星降る夜に……
思い付きでばーっと書いたので色々と穴はあります。
軽く読み流してください。
読後の苦情は受け付けません
ゴーン
ゴーン
重厚な鐘の音が街中に響き渡る。
「お嬢様」
「……最後の鐘が鳴り終わるまでは……」
「……はい」
街を一望できる丘の上に佇んでいるのは星の光のように煌めくドレスをまとった少女。
彼女の傍らにはメイド服をまとった女性。
ゴーン
ゴーン
ゴーン……
12回目の……最後の鐘の音が夜空に溶けていく。
「お嬢様」
「ええ、わかっているわ。それが『約束』ですもの」
少女の瞳からポロポロと涙がこぼれ落ちては地面に転がっていく。
「さあ、帰りましょう」
涙をぬぐうと少女は静かに丘を後にした。
彼女の名を呼ぶ声に気づかずに……
彼女の待ち人が体のあちこちに切り傷を作り、息を切らせながら駆け上がってくることを知ることもなく。
***
「次!」
「は、はい!よろしくお願いいたします」
王城内にある騎士団の訓練場に響き渡るのは剣のぶつかりあう音と新人騎士たちの荒い息遣い。
「おい、今日のアルタイルどうした?」
次々と新人騎士たちを地面に沈めている騎士の同期が治療を受けている者たちにこっそりと声を掛けた。
「先程、宰相殿がお見えになり隊長に明日のパーティーで小国の姫君のエスコートをするようにと…………」
「は?あいつ、今日の夕方から3日間有休なのは毎年恒例で国公認だろ?」
「はい、我々もその様にシフトを組まれています。ですが、小国の姫君……王妃様の姪御様がどうしても隊長と参加したいとワガママ…………申されたとかで…………」
「ちなみに聞くが、その姪御って…………」
「王妃様の兄君の末娘だそうです」
「あの行儀見習いという名目で居座っているワガママ王女か…………しかし他国の王女が相手では断ることは難しいか」
腕を組み、天井を睨み付ける先輩騎士に新人騎士たちは顔を見合わせている。
「バックレれば?」
一通り特訓という八つ当たりを終えたアルタイルに同期であり親友のメデスが提案するも首を横に振るアルタイル。
「宰相の部下と王女の取り巻きが常に俺に張り付いているから無理」
訓練場の入口を睨みつけるアルタイルの視線を追ってメデスも視線を送ると本人は隠れているつもりだろうけど丸見えの宰相の部下と小国の王女付の護衛騎士(ただし下っ端)が柱の陰からチラチラと見えている。
「宰相殿は金でも握らされてもいるのかね~でもよ、今年がお前にとって最後の試練なんだろ」
「ああ、来年からは自由に会える……はず……」
「お前のオリヒメさんもやっと成人か。5年もよく頑張ったな」
「彼女の父親との約束だからな」
「今年会えなかったらどうなるんだ?」
「婚約は白紙、二度と会えなくなる」
「え?」
「一度でも約束を違えたらもう二度と会えなくなる。彼女は父親が決めた相手に嫁ぎ二度とこの国を訪れることはない」
「おい。なにのんびり構えているんだよ。国王に言えよ」
「陛下に言ったところであの王女が大人しく引き下がると思うか?」
「でもよ……」
「兄上にも協力をお願いしているから何とかなる、いや何とかさせる」
キッと天井を睨みつけるアルタイルにメデスはそれ以上は口を噤んだ。
***
パーティー当日
「おい、アルタイル」
明らかにお愛想笑いが出来なくなっている友人にメデスは深いため息しか出なかった。
「メデスか」
「いつも以上の仏頂面になっているぞ。ここだけ見事にキレーに人がいない」
「ほっとけ」
「それより、そろそろ抜け出す準備をしろ。あのワガママ姫さんは今、殿下達が引き止めてくれている」
「……そう簡単に抜け出せそうもないんだ」
「は?」
「大声を出すなよ。すべての入口にあのワガママ姫の配下がいる。俺が一歩でも会場の外に出ようとするとすぐに飛んでくるんだよ」
