「堕落のもの」3
不審者が起きないうちに私たちは移動した。空き地を出て、しばらく人気の少ない道を歩く。
私の前を男の人が歩き、右隣でお姉さんが歩幅を合わせて歩いていた。
正直、いくら私の命が危なかったとはいえ、あの不審者に躊躇いなく殴りかかれる男の人も、その知り合いらしいお姉さんも怖くて仕方がなかった。
正当防衛とはいえ相手を気絶するまで攻撃している。警察沙汰になったら捕まってしまうのではないだろうか。
できれば逃げ出したいけれど、助けてくれたのには違いない。あとで家を通して謝礼は払うから、とでもいって早く家に帰りたかった。
「さっきは助けてくれてありがとう、けど、あそこまで叩きのめして大丈夫なの?巡査に捕まったりしない?」
「まあなんとかなる。それにあれは……」
前を歩いたまま男の人は口籠る。
「詳しい話は後日纏めて話そう。とにかく、君は巡査から執拗な取り調べを受けるだろうから、それに備えて休んで頭を整理したほうがいい。降神、彼女の家まで送っておいてくれ。また狙われるかもしれない。」
「分かりました。」
「私はこっちを片付けてから事務所に戻る。」
それだけ言うと男の人は“見えない何か”を振り払う動作をしながら、表通りの雑踏の中に消えていった。
「さあ、送りますから帰りましょう。三門家は……円タク使うべきかしら」
家の場所を知られている。そして恐らく私が何者なのかも。
私は『三門貞香』とは、一言も名乗ってない!
一体、この人たちは何者なんだろう。
「ねえ、あなたたちって、助けてくれたけど、一体何者なの?」
円タクを使うべきか、タクシー代が経費で落ちるかをぶつぶつ悩んでいたお姉さんは、一瞬黙って、名乗り出す。
「失礼、名乗ってなかったね。わたしは降神 美緒。あのお兄さんは京極 悠之介。わたしたちは……探偵みたいなもの、だよ。」
探偵、ではなく探偵みたいなもの。
「お嬢ちゃんは事件に関わってしまった。その関係で住所や名前は知ってるの。ごめんね、本当は追いかけっこさせる前にどうにかするつもりだったけど、取り逃がしてしまった。こちらの失敗です。」
「結果的に助けてくれたのはいいけれど、何で私が狙われているの?あの不審者は?事前に言ってもらえれば……少なくともこんな大騒ぎすることも無かったのに!」
「……ごめんね。」
その後はずっと無言だった。
気不味い沈黙が続く中、円タクを捕まえる。
運転手に1円を握らせ、家まで戻った。
「これ、わたしの連絡先だから。何かあったら連絡してね」
最後にあの人は手書きらしい名刺を渡して、行ってしまった。
『開木探偵社 降神 美緒』
そこには、探偵社の事務所の住所と連絡先が書かれていた。
※「円タク」……市内を一律1円で走るタクシー。(深夜料金などの例外はあります)