばかし暴力的バイオレンスかもしれないけど、美と両立出来るものだ。


 幼馴染としてのひいき目以外にも、いくつかの有名冒険者集団から誘われている事が実力の証左になると言っていいだろう。


 確かに実力はある。


 になれるかもしれないぐらいに。


 実力はあるくせ好待遇の誘いを断り、毎回と言っていいほど私の冒険しごとについて来てくれるのは少し首をひねりたくなる。引く手数多の子なのにね。


 一度なぜ他の誘いを断るのか聞いたら、なぜか顔を赤くして怒られた事がある。何かしら逆鱗に触れてしまったのだろう。申し訳ない事をした。


「……あんまりジロジロ見ないで」


「ああ、ごめん。相変わらず綺麗だなぁと思って」


「…………その軽薄な口を閉じなさい。私は理解ある幼馴染だから見逃してあげるけど、そういう歯が浮く台詞を他の女に言ったらグーで殴るわ」


「歯が浮くって面白い言い回しだよね。最初に言い出した人はどういう発想で――うん、うん、ごめん、口を閉じます。だから手を下ろして?」


 軽く腕を振り上げられたので両手を上げて降参の意志を見せる。


 私と違って実力派冒険者の女の子なので、殴られると実際痛い。小さな頃はもっと泣き虫で、近所のいじめっ子にエルフの長耳に洗濯バサミを挟まれては「おね゛ぇ゛ちゃーん……!」と言いながら私に泣きつきに来てたのにね。


「強い子になって欲しいとは思ってたけど、これほどとは……」


「何か言った?」


「何でもございません。あ、すみません、コレくださーい」


 野営地内の露店で果物を買う。


 二つ買い、お詫びも兼ねて一つを副長に差し出したものの「うげっ……!」と呻かれて、手を引っ込められた。


 見た目が良くなかったかな。


 渡そうとしたのはさっきの宝樹の実が手のひらほどに小さくなったものだから。


「それも不味いんでしょ?」


「美味しいよ。これは伝聞ではなく、実際に食べた者の感想だよ」


「私にとっては伝聞でしょ?」


「確かに」


「まあ、伝聞で終わらせたくないなら自分で手を出さなきゃ……よね」


 食感は林檎そのもの。


 ただ、味は柑橘系。レモンに近いけど、あれよりも酸味が弱くサクサクと食べる事が出来る。都市郊外を歩き続け疲れた身体に染みる味だ。


 副長は宝樹の実の件もあり、大きさはともかく見た目はよく似ているこの果実を警戒していたが――やがておっかなびっくり食し、口に手を当て驚いていた。


「あ、これ好き……」


「さっきよりずっと美味しいでしょ」


「うん。そっか、見た目が似てるだけで全然違う果実なんだ」


「実は同じだけどね」


「……どういうこと?」


「いま食べたのは玉樹と呼ばれる樹の果実なんだ」


「玉樹」


「玉樹は高くても3メートルほどの木で、実る果実もフツーの林檎と同程度のもの。宝樹とは大きさが全然違うけど、見た目は結構似てるんだよね」


「実は宝樹は、玉樹が巨大になったもの……とか?」


「正解」


 元は同じ木であるものの、巨大化して宝樹と呼ばれる事で性質が代わりって建材や素材として尊ばれる一方、果実の味は不味くなる。それが宝樹である。


 いわば玉樹は宝樹の子供だね。正確には違うけど。


「何で巨大化そんなことが起こるの?」


「レイラインの影響らしいね。この辺りの固有種である玉樹のうち一本、あるいは二本がレイラインの力を吸って短期間で巨大化するみたいだよ」


 そうして巨大化した玉樹――もとい宝樹を人間が切り刻んでいるうちに木が死に絶え、次の玉樹が巨大化を始めて宝樹になるそうだ。


 大きくなり始めると一週間ほどで今の大きさになるらしいから代替わりの光景を観光として見にくる人もいるそうだ。羨ましい。目まぐるしく成長していくんだろうなぁ。


「死ねば代替わりするなら、巨大化した時点で切り倒して殺せば?」


「ところがどっこい、完全に死んだ時点で宝樹は単なる木と大差の無い素材価値になる。建材としてならともかく、他の用途に使えないから出来るだけ大事に切っていくんだってさ」


「なるほど……面倒くさい」


 既に切って建材や素材として使われているものまでは死なずとも、切り倒した巨大樹の中から「生きている部位」を取り出すのは相当な苦労だ。全てをどうこうするのは厳しいし金がかかる。