「なんだよ、それ……」
ゴーン
ゴーン
重厚に響く鐘の音が11回鳴り響く。
鐘が響くたびにアルタイルの眉間のしわがどんどん増えていく。
「おい、もう時間が……」
「わかっている。どうにか逃げ出す方法を探している所だ」
「なあ、お前ひとりで出ると飛んでくるんだよな」
「あ、ああ」
「なら、俺と一緒なら?」
メデスの提案にアルタイルは大きく目を開いた。
「時間がない、試してみようぜ」
メデスはアルタイルの肩を抱くと、堂々と世間話をしながら入口の一つに向かった。
「なあ、お前のオリヒメさんってどんな娘だ?」
「会えばわかる」
「って、正式に公表されるまでしゃべる気ないだろう」
「当たり前だろ?俺だけの大切な姫なんだ、親友と言えども早々話せるか」
「はいはい、正式に発表されたら存分に惚気てくれて構わないから……今はその姫のもとに向かう事だけを考えろ」
入口の近くまで近づくとメデスの表情から笑みが消えた。
「メデス?」
「扉から出たら振り返らずにオリヒメさんのところに向かえ。こっちは俺達が抑える」
ちゃらけた雰囲気から一気に真剣な表情になったメデスにアルタイルも表情を引き締める。
「城の裏門にお前の馬を用意させてある」
「恩に着る」
「お礼はお前のオリヒメさんを紹介してくれればいい」
「やらんぞ」
「誰もお前から取ろうとしないって。……そろそろいいか」
「……ああ」
難しい顔をしながら扉の外に出た二人。
一人は一目散に走り出し、一人は笑みを浮かべながら腰に佩いている剣に手を掛けた。
「アルタイル殿は何処に?」
剣に手を掛けたメデスの前に現れたのは小国の姫の護衛騎士。
「公務ですよ。我が国にとってとても大切な」
「今日のご公務は我が君のエスコートのみのはず」
「そんなわけないでしょ?あれでもあいつは超多忙なの。そもそも他国の人間がうちの人間のスケジュールに口出しできることじゃないんだけど?」
「しかし……」
「なあ、あんたんとこの姫さんのせいでうちの国とリラ帝国の関係が危ういといったらどうする?」
「え?」
「うちとリラ帝国の関係が悪化した原因が、あんたの国の姫のせいだって知られたらあんたらの国が数年のうちに地図上から消えるってわかっていて今回の騒動を起こしたんだよな」
ニヤニヤと笑うメデスに護衛騎士は少しずつ後退する。
「わざわざ、国王夫妻が不在の『星降る夜』にパーティーを強引に開かせたのも、あいつをエスコート役に指名したのも……我が国とリラ帝国に亀裂を入れる為……なんだろ?」
「し、知らない。俺はただ姫様が幸せになるためにと言われて……」
「へー、我が国のアルタイルとリラ帝国のベガ姫の関係を知っていてそれを言うんだ」
「え?かんけい?え?」
「ねえ、我が国にどれだけ損害を与えればあんたらの国は満足するんだ?」
「……そ、損害?」
「ああ、わかんないんだ。あんたらの姫がしでかした事の重大さを」
「いったい……」
「国に帰ってからお偉いさんに聞きな。俺から教えるべきことじゃないからな」
メデスは軽く護衛騎士の頬スレスレに剣を振るった。
護衛騎士は驚きのあまりその場に座り込んでしまった。
「今すぐ、あいつを追いかけていったあんたの部下たちを引上げさせろ」
「え?」
「あんたがあのワガママ姫さんの護衛の総合指揮官だってことは知っているんだよ。騎士だけじゃない、魔導士も全員引き揚げさせろ。あいつの邪魔をするなと」
「しかし……」
「なあ、もし今日のことがリラ帝国に訪問中の我が国の両陛下の耳に入ったらどうなると思う?国に関わるプロジェクトに横槍を入れられたんだ。黙っていないと思うよ~」
「……」
ごくりと息をのむ護衛騎士にメデスはにっこりと笑みを浮かべた。
