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演目『帝都怪奇物語』  作者: 浪花 夕方
第3話「正義のみかた」
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密談・希望の天使教会(前)

「じゃあ、内緒話でもしよっか。」


 最前列の長椅子に腰かけ待っていると、講壇に降り立つ司祭の人は、片目を閉じて人差し指を口許に寄せて笑う。同じ笑い方でも入谷先生の微笑みとは微妙に受ける印象は違う。


「まずは自己紹介ね。おにーさんは元・天使やってた系の……そうだなあ、エスって呼んで。んで、こっちがこの教会の御神体になるのかな?」


 降りてきなよ、と講壇の脇のカーテンの奥に向かって言う。

 ほら早く早く、と暫く急かすとカーテンの奥から靴がすごい勢いで一足飛んでお兄さんの顔にぶつかった。確かに他に誰かいるらしい。


「痛てて、本気で投げなくてもいいじゃんか」


 エスさんが顔に当たって落ちた男性用の革靴を拾うと、カーテン奥から投げたらしい誰かが出てきた。

 この場にいる誰よりもすらりと身長が高く、威圧感があった。髪は白く、肌は黒い。目尻に朱を引いている。彼は黒い革靴を受け取ると、隣の列の椅子に着いた。


「あのおにーさんが内の御神体、ここでいう所の鶴の怪異。『白鶴(はっかく)さん』って呼んだげてねん。あ、本来の姿はちゃんと鶴だし、一応は怪異でも神様の末席だから呼び捨ては駄目だよ、ちゃんと敬意をもって接してあげてね?祟られるよ?」


 現実味のあまりない姿だったからある程度覚悟はしていたけれど、やはり二人とも人間ですらなかった。

 なぜか鶴ではなく人の姿をしている(しかもかなり現代的でお洒落な格好)白鶴さんは一言もしゃべらず大仰に座っている。

 ……白鶴さんの方を黒江越しに見ていると凄く不機嫌を隠すことなく睨まれた。慌てて前を向く。こんなことで怒られて祟られるのは勘弁してほしい。


「多分イリヤが君をここに呼んだのってさ、怪異絡みのことだよねえ?俺はともかく白鶴さんが見えてるって事はだ、潜在的な怪異進行度もかなーり高いと思うんだ。普通の女の子には戻れないくらいに。それにしても。それにしてもだよ?」


 そう言って壇上から降りてまっすぐ私の手を取った。


「さっきからずっと思ってたんだけどさ。君、俺らにとってはかなり美味しそうなんだよね。人間は『鴨が葱背負ってる』っていうんでしょ?こういうの。イリヤのお手付きとはいえ右手の先くらいなら食べてもいいかな?いいよね。こうして自分からここに来てくれたんだし。」


 その言葉を聞いて、頭が真っ白になった。食べられるなんて、そんなつもりじゃないのに。引っ張ろうとする手を離そうと席をたってもがくも虚しく、どんどん手は大きく開いた口に持っていかれつつある。なんで入谷先生はこんなところを紹介したの?自分の身代り?そんなのって酷い。


「やだ、食べられたくないよ、やめて!」


 エスさんは何も言わず、ただにっこりと大きく口を開けている。嘘だと言ってほしいけど、その目は全く笑っていない。

 命の危険を感じ、心臓は早鐘を打っている。背筋に冷たい汗が流れ、腕も足も震えている。鳥肌が立っている腕を、掴まれている大きな手を横から掴んだのは黒江だ。


「その辺にしておけ」「そのくらいにしないと私が許しませんよ」


 白鶴さんも席を立ち此方を見つめていた。人間ではない証として、その目の色は金色だったが。

 黒江に止められたからなのか白鶴さんに睨まれてしまったからなのか、エスさんはゆっくり手を離す。


「あーもう、そんな怖い顔しなくていいじゃん。冗談冗談。元とはいえ天使が人間を食べる訳ないじゃーん。」


 さっきと変わらぬ綺麗な笑顔で弁解する。やっぱり人の姿をしていても人でない。

 へなへなと席に着く。無駄に疲労感だけが募った。


「でさ、俺が君を食べるのは冗談だけど。それにしてもだよ?そんだけ怪異にとっては極上の餌なの、君は。そのくせ怪異に対して警戒心ってものがまるでない。こうして俺みたいに話の通じるやつばかりじゃないからね。親切にみせかけて『じゃあお礼は君の(はらわた)ね!』むしゃあ!ってなってもおかしくないの。わかる?」


 大きく首肯く。今までは喋らない怪異や吹けば吹っ飛ぶような小さいものが大半だったから運が良かっただけなんだと思い知らされた。エスさんは再び壇上に上がって話を続ける。


「そこでだ。君には怪異に対しての対処法、処世術を学んでもらおうと思う。『相互助成組合』に行って、人脈を作ってくるといいよ。」


 これに異を唱えたのは黒江だった。私をエスさんから庇うように立ちあがり、毅然とした態度で突っぱねた。


「御言葉ですが、その様な怪しい場所に大事なお嬢様を行かせるわけにいきません。」


「あんたには別に話してないし。ついてこなくても結構。あんたは行かせたくなくとも、どのみちこの子が死んだら元も子もないし。怪異が間引きされて隠れている今が絶好のチャンスなの。それに白鶴さんに付いていってもらうつもりだから、怪異も祓い屋も下手な手出しは出来ないと思うぜ。勿論あんたもな。」


 エスさんは冷たく返答する。黒江の事が気に食わないのか、言葉の節々から敵意が見え隠れしている。


「貞香様、この方は危険な怪異です。言うこと聞いたらダメです。怖い場所に連れていかれてさっきみたいに食べられちゃいますよ。御寮人様もきっとそんな怪しい場所に出入りしたと知れれば、貞香様をお屋敷に閉じ込めてしまうかもしれませんね?」


「何?俺に敵わないからこの子の情に訴えかける作戦?つーか俺危険な怪異じゃねーし。人間の味方だし。相互助成組合はタブーさえしなければ安全地帯といっていいところなんですけど?第一そんなことこの子の親に伝えたところで怪異が見えてなきゃ真に受けることはないと経験則から断言できるんですけど?」


 二人が私を挟んで喧嘩してしまいどうすればいいのかわからない。どちらも私のためを思って言っていることなので無下にしたくはない。どちらを尊重してもどちらかが傷つくことは目に見えている。

 どうしよう、と焦っているとき、鶴の一声がその場に響いた。


「騒々しい。一旦黙れ。」

後編は二日後を予定しています。



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