「破邪の太刀」静かな夜
今年の投稿はこれで最後になります。皆様、よいお年を。
狗吼丸は破邪の太刀だ。かつて降神神社に奉られていたとされ、神社の管理者である美緒が上京する際に持ってきた古めかしい御神刀、太刀である。その名前が示す通りに魔を切り祓う時狗が吼えるような声を出すと伝えられている。今は非力な美緒の代わりに京極が美緒から借りて使っているが正式な所有者ではないのが影響しているのか、未だに狗吼丸はその名の由来を出さない。美緒が使う度々清めているから使用自体に影響はない。京極は深夜度々これを持ち出しては妖魔を退治しに行く。
六月中旬、彼はいつものように狗吼丸を佩き帝都の街を巡回していた。
*
「今晩は」
静かな夜だった。活発化する怪異の姿もひっそりとしたもので、何かに怯えるようにあまり人前に出てくることはない。
その事を不思議に思いながらも街を見守っていたら自分に声をかけてくる男がいた。
闇夜に浮かぶ顔は異様に白く、長めの前髪で目元は隠れている。表情は穏やかなもので、もし深夜でなければ守るべき一般市民としてこちらもにこやかに対応したかもしれない。中肉中背で洋装を着ていた。ただ、前髪の隙間から覗く爛々と輝く赤い瞳と、もうすぐ夏が来るというのに厚手の上等なインバネスや手袋を着ていることからもただの人間ではないと判断した。
「失礼ですが、あなたは?」
「すみません、巡回中に。やはり僕なんかに突然話しかけられたら迷惑ですよね。」
「何かご用でしたか?」
「いいんです、また日を改めてご挨拶しに伺いますから……たまたまお見かけしたので挨拶しておこうと思ったのが間違いでした。」
ここまでで一向に会話が成立しない。この男は自虐的な発言でしか話ができないのだろうか。挨拶してきた時よりも陰鬱とした雰囲気になり、背も猫背気味になっていく。顔だけは穏やかなままで、(というより自嘲を含んだ苦笑だったのだろう)ひどく面倒な人物に捕まってしまった。探偵社にも半悪魔の好実がいるが、ここまでではないと思いたい。いや、嘲りがただ内向的か外向的かの違いのような気がしてきた。いずれにせよ厄介であることに間違いはない。
「あなた、半妖魔ですよね。自分の身が守れるなら早く家に帰りなさい。」
「……すみません。」
謎の男は踵を返して立ち去っていく。やはり半妖魔やそれに準じている以上、どこか人間離れした部分というものがあるのかもしれない。兎も角、さっきの男に付き合っていた時間を取り戻す為にもあと二三ヶ所の見回りは念入りにしようと思った。
結局その日の夜は町はいたって平和と言ってもいい。妖魔が人を襲うどころか姿を表すことすら珍しい有り様だったのだから。