「死よりも苦しい生が待っているだけだよ?死んだ方がましだと思うかもしれないけど死ねない状態になるだろうね~」
メデスの目は真剣そのもの。
護衛騎士は彼が冗談を言っているわけではないと悟ると、胸元に付けていた通信機を手に『撤退命令』を発動させた。
メデスは剣を鞘に納めると未だに座り込んでいる護衛騎士にいい笑顔を浮かべた。
「うん、良い判断をしたね。ただ、もう少し早く判断できていれば君たちの国はこれからも平穏に暮らせていけただろうけどね」
「ど、どういう……」
「それは君たちが国に帰ればわかるよ。もし、あいつが間に合わなかった時を覚悟しておくことだね」
笑みを引っ込め、鋭い視線を向けるメデスに護衛騎士はごくりと唾をのみ込み、その場を離れていった。
「どうか、間に合いますように」
誰もいなくなった廊下から窓の外を見上げ、零れ落ちる星たちにメデスはそっと願った。
***
「間に合わなかった……?」
「ああ」
翌日、ずーんと沈んでいる親友にメデスは掛ける言葉がなかった。
「鐘の音が消えると共に、彼女は消えてしまった」
生きる屍状態になっているアルタイル。
彼の執務室の机の上にはキラキラと輝いている石が数個転がっていた。
「これは?」
「彼女の涙の結晶だ」
「は?」
「彼女の母君の祖先に人魚族がいるんだ」
「はぁ!?人魚族ってすでに絶滅している?」
「ああ、彼女はその血を……というかリラ帝国の王族は幾つもの種族の血の混血だ」
「いや、それは一般常識として知っているけど……人魚族のことは初めて知ったぞ」
「彼女は特に人魚族の血とアラクネの血が強く出たんだ。だから彼女が織る織物は素晴らしいんだよ」
徐々に興奮していくアルタイルにメデスは若干引いていた。
「俺が初めて彼女と出会ったのは彼女の社交への仮デビューの時だった」
「仮デビュー?」
「リラ帝国では13歳の時に仮デビューをして20歳で本格的に社交デビューをするんだ。13歳から18歳まで国が運営する学校に通い、卒業後2年間、それぞれの分野で下積みをし、20歳で大人として認められるんだ」
「へ~、うちは15で成人だもんな」
「ちょうど彼女が仮デビューする時、俺はリラ帝国に留学していたんだ」
「ああ、そういえば2~3年リラ帝国にいたな。出会ったのはいつだ?」
「留学した翌年、彼女が13で俺が18の時。互いに身分を隠して、友人として知り合い、徐々に心を通わせていったんだ。でも、俺が帰国する話が出ると正体がばれちゃってね……なんとか婚約だけでも認めて貰おうと必死になっていたんだ」
「へ~、何事も冷静に物事を進めると評判のお前がな~」
勝手知ったる執務室という事で勝手に飲み物を用意するメデス。
一応アルタイルの前にもカップを置いたが気づいた形跡はなし。
「初めて彼女に会った時に『この人だ!』って天啓を受けたんだから必死にもなるって」
「で、婚約の条件が彼女が成人するまでは手紙と一年に一度の逢瀬だっけ?」
「ああ、彼女が正式に成人するまでは会うのは一年に一度の『星降る夜』の1日のみ。それ以外は手紙または通信だけという条件で5年間過ごせば、彼女の成人と共に正式な婚約の許可が下りる予定だった。それまでは一応仮初の婚約を結んでいたんだけど……」
再びずーんと沈むアルタイルにメデスは苦笑する。
「なあ、まだオリヒメさんの父親からは何も言われていないんだろ?」
「今日、午後に陛下と一緒にこの国に来られる」
「はぁ!?」
「きっと、彼女から話を聞いて怒っているに違いない~!!!」
頭を抱えて蹲るアルタイル。
コン、コン
執務室のドアがノックされメデスが入室の許可を出すと一人の文官が入室してきた。
「アルタイル様、国王陛下より至急執務室に来るようにと」
「陛下はすでにお戻りなのか?」
