「悪魔の棲む屋敷」11
「いらっしゃいませ」
そう言って店の奥からのっそりと現れたのは淡い青のスーツに身を包んだショートヘアの女性だった。
胸元には真珠のついたコサージュが着いていて、もしかしたら出かける直前だったのかもしれない。
女性は瘦せぎすののっぽで、更にヒールのある靴を履いているものだから何度か天井に下げてある商品に頭をぶつけそうになりつつも二人の前まで現れた。
そして好実よりも降神よりも高い視点で好実の手に握られた悪魔の眷属の死体に目をつけたらしかった。
「あー、買い取りですか?でしたらそこの椅子にお座りください、準備してきます。」
店主はそう言うと再び奥に戻っていく。
指示された席は店のレジと隣接したカウンターで、事務椅子が二つ置いてある。すぐ後ろには階段箪笥や薄汚い番傘が立てかけてあり、そこから何かに見られているような気配を二人は感じた。
「さっきから眷属と似た気配を感じます。妖魔に近いものも、神霊に近いものも。今までこの店に気付かなかったのが不思議なくらいです。」
「実は私たち、とんでもない所に招かれたのかも。中に入ってからずっと空気が異質な気がするわ。」
「とにかく、眷属の話を聞くだけ聞いて見ましょう。」
二人が席に着いたところで、店主が奥から現れた。手には白い手袋、首に掛けられている紐の先に拡大鏡。
店主はカウンター越しに座り、書類を用意する。
「では、当店の買い取り契約の同意書に署名をお願いします。」
「その、すみません。今日はこれについて聞きたいことがありまして。売却ではないんです。」
少し沈黙が走る。
「あー、すみません、先走っちゃって。つい、うっかり。それでなんです?子連れで警察ではなさそうですし、そうでなくともうちの顧客情報は渡せませんよ?」
「この短剣、見覚えはありますか?」
好実は眷属を店主に渡す。店主はじっくり拡大鏡を使って観察した後に机に置いた。
「調査って質屋の差し押さえ品の鑑定ですか?だとしたら残念ですね。この短剣、管理が悪くて風化してますからガラクタ同然です。売ってもお金にはならないかと。」
「類似品がここ数ヶ月の間で売買されたことはありますか?」
「調べてみますが、ないと思いますよ?私も見覚えはありませんし。それが風化する前だとしても、うちには置けない商品でしょう。」
少々お待ちください、とまた店の奥に戻る店主。
おそらく売買履歴を確認しに行ったのだろう。
「外れですかね。」
好実の諦めたような呟きは降神含め誰にも返答は求めないつもりで呟いていたつもりだった。しかしその返答は隣にいる降神以外から帰ってくる。
「いやいや、どうでしょう。今は見る限り死んでいるとはいえ元は業物だったかもしれぬ。もしかしたら、昔……あるいは別の時間帯ならばここにあったのではないですかな?」
すぐ後ろから響いたのは嗄れた老人の声。
驚いて二人は振り返るがそこには誰もいるはずもなく、ただ大量にある物の樹海がそこにあるだけだ。依然として漠然とした気配のみで、姿は見えてこなかった。降神は首を傾げて前に向き直る。
「僕は結構長くここに居たけど、あいつは見覚えないよ。過去でも未来でもね。」
少し離れたところから補足したのは男の声。好実は声のする方向に人の気配はない事を確認して心の中で警戒の度合いを上げる。これは怪異の仕業だ。
「じゃあ無駄足だったな!あーあ、しっかし誰か……できれば若い綺麗なねーちゃんが俺を買いにこねーかなー」
「馬鹿、そんな大きい声出したらお客さんに聞こえるかもしれないだろ!ほら、こっち見てるし。」
「でもまだ若い子でしょ?こういう雰囲気が珍しいだけなんじゃない?」
「待て!よく見たら人間とは違うみたいよ、よくできてるけど!」
大きい声で一際低い男の声が響いた。それに続くように其処彼処から……床の上、天井、本棚、扉の側から小さな声が老若男女問わず様々な声色で話し出した。
ここでようやく合点がいった。
「ここはどうやら付喪神を集めた店ですね。」