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演目『帝都怪奇物語』  作者: 浪花 夕方
第1話「怪奇探偵社」
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「堕落のもの」4

その日は結局お父様にこってりとしぼられた。


あの後、お咲は巡査を連れて辺りの捜索をしていたらしいが、伸びていたあの忌まわしき不審者は逮捕したが、私の姿が見えないので、もしや連れ去られたか、果ては殺されたのではないか、と酷く取り乱したらしい。


帰る前に交番に行けば良かった。


後悔しても遅く、お咲が報告のために戻って来た時にはお咲からも叱られてしまった。


『目的は果たしたのに巡査を連れまわすのは真に困っている人を助けられないから、これは職務妨害というのです。今日は電話をしておきますので明日謝りに行きましょう。勿論、真に悪いのはあの暴漢ですが。』


お咲からのお話も終わると、早々に寝支度を整えられた。今日はもう寝ろという事らしい。


与えられた自室で、寝台の布団の上で貰った名刺をもう一度見てみた。


『開木探偵社 降神 美緒』


警察の取り調べが済んだら、こっちにも謝礼を渡しに行かないと。


何故か私が事件に関わってしまって、家の場所から名前までの個人情報も知ってて、怪しげな団体であるには変わらないけれど、それでも依頼していない私の身を守ってくれたのは事実なのだから。


「おやすみなさい」


誰も見ていないのをいいことに、盛大に欠伸をして、布団を被った。


事件の夢を見た。

私は、緑の目をした綺麗な女の人の運転するフォードに乗って、やっぱり追いかけられていた。

追いかけられているんだけど、不思議と恐怖は感じなくて、寧ろどこか楽しんでさえいた。


「ねえ、大丈夫なの?お姉様」


数多の“お姉さん”はいても、私のお姉様は一人だけだ。でも何故か私はそう呼ばなくてはならないように感じた。


『大丈夫!何とかなる!』


車のタイヤがパンクしても、追いかけてくる車に追いつかれても。

本当に何とかなってしまうのではないか、と期待を抱いてしまう。


『大事な義妹ですもの。私が責任持って、傷一つなく、弟の所に届けてあげる。まあ傷物になったとしても弟ならば貰ってくれるわ、貞香ちゃんの事は多分好きだから。多分。』


「そんなあやふやな憶測でいいの!?どうするの、実は嫌いで仕方無く、とかだったら!いくら政略結婚とはいえ傷物だったら契約解消になるじゃん!」


夢の中で私はいつのまにか婚約していたらしい。なるほど、婚約者の姉なら私にとっても“お姉様”だ。


『ええ、だから……そうならないようにする、のよ』


車から降りて来たあの不審者は、抜刀してにじり寄って来ていた。

お姉様は着ていた上着を脱いで、その下に何かを隠し持つ。


男がドアの間合いに入る直前で思いっきりドアを開け、怯んだところを上着を顔面に被せ、その一瞬の隙で、男の首に上着の下に隠し持っていたスタンガンを突きつけた。


ボタンを押すと、男は闇雲に手を振るい、身をよじって躱そうとしていたが、やがてその場に倒れ込み、動かなくなった。


『ね、言ったでしょう?貞香ちゃんには傷一つなく終わらせるって。ほら、この場は私が何とかするから、あっちの車に移動するといいよ。丁度弟のお迎えが来たみたい。騒ぎが大きくなる前にデェトしておいで。」


そう言って、近くにとまった別の車を指差した。


車の方を見ようとした時、私は別の方向から揺さぶられ、何だろうと振り返ると


「逃げて!」


慌てて飛び起きてしまった。


「……逃げるって何から?」


寝台の上で暫く考えていた。

もう一度眠ろうとしたけれど、目が冴えてしまった。


「お水でも飲もう……」


寝台から降りて、部屋を出る。


私の家は洋風建築だ。父が金に物を言わせて作った豪邸は、家族だけで過ごすには広すぎる。

夜は暗く、一人で灯として頼りない蝋燭の燭台を持ち歩きながら歩くのはとても怖い。

木の廊下のギシギシと軋む音すらやけに大きく聞こえてくる。


窓のないこの廊下にはお父様があちこちで買い集めてくる骨董品や美術品の中でも気に入った絵画が飾られている。

日光で焼ける心配が無いからだとか。


高名な画家の作品もあれば、全く名前も知らない画家の作品もある。


海外の風景画が殆どだが、中には肖像画や抽象画もちらほらあり、ちょっとした美術館のようだ。


廊下に置くのに適していないものや、大きすぎて邪魔なものは空いている部屋に置いてある。


じっと私を見ているように見える貴婦人の絵を通り過ぎた時、ガタンと物音がした。


廊下の先にはいくつか部屋がある。

一つはお姉様の音楽室、一つは台所に繋がる扉、残った一つはお父様のお宝部屋。


台所に誰かいるのかもしれない、と考えていたが、音楽室を通り過ぎた時にまた音がした。


何か軽いもの、金属製の何かを落としたような。

ネズミでも入り込んだか、それとも物取りか。


お宝部屋の前を足早に通り過ぎようとすれば、今度ははっきりと、部屋の中を這い回るような音がお宝部屋から聞こえて来た。


気味が悪いと通り過ぎて、台所に入った。

お水を貰い、さて部屋に戻ろうと、扉に手をかけた。


あのお宝部屋を警戒しつつ通り過ぎて、次はお姉様の音楽室、その後は私の部屋だ。


しかし、帰りの道は何もなく、ただ暗い廊下をいつも以上に慎重になって通り過ぎるだけになった。

やはりネズミか何かだったのだろう。


私はそのまま、部屋に戻ってまた床についた。

きっとネズミか何かで、明日からまたいつも通り過ごせるだろう。あの様な非日常は普通はそう何度も起こるなど有り得ないのだ。

そう思っていた。


朝、私が目覚めるまでは。


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