「はい、ほんの少し前にですがお客様をお連れになり転移術でお戻りです」
文官の言葉にアルタイルの顔から色が消えた。
メデスは文官にすぐ向かう旨を伝えるとアルタイルの背中を思いっきり叩いた。
「まだ諦めるのは早いと思うぜ。正式に破棄されたわけじゃないんだろ」
「だが……」
「最後の一瞬まで諦めるな!大丈夫だ。お前に『天啓』が下っているのならどうにかなるって」
「……わかった。とりあえずに陛下にお会いしてくる」
「おう、お前の思いを打ち明けてこい!」
トボトボと扉に向かうアルタイルにメデスは小さなため息を吐くと、再び思いっきりその背中を叩いた。
「ピシッとしろ!鬼の第1部隊隊長が部下に情けない姿をさらすんじゃねえ!」
メデスなりの励ましにアルタイルは一度頬を思いっきり叩くと
「ああ、諦めるのはまだ早かったな。行ってくる」
「いってらっしゃ~い」
小さく手を振るメデスにアルタイルは大きく頷くと堂々とした足取りで部屋を後にした。
「さてと……殿下~?いまそっちに弟君を送り出しました~」
耳に付けているピアスに軽く触れたメデスは王の執務室で待っているであろう人物に通信を繋げた。
『了解、いろいろと迷惑を掛けてすまんな』
「いえいえ、大切な乳兄弟兼幼馴染の初恋ですからね~最後まで見届けさせてもらいますよ~」
『若干からかいが含まれているように思うのは気のせいか?』
「からかいじゃなくて怒りですよ。まったく、弟君の恋を盛り上げるためにってわざと両陛下が留守にしている『星降る夜』の日にあのワガママ姫のワガママパーティーを開くなんて何考えているんですか」
『それについては妻からも散々怒られた。だが、ワガママ姫を早く国に送り返すためにも必要な事だったんだよ』
「だからってアルタイル様をギリギリまで会場に引き止める必要はなかったでしょ?」
『転移術を使うと思ったんだよ』
ふてくされたような声がメデスの耳に届く。
「まあ、俺も転移術のことは頭からすっぱ抜けていたから馬の用意をしてしまったんですが……ねえ、殿下」
『ん?』
「もし、弟君に今回の殿下の思惑がバレたらどうなりますかね~あと、もし婚約話が破談になりでもしたら……」
『…………』
「あの人のことだから一生独身でいるって宣言するでしょうし、下手すれば放浪の旅に出ますよ。あと、殿下の妃殿下から絶縁状を叩きつけられる可能性もありますよね?妃殿下はベガ様の親友で弟君との関係を聞いた時からかなり協力的だったとか……」
『!?わかった、何としてでも話をまとめる!あとはこっちに任せろ!』
「了解です。あ、あとオリヒメさんの涙の石があるので加工に出しておきます」
『……!?人魚の末裔の涙の石だと!?ちょっと待て!それは国家予算に相当する……』
「姫さんが弟君を思って零した雫を売るなんてことはしませんよね?」
『……はい、メデスお抱えの腕のいい装飾職人に加工してもらってください』
「了解です。ではコレをアルタイル様の婚約祝いの品にしましょうか。2~3日あれば出来上がりますからね。うちの工房の職人に頼めば」
『!!!!よろしく頼む!!!!』
プツリと通信が切れるとメデスは深いため息をついた。
「だれも殿下からの贈り物用にするとは言っていないのにな~あのブラコン殿下は自分の功績にするつもりだな……アルタイル様が見れば彼女の涙の雫だってすぐにわかるのに……とりあえずメモを残しておくか。うーん、デザインはうちの職人よりも妃殿下にお願いしたほうが後々おもし……役立つだろうな」
にやりと他人が見れば黒い靄が醸し出しているように見える笑みを浮かべるメデスであった。
***
「……で、言い訳は?」
王の執務室は今、ビリビリと緊張感が迸っている。
新人の下級文官は今にも倒れそうなほど顔が真っ白だ。