 面倒くさいけど、宝樹はそれに見合う利益をもたらしてくれている。


 この野営地は宝樹林業関係者が集っている。宝樹売買で稼ぐ彼らはその利益で人を雇って宝樹伐採をさらに効率的に行っていく。


 我々もそうして利益が出るからこそ討伐隊として雇われ、成功すれば報酬を得て食いっぱぐれずに済むわけだ。有り難い事だね。


「つまり宝樹は世界各地にあるレイライン影響資源の一種という事。グラーヴ周辺にやたら生えてる木と同じようにね」


「ふうん」


「ちなみに宝樹根元の河で切り出した木材等を運んでいるわけだけど、あそこの運搬は外注らしいね。確かブロセリアンド士族が一手に運搬を担ってる筈」


「へえ」


「帰りは運搬に便乗させて貰って川下りで帰ろうか。きっと楽しい。早く帰れるし歩かないで済むから楽でもある。切り出した木材を筏にして帰れるんだよ~」

 

「仕事が上手くいけばいいけど」


 肩をすくめた副長の言葉に同意する。


 確かに、仕事が上手くいかず――仮に死んだら川下りどころではない。それは楽しくない。


 川下りは初の経験なので楽しみだ。


 出来れば、ここで他にも見たい光景があるけど――。



「ねえ」


「ん?」


「そういえば……何でこの野営地って宝樹の根元に作らなかったの?」


 副長の言う通り、この野営地は宝樹の根元に無い。


 野営地そのものは宝樹の全景が見えるほど離れた場所にある。シラカンバ山脈内にある山の一つの天辺を切り崩し、作られている。


 宝樹と野営地の間には特殊な金属線がいくつか張られ、索道ロープウェイにより行き来するようになっている。重量物の運搬は歩行かちで行うものの、林業関係者の行き来は索道で行う。


 副長はもっと近くに野営地がある方が楽なんじゃないか、と言いたいんだろう。


 実際その通りだ。


 ただ、巨大樹の木陰に野営地を構えられない事情も存在している。


「野営地を根本に構えないのは、二つの事情があるんだ」


「ふたつ?」


「一つは宝樹の根元付近は命の危険があるという事」


「魔物がいるの?」


「少し違う。答えは根元――と言うか木陰を観察するとわかる」


 副長は首を傾げつつ、再び宝樹を見た。


 そしてその木陰にあるに気づき、「ああ」と息を漏らした。


 彼女が見たものは地面に突き刺さる巨大な物体だった。


「落下物があるんだ」


「そういう事。宝樹は全高スケールが大きすぎてねぇ……」


「枝一本が折れて落ちただけで、大惨事になりかねないわけだ」


「フツーの建物なんてペチャンコにしちゃうぐらいにね」


 宝珠の木陰に突き刺さっているもの――宝樹の枝を見る。


 500メートルほどはありそうな巨大な枝がほぼ垂直に大地に突き刺さっている。宝樹は幹どころか枝も巨大な代物なのだ。


 幹そのものは根によりしっかりと立っているものの、本来ありえない成長をした所為で横に伸びている枝は自重を支えきれなくなり――ポッキリ折れるという事が発生するらしい。


 数日に一本ずつほどバキバキと折れて落ちるそうなので、滞在中に見る事があるかもしれない。落下するところだけではなく、新たな枝が性懲りも無く伸びていく様も。


「枝、全部落とせば?」


「それすると光合成が出来なくてね……」


「ホントに面倒くさい……。まあ、あの木も好き好んで大きくなったわけじゃないだろうから……むしろ可哀想だと思うべきなのかもだけど」


「そうだねぇ」


 落下物があるため、宝樹の木陰は危険地帯。


 下で作業する場合は常に落下物監視員を設け、落ちてきたら急いで避けたり逃げたりするらしい。人はまだ何とかなるんだけど定住は困難なわけである。


 幹に横穴を掘り、そこに暮らすという方法もあるものの、あまり掘りすぎると宝樹が死ぬので離れた場所に野営地を設けてるわけだね。


「落下物で一番怖いのが葉っぱらしいよ」


「枝の方が大きいのに?」


「いや、一気に数枚落ちてきたり、軌道が読みづらかったりしてね……当たるだけならまだいいんだけど、当たりどころ悪く首が飛んだ事例もあるんだってさ」


「葉っぱ大切断カッター……」


「葉っぱといえば、地面に落ちた繊維加工用の葉を拾い集める人夫を募集してたよ。それなりに高報酬だからやってみる? 死亡保障なしだったけど」


「遠慮しとく。……もう一つの理由は?」


「宝樹の根元、あるいは上方で暮らしていると人間狙いの魔物が来やすくなるから定住を控えてるんだ。過去に火竜が来て人魔の戦闘に巻き込まれた宝樹が全焼した事があるんだって」


