「破邪の太刀」夜が明けて
お久しぶりです、ちょっとストックがたまったので公開します
翌日。今日は探偵社ではなく警察署の方に行く。週に一度は必ず。もともと私は正式な探偵社の社員ではない。本来の職業がこちらである。なぜ探偵社で社長代理なんてしているのか不思議に思われるかもしれない。いや、実際いつの間にか社長に任されていた。
私の本来の職業は『特別高等警察』、略して『特高』と呼ばれる。国家に対しての反乱分子……無政府主義者や社会主義者を取り締まるのが本来の使命であった。1年と半年程前に開木探偵社に潜入を命じられてからはずっと『京極悠介』として内偵しているが、未だに証拠と呼べるものは見つからない。いや、もしかしたら最初からそんなもの無かったのかもしれない。今日も上司に一週間分の報告をして、全く同じやり取りをする。それは来週も同じだろう。
「以前からの配置換えの事だが」
「ええ。大分前からここの社員に私の正体が露見してしまいました。これ以上内偵捜査は不可能かと思います。」
「京極。お前の仕事は、『開木探偵社』への潜入だ。余計なことはしなくていい。」
「ですが、」
「お前の知る由もない、否、知らなくていいことだ。お前は『開木探偵社』で与えられた任務をこなしていればいい。」
「……了解いたしました。」
もう何度目かの形式的なやり取りをまた繰り返す。最初はもう少し粘ったものだが、『嫌なら辞めて貰っても構わないが次の朝君の席はない』『君でなくとも替わりなら幾らでもいる』等々言われてしまっては折れざるを得ない。それに同僚の目もあった。彼等にしてみれば毎回同じ問答を長時間続けられて邪魔な存在でしかない。こうして毎回上司の気が変わらないかと同じ会話を繰り返している今でさえ、好奇と不快の視線を隠そうとしない。
私の代わりは幾らでもいる。ただ探して引き継がせる手間が惜しい。その為だけに私はここで生かされている。
探偵社は基本的に依頼人は来ない。内容が内容だけに常に仕事があるとは限らない。最近の依頼は私を経由して警察側からが殆どだ。その為探偵社の朝は閑散としていて静かなものである。いつもならば。
「見てくださいよ、京極さん。こいつ妖魔の癖して自分から捕まりに来ましたよ!」
憂鬱な気持ちで扉を開けたら、そこには麻縄で雁字搦めに縛られた昨日のインバネスの男が好実に腹を踏みつけられているところだった。
男は抵抗らしい抵抗はなく悲壮な顔をするのみで、よく耳をすませばずっと独り言を言っているようである。
「好実、同業者だ。離してやれ。」
「でもこいつは妖魔で、そうじゃなくても不審者ですよ?もう夏が来るというのに上着に帽子に手袋に……季節感無視し過ぎです、こんなのでも人間と妖魔間の事件を解決できるなんて世も末じゃないですか?」
「それでもだ。それにその台詞は我々が言っていいものではない。」
「ちぇっ、気取ってやんの。」
文句をいいながら好実は拘束をほどく。男は深くため息をついて立ち上がった。
「どうも。世も末な妖魔の祓い屋の六代目当主をしております。銀律子と申します。」