「今更言い訳は致しません。しかし……」
「そうだね、公務は大切だね。でもね、先に入れておいた予定をキャンセルするなら連絡をしなきゃね~」
上座に座る威厳たっぷりの男性にアルタイルは跪き顔を上げずにいた。
「お言葉を返すようですが、殿下から姫君へは予定変更の手紙をお送りしております」
文官の一人が震える足を何とか抑えて声を上げた。
「だが、我が国に届いた形跡はないよ?」
「それについては目下調査中です」
「……あの」
文官が下がると一人の侍女が前に出た。
「なんだ?」
「実は小国の姫様のお部屋からこれが……」
侍女が差し出したのは手紙の束だった。
「これは……殿下が姫君にお送りした手紙。なぜ客人の部屋に?」
「それに関しては小国の姫の侍女や護衛騎士たちがこっそりと下級文官に金を握らせてアルタイル殿下関係の手紙を抜き取っていたと吐きました」
下級文官は事実確認後、上官から解雇処分を申し渡す予定だという。
なお、この件に関して宰相も関わっていたことから宰相の更迭も視野に入れているとの事である。
近衛騎士の一人が伝えると部屋のあちこちからため息がこぼれた。
国王は文官たちに管理の見直しの徹底を申し渡すと、退出を命じた。
部屋の中に残されたのは国王と王太子とアルタイル、そしてリラ帝国の皇帝のみ。
侍女も護衛騎士も隣室に下がらせた。
「ふう、人前では威厳を保たないといけないから肩が凝るわね~」
両肩をぐるぐると回して厳つい表情を和らげたのはリラ帝国の皇帝。
先程までの威厳たっぷりの空気が一気に和らいだ
その隣で国王は苦笑を浮かべている。
王太子は皇帝の態度というか、言葉遣いの変わりように驚きを隠せずにいた。
アルタイルはずっと跪いて頭を下げたままでいる。
「さて、約束の5年目にして『再会』できなかったみたいね。娘はすっかり塞ぎ込んでしまったんだけど?」
にやりと笑みを浮かべる皇帝にアルタイルは頭を下げたままで
「申し訳ありません。己の力を過信したばかりに……」
「まあ、君に付けている監視から詳しい事は聞いているから鐘の音が鳴り終わるまでに約束の地に着いたってことで今年の分はギリギリクリアってことで」
「え?」
「だって君、僕が放った刺客を退けながら、しかもボロボロになりながらも『星降る丘』にギリギリ駆けつけたでしょ?僕ね、そういう根性のある人、大好きなの。転移術を使えばあっという間に愛しい人に会えるのに僕との約束……『転移術を使わず自力で約束の地に辿りつけ』を守って律儀に僕の刺客を撃退していくんだもの」
「では……」
「うん、婚約を正式に結びましょう。そうね、来年には婚姻させましょう」
「あ、ありがとうございます」
「このあとすぐにベガに会いに行ってあげてよ。君に一番に見せるんだって自分で織った生地……今年の織物コンテストで優勝した生地でドレスを作って君の事をずっと待っていたんだから。君に見せるまでは誰にも会わないって部屋に閉じこもっちゃったんだからね。まあ、僕が0時を過ぎたらすぐに帰るようにキツク約束をさせちゃったからってこともあるけど……娘の機嫌を直してよね」
「はい!」
顔を上げ満面の笑みを浮かべるアルタイルに皇帝はうんうんと嬉しそうに頷く。
「でもね、一つだけ条件変更」
「え?じょうけんへんこう?」
「最初の約束ではベガをこの国に嫁入りさせる予定だったんだけど……アルタイル、君が我が国に婿入りしてね♪」
皇帝の言葉に国王と王太子は驚きの表情を浮かべる。
「なに?この国にはちゃんとした王太子がいるから別にかまわないでしょ?あ、仕事関係の引継ぎは早めにしておいてね。婚姻式の半年前には我が国で皇家の教育を受けてもらうから」
淡々と話を進める皇帝に国王と王太子は異論を唱える暇がなかった。
