「破邪の太刀」二人いる
お兄様たちの奥には見辛いが浦島さんが立っていた。その浦島さんは何をするわけでもなく、ただ此方を見つめていた。
私と一緒に乗っている浦島さんも向こうの浦島さんを見つけたらしく、じっと『見て』しまった。服装も、顔も同じ浦島さんを。
「誰だろうね、僕と同じ格好をしている。ちょっと不愉快、かな。」
「双子のご兄弟ではないのですか?」
「違う。あれは……あれは……」
彼らが双子でどちらかが急遽参加した訳でないのなら、此方にいる浦島さんは、向こうにいる浦島さんは一体何者なのだろう。
ボートに乗っている浦島さんの方を見ると、顔面蒼白になっていた。不自然に、何か言いたげに口をぱくぱくと開け、そして立ち上がった。
「あれは、僕だよ」
直後ボートは大きく揺れた。何が起きたのか理解できなかったが、浦島さんはボートの上から急に居なくなったのだ。
湖に飛び込んだのかと覗きこんでも、そこには魚が悠々と游いでいるのみで、どこにも人の影はない。
「怪異」
口をついて出た一言は、今まで見なかったことにしてきた現象だった。また、私は良くないものに関わってしまったのだろうか。
いや、関わってしまったのは浦島さんの方だろう。
「もう、そんなに水面を覗きこんだら、勢い余って落っこちますよ?」
顔をあげたら、今までそこにいた浦島さんの代わりに何故か家で留守番していた筈の黒江がそこに座っていた。
「黒江?どうしてここに?」
「どうしたんですか?お化けでもみたような顔をして。私は最初からお嬢様方と一緒に居ましたよ?」
「でも、さっきまで……」
岸の方には、浦島さんがいた。尾崎さんと並んで煙草を吸いながら談笑しているようである。
「貞香様、せっかくのお出かけなんですから。あまり考えすぎては駄目ですよ。さあ、美幸様の所まで戻りましょうか。」
久々に日が照っているせいだろうか、何だか少し目眩がした。
今まで私が体験した一連の事は何だったのだろうか。
お姉様たちと合流してから、園内をゆっくり見て歩く。
見ている間も頭の片隅で何か、何かが違うと感じている。
例えば、今いる人たちの中に一人だけ足りないとか。そんな不安感が胸の奥で高まっていた。
まだ緑色の紅葉の木の道を過ぎたとき、それは唐突に訪れた。
向かい側から来た一般客。しかしそれはあからさまに怪しく、奇妙な人だった。
私と同じくらいの小さな背丈、托鉢僧の姿をしているが、笠から長い黒髪が伸びている。何より目についたのが、鬼の面である。顔の殆どを覆い隠したその赤い鬼の面に僧侶の姿だから余計に異様に見えていた。小汚ない大型犬が寄り添うようにその子と歩いている。
お姉様たちはその子を見るなり眉を潜めて避けて通り過ぎた。私はすれ違いざまに振り替えると、その子も少しだけ此方を見ていた。
次からまた探偵社視点に変わります。




