「悪魔の棲む屋敷」10
お待たせしました、書き溜めた分四日ほど続きます。
探偵社を出てすぐの開けた道路脇に彼らは集まっていた。好実を中心として集まったその集団は好実の言葉にそれぞれ耳を傾けているようである。
「子分たち、この匂いのする場所を探しなさい」
錆びきった短剣を鼻先に押し付ける好実への返事は返って来ることなく、好実に呼びつけられた彼ら……10を超える数の猫がわらわらと各地に散っていく。
「いつ見ても、不思議な光景よねぇ」
「ぼうっと立ってないで、行きますよ。」
好実と降神は茶トラの猫の案内に沿って街を歩く。
好実は半人半魔の人でなしだ。親譲りの能力は微力ながら多岐にわたり数々の場面で使われる。今も子分として動かしている猫もその一つで、彼は使い魔として猫を従え命令することができる。
街は昼間ということもあり人の方が多い。
力の弱い怪異や幽霊はみな物陰や人の気配がない建物で身を寄せ合っている。
たまに人に混ざって往来を行くものもいるが、人はその存在に気付かず怪異を貫通する形で通過する。
降神も好実も道を塞ぐように立っている大きな足を素知らぬ顔で素通りする。
姿は見えるが見えるだけでこちらが触れられるほど強くない。
人前での怪異の遭遇で気をつけなければならないのは意識しない事だ。意識すると相手にも気付かれる。気付かれたら触れられる。
人前で怪異と戦闘なんてやってられない。
そしてやがてたどり着いた先は『九十九殿』。
探偵社から徒歩で行ける人通りの少ない商店街の中、楕円形の木の板に右から左に彫られた店の屋号の吊り看板が揺れていた。
店先のショーウィンドウの中には大中小と並んだ招き猫や、見たこともない意匠の国外の小判、形の悪い石や知らない観葉植物など乱雑に飾られている。
開いた扉から見える店の中はさらにごちゃごちゃとした有様で、美術品や生活雑貨や何に使うかわからないガラクタまでありとあらゆるものが移動に困るほどそこにはあった。
天井に届くほど積み重ねられた物の吹き溜まりは足や手が当たったら雪崩が起きそうだ。
案内した猫は役目は終わったと言わんばかりに「にゃあ」と鳴いてそのまま先に去っていった。
「ここの様ですね。確かに近い気配を感じます。」
「古美術商?いや質屋かしら。この有様ならここが出所と言われてもおかしくないかも。」
「悲願倶楽部とも繋がってるかもしれない店なんですから、悪魔が出てくるかもしれませんね。」
一度気持ちを切り替える様に深呼吸してから二人は降神を先頭にゆっくり店の中を移動する。
ショーケースの中に貴金属、その隣の棚には西洋のガラスのオイルランプ、その上で天井から垂れ下がるのはどこかのペナント。
なぜか台車の上に岩に刺さった剣、その近くの箱の上に磨かれた丸い水晶、床の上は縦にバランス良く積み重ねられた文庫本、その上にレモンに似た紡錘型の置物。
一歩ずつ進んで行くごとに物の洪水は更に混沌としていく。
「いらっしゃいませ」
従業員以外立ち入り禁止の暖簾の先から若い女の声が響く。
二人とも少し身構え、奥からやって来るその人物に相対した。