気づいた時には両国間での取り決め等をまとめた書類が出来上がっていたのであった。
書類にサインをしたアルタイルは転移術を使って愛しの姫のもとへ向かったのだった。
アルタイルを送り出した後、皇帝は再びきりっとした表情を浮かべて王太子を睨みつける。
「さぁて、王太子殿はなぜ今回このような行動に出たのかな?」
声は柔らかいのに眼光は鋭い。
その目力に王太子は息を飲んだ。
「……弟の本気を」
「そんなのはすでに知っているはずよ?だって5年もの間私との約束を守って一年に一度の逢瀬と手紙・通信だけで我慢していたのだから。あなただったら我慢できる?運命の相手との逢瀬を制限されて」
「……できません」
「でしょうね。あなたは愛する人を必要以上に他人と接触させたくないと言って強硬手段をとったのですものね~まあ、だから奥さんには頭が上がらないというのもあるのでしょうけど」
クククと笑う皇帝に王太子は何も言えずに俯き、国王は天井を仰ぎ見ると
「そういえば、ライアー」
「ん?なあに、ガニュメデス」
「もう少し力を貸してくれないか」
「内容によるが……」
「居座り王女を早急に祖国に送り返したいんだ。賓客としてもてなすにも限度がある」
国王の言葉に皇帝は一瞬何を言われたのか理解できないと言った表情を浮かべたが次の瞬間、誰もが『黒い笑み』を浮かべていると証言できる表情を浮かべた。
「なるほどね……今回、僕が課したアルタイルの試練を利用してあのワガママ姫さんを返品したいのね」
「ああ、それには君の力が必要なんだ」
「いいわよ。アルタイルとベガの婚姻祝いに協力してあげるわ」
「ありがとう、それほど難しい事じゃないんだ。シナリオはもうできているからね」
一冊の小冊子を取り出し皇帝に渡す国王。
それを読んで皇帝も深い笑みを浮かべる。
「あとは仕上げだけなのね……そうね、ちょっと準備が必要だから一月後に仕掛けるわ。ねえ、あの小国うちが貰ってもいい?」
「別にかまわないが……目ぼしいものあったかな?」
「特産物はないわね。でもね、バカンスにはもってこいの場所なのよね~あの国をまるまるリゾート地にしてみたいって思っていたのよね~」
「ああ、確かに温泉とかいいよね。共同出資で作っちゃう?」
「いいわよ。その前にごみの排除が先だけどね。……って奥さんの故郷だけどいいの?」
「むしろ、妻からこのシナリオを提出された」
「あらあら、よっぽど恨んでいるのね。王位を略奪して国民を虐げている義兄やその一族を」
「まあね、一応同盟国ってことで何度となく尻拭いをしてきたけど……俺も限界に感じてきたからね」
「わかったわ。徹底的にやりましょう」
「よろしく!あ、あとねベガちゃんが作った生地を……」
「ええ、お安くしておくわ~」
「親戚になるんだから……」
「ダメよ。うちの国は織物産業で成り立っているんですからね。親戚だろうとタダではあげないわよ。きっちり料金は払ってもらいます」
「くっ、妻とベガちゃんにお揃いのドレス作ろうと思ったのに……」
「あら、それは楽しそうね。最大限安くしておくわ」
「ライアーには叶わないな~」
「おほほ~」
二人を見て王太子は『俺はまだまだ王位を継ぐには程遠いな』と遠い目をしていたとか。
***
リラ帝国にて
「ベガ~!」
ドンドンととある部屋の扉をアルタイルが叩くと、一人の女性が姿を見せた。
「他国で騒ぐな!バカ息子!!」
「は、母上!?なぜ母上がここに!?」
「いちゃ悪い?」
腕を組んで仁王立ちをしている母親にアルタイルは一歩後退する。
「あんた、あのおバカ達を振り切れずにベガちゃんを待ちぼうけにさせたわね」
「え、えっと……」
「あのバカは殺しても死にはしないから嫌なら強行突破しろと昔から言っていただろうが」
「でも、一応他国の……」
