「悪魔の棲む屋敷」13
バーから連絡があったのはその日の夜のことだった。かの姉弟は営業が終わった後の朝四時、店で待っている……
探偵社で仮眠を取った後、降神は早朝の銀座大通りを歩いて教えてもらった住所から目当てのビルを見つける。『クレド銀座二号館』、その入り口の側に地下に降りる階段があった。
階段の壁に鶯のポスターが貼ってある。
隅に営業時間が印字された花札の梅に鶯の絵。降神は迷わず階段を降りた。
階段の先にはドアノックのある木の扉。
降神はドアノックを四度叩いてそっと入室した。
店の中は広く、静かだった。
円形のテーブル席が7つ、奥のカウンター席は五人がけ、左手奥に楽器を演奏するスペースがあり、黒いピアノが置いてある。
カウンターでは若いバーテンの男が皿を片付けて、派手な洋装の美女はカウンターで煙草を吸っている。
顔立ちは確かに似ていて、彼らが佐伯姉弟なのだろう。
「いらっしゃい」
最初に降神の来訪に気づいたのはバーテンの方だった。
姉は足を組み煙草を吸うのをやめない。手元には酒の入ったグラスがある。
ただ無言で自分の隣を指し示すだけである。
座れと言っているのだろうか?
「失礼します」
降神は姉の指す席に座る。アルコールの匂いと、おそらく姉の使っている香水の香り、そして今吸っている煙草の煙が混ざって可笑しな匂いが鼻に付く。
「鏡子が珍しく連絡してきたから何事かと思えば、『悲願倶楽部』について知りたいんだって?」
「はい、悲願倶楽部についてご存知であれば、どんな些細なことでも構いません。」
「あれは、もともと上流階級の遊びの場だ。それがなんで一介の探偵業者に持ち込まれる羽目になるんだか。」
手近にあった灰皿で煙草を消す。
そしてグラスに注がれた酒を一息に呑み干した。
「薫、お代わり」
「姉さん、それ以上はやめておきなよ」
「嫌よ。こんな話するのに素面で居れるか。」
やれやれ、とあからさまに肩をすくめバーテンはグラス磨きの作業を途中で止めて酒を注ぐ。
「まあ最近の悲願倶楽部の変質は色々急過ぎて不自然なものだけど。もともとは会員制のお遊びサークルで、ゲームに負けた奴が勝者のちょっとした“お願い”を叶えるって趣旨のはずよ。」
「変質してきたのは、ここ数ヶ月……いや、二ヶ月経っていないかも。代表者が入れ替わった後からじゃ、なかったかな?」
「そうそう、議員様が当選して汚い所と縁を切ったから暫く活動そのものも休止してたと思ったら、その息子が後を継ぐとはね。代替わりしてから息子の黒魔術趣味まで入って!」
「でも最近は本当になりふり構わない様子で、人を集めて噂をばら撒いているみたいだ。」
「何のためかしら、父親がひた隠しにしてきた秘密の倶楽部を公開した所で得なんざ無いってのに。」
「あのー、その議員の息子は一体誰なんです?」
「石川成実。最近になって引き取られた石川義昌議員の息子!」