「木にとってはとんだとばっちりね」


「私は燃えてるとこ見たかったよ」


「何で」


「アレだけ巨大な木が燃え散る光景は幻想的な光景だろうからね。きっと、他ではお目にかかれない豪快な焚き火になるよ。今夜あたり燃えてくれないかなぁ……」


「ワクワクしながら物騒な事を言わないで」


 ワクワクもするよ。


 私が冒険紀行を書き始めたのは、人の紀行を読んだのがきっかけで――その紀行には宝樹が燃え盛る光景に関しても書いていたんだ。


 バッカスでも名の知れたオークの冒険者、フェルグス公の奥さんの一人が夫の冒険についていきつつ記した大冒険紀行。私の愛読書バイブル


 とてもとても面白くて子供の頃は貪るように読み漁り、今でも自宅に全巻キッチリ揃えている。新刊も買い求め続けている。


 フェルグス公の大冒険紀行の良いところは単に派手な大冒険をするだけではなく、脚色無しで記されている事だ。だからこそ私もそれに倣っている。


 書き記している奥さんは「脚色しなくても面倒ごとを引き起こす夫」と呆れた様子で記していて――本当に誇張していなかった事を自分が冒険者になって、知ることになった。


 今回の旅もの大英雄の足跡を辿るものだ。



 私は、英雄になんてなれなかった。


 平々凡々の人に過ぎなかった。


 子供の頃は純粋に大英雄フェルグスに憧れ、大人になって冒険者稼業の現実と自分の限界を知った。英雄への道を諦めた夜、少しだけ泣いた。


 憧れに焼かれて地に落ち、現実を知ってなお……今こうして冒険者を続けている。


 全てに絶望したわけではない。


 現状にも楽を感じている。その一つが大英雄の紀行を辿る事。自分の眼を通して見る英雄の見た世界は書物で見た以上の感動を与えてくれている。


 楽な事ばかりでない。


 冒険者稼業は命がけであり、道無き道が広がっている都市郊外を行く旅は心身共にヤスリをかけられるようなもの。魔物との戦闘も一筋縄ではいかない。


 それでも、私は今の仕事を続けている。


 嫌々ではなく、まだ見ぬ世界に胸おどらせながら。


「ここに来れて良かった」


「まだ仕事が終わってないのに?」


「宝珠が夕陽を隠し、その光を木漏れ日としてチラつかせる様が綺麗だからねぇ……。擬似的に燃えているよう見える光景を拝めるのが、たまらなく嬉しい」


「……まあ、悪くはないかも」


 そう言う副長は私の顔をじっと見下ろしてきていた。


 昔は私より背丈が小さかったのになぁ……そこは少しだけ悔しいね。



「あとは宝樹に登れたら言うことないね!」


「登らせて貰えるものなの?」


「基本、関係者じゃないとダメだねぇ」


 我々はあくまで雇われ冒険者。


 こうして眺めていられるだけでも嬉しいけど、できる事なら――宝樹を見るばかりではなく、宝樹の天辺から世界を見渡してみたかった。紀行にも書かれていた景色だから。


 フェルグス公が見た天上の景色。


 それを、自分の眼で見てみたかったけど……今回は無理だろう。


 だけど、いずれ至ってみせる。


 英雄としてではなく、凡たる人の子のまま……いつか、宝樹林業関係者なり国の政務官と懇意になって「ちょっと登らせて」とお願いしよう。セコいけど、これが私なりの生き方だ。


 英雄と同じ道を歩むのは難しい。


 だから、自分にあった過程みちを選んでいこうと思う。


「さて、私も皆に合流して少し飲もうかな? 宝樹の実は不味いけど、玉樹で作られたお酒は中々に美味だからね。現地で宝樹を眺めつつ味あわせて貰おう」


「そう」


「副長も一緒に飲まない?」


「……まあ、一杯だけなら」


 こくんと頷き、ついてきてくれる事になった副長と共に皆のところへ向かう。


 この子も、現状に楽を感じてくれているだろうか。


 私と違って才能ある子なので、私についてきてくれるよりずっと良い道がある筈だ。その辺り、そろそろ腹を割ってしっかり話をしておくべきだろう。


 話をしたうえで、選択は任せる。


 一緒にいると楽しい幼馴染だからね。


 才能を活かして欲しいと思う一方で、一緒にいたいとも思っている。


 それが偽らざる私の本心だ。


 そんな事を考えながら歩いていると、野営地外で拾ってきたと思しき宝樹の葉を抱え持った子達が楽しげに話しながら歩いてる光景を見る事になった。


 若い少年少女の冒険者達みたいだ。


「この葉っぱ、本当に大きいな」


「セタンタぐらいの背丈ならこの葉っぱ一枚で服には困らないねぇ」


「俺は不審者にはなりたくねぇな……」


「旦那にも見せに行こうぜ! 前にも見た事あるだろうけど」


「そうだな。オッサン、いまどこだ?」


「もう飲んでるみたい。酒場でゆったりしてる」


「じゃあこのまま突撃するか」


「「「おぉー!」」」


 宝樹の葉を持ったまま、若き冒険者達が楽しげに駆けていく。


 彼らはどのような道を辿り、どのような大人にんげんになっていくのだろう。大人になる過程でどのような楽を得て、どのような気持ちを抱くのだろう。


 私は未来の見えない凡人なのでわからない。


 ただ、今のところは目的地は同じ酒場のようだ。



「私達も行こうか」


「うん」



 いざ、まだ見ぬ地平せかいへ。




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