「あれは兄上が迎えた側室の連れ子で、王族ではない。邪険に扱ったところで兄上とて文句は言うまい……いや、言わせないよ」
にやりと笑う母親の背後に大蛇をみたアルタイルは大人しく頷いた。
「まったく、最後の最後で躓くなんて……ベガちゃん、本当にこいつでいいの?」
部屋の中を振り返る母親の後ろから可愛らしい少女が姿を現す。
「ええ、おば様。アル様がいいんです」
にっこりと笑みを浮かべる少女に母親は小さくため息をつくと
「まあ、天が定めた『夫婦』だからしかたないか。アルタイルが来たから私は帰るけど……手を出すなよ、アルタイル」
「約束はできません」
きっぱり言う息子に母親はゲンコツをひとつ食らわしてその場を去っていった。
改めて、部屋に招き入れられたアルタイルはベガの侍女たちからどことなく冷たい視線を送られていた。
ベガが軽く手を叩くと侍女たちは音もなく隣室へと消えていく。
ベガに促されてソファに座ったアルタイルは深々と頭を下げた。
「ごめん。最後の最後で……」
「大丈夫ですわ。お父様から詳細を聞いておりますから」
「しかし」
「ならば、一つだけお願いがありますの」
ベガからの『お願い』という言葉にアルタイルはガバリと顔を上げた。
「一発殴らせてくださいません?」
にっこりと笑みを浮かべているのに瞳が笑っていないベガにアルタイルはごくりと息を飲んだ。
「せっかく、アル様の為に作ったドレスを一番に見て頂きたかったのに……」
アルタイルから視線を反らしてぷくっと頬を膨らませるベガ。
「昨日やっと20歳を迎えましたのよ?来月行わる成人パーティーに着る予定のドレス姿を一番に見て欲しかったのよ?お父様にもまだ見せていないのに……アル様は……」
「本当にゴメン。何発殴ってもいいから……機嫌なおして?」
ソファから降り、床に土下座をするアルタイルにベガはクスクスと笑いだした。
「では、一発殴らせてくださいませね」
アルタイルを立たせ、にっこりと笑みを浮かべるベガはグルングルンと腕を大きく振り回した。
「ベ、ベガさん!?」
「一発で済みますから……我慢してくださいませね」
言い終わるか終らないかのタイミングでベガの拳がアルタイルの頬に食い込んだ。
ドサッ
予想以上の強い力だったのか、普段騎士団で鍛えているはずのアルタイルの体が軽く吹き飛びソファに沈んだ。
「思った以上に痛かったです」
赤くなっている手をプラプラさせているベガ。
「イテテ、母上のパンチ並の威力が……」
「あら、だっておば様に教えて頂いたのですもの」
「は?」
「護身術の一つとしてですけどね」
てへへと笑うベガにアルタイルはソファから起き上がると肩を落とした。
「母上仕込か……そういえば、月一で母上はベガに会いに来ていたんだよな」
「ええ、私はお母様を早くに亡くしましたから……アル様がお父様に婚約の話を持ち込んでから毎月お見えになりいろいろと教えてくださいましたわ」
「俺達は一年に一度しか会えないのに……ベガに会いに行く母上を何度羨ましく思ったことか……」
「仕方ありませんわ。お父様のお母様、私の祖母の国に伝わる伝承をお父様が気に入ってしまって私の婿になる方には婚約期間はその伝承通りに一年に一度だけの逢瀬を!なんて言い出したんですもの」
「でもさ、伝承によれば結婚した後、怠け者になった夫婦に喝を入れるために一年に一度の逢瀬になったんだろ?なんで婚約期間中に行う必要があるんだ?」
「さぁ?お父様は面白ことが大好きですから……」
フフッと笑うベガの手をアルタイルは優しく包み込む。
「本当にゴメンな。ベガにツライ思いをさせて」
治癒術をベガの手に掛けると赤かった手が元通りになっていた。
アルタイルはベガの左手を持ち上げるとその薬指に軽くキスをした。
「アル様?」
「正式なものは後で渡すけど……君が俺のものだという証をね」
もう一度同じ場所にキスをするとキラキラと輝くモノがベガの左手の薬指にはめられていた。
「!?」
驚くベガにアルタイルは優しい笑みを浮かべている。
「『スターローズクォーツ』……覚えていてくれたの?」
「忘れるわけないでしょ。君の20歳の誕生日に君の誕生石である『スターローズクォーツ』をプレゼントするって5年前に約束したでしょ?」
薄らと涙を浮かべているベガ。
ベガの前に跪いたアルタイルはベガの左手を両手で包み込み、自分の額を押しあてた。
「ベガ=シェリアク=リラ様、私アルタイル=リベルタス=ターイルはこの命尽きるその時まで、貴女を愛し続けると誓います。願わくは私と共に未来を歩んでください」
「私ベガ=シェリアク=リラは命ある限りアルタイル=リベルタス=ターイル様を愛し共に歩み続けることを誓います」
パチパチパチパチ
二人の言葉が空気に消えると共に拍手が響いた。
驚いたように拍手の主に振り向いた二人に拍手の主達が満面の笑みを浮かべていた。
そこには隣室へ移動していた侍女たちとメデスが立っていたのだ。
彼・彼女たちは次々と祝いの言葉を二人に贈っていく。
祝いの言葉を贈られ、アルタイルとベガは幸せの笑みを浮かべていた。
扉の外ではベガの父親がアルタイルの父親に『不幸にしたら絶対に許さないのだから~!』と喚いてたとかいないとか……
一年後、星降る日に二人は大勢の人の祝福を受け、正式な夫婦になった。
時々けんかもする二人だが、周りが飽きれるほど死ぬまで暑かったという記録が残されることとなる。
【おまけ】
リラ帝国とターイル王国の間に亀裂をいれようとした小国は両国の逆鱗に触れ、ターイル王国の王妃の故郷であるにもかからわず滅亡へのシナリオを歩むこととなった。
王妃はその事に嘆きはせず逆に『国民を苦しめる王族など無くしてしまえ』と自ら母国を亡ぼす戦に参戦したとか……
『元』小国の跡地はライアーとガニュメデスの個人的資産で巨大なリゾート地へと変貌していったのであった。
『元』小国の王族たちはターイル王国の王妃によって処刑されたとか、奴隷になったとか……詳しいことは一切不明となっているのであった。
七夕伝説を元に思いついたおふざ……ご都合主義作品でした<(_ _)>
アルタイルとベガの間にあるのは国であり、親であり、政治的な思惑……というのを思いついたのだが……
このような作品になってしまった……
活かせていない設定(一応設定は軽く考えてある)
アルタイル
ターイル王国の第三王子
5人兄弟の末っ子(兄二人・姉二人)でかなり溺愛されているが本人は気づいていない
母親の武術訓練に唯一ついて行ける子という事で母からも溺愛され中(もちろん本人は気づいていない)
王位継承権は保持しているが、兄二人が優秀なので二人を手助けできるようにと騎士団に入団
ライアー
リラ帝国の国王
ベガの父親
プライベートでは女性言葉、公の場では男性言葉を使う。
その理由が
『娘にはまだ母親が必要……でも亡き妻以外は娶る気はない』
↓
『なら、僕が母親役も担えばいい!一人二役くらいこなしてみせるわ!』
↓
最初は戸惑っていた臣下達も元々女顔であるライアーの女言葉に違和感を感じなくなり次第に慣れていった。
結果、公の場以外では基本女言葉が出るようになったのである。
ガニュメデス
ターイル王国の国王
アルタイルの父
小国から売られるように嫁いできた奥さんを溺愛
もともと病弱で王位を継げないと思っていたが奥さんと出会ったことで健康体を取り戻す
奥さんのお願いなら何でも叶えたいと日々努力中
ライアーとは学生時代からの親友
メデス
アルタイルの乳兄弟でもあり幼馴染
現在は同じ騎士団に所属する同期兼(隠れて)世話役