「悪魔の棲む屋敷」2
言われるままに探偵社を後にし、そのまま私たちは車に乗り込んだ。
行きの運転手の人はいつの間にかいなくなっていて、代わりに好実さんが運転席に乗り込んでいた。
「一応私より歳上みたいだけども運転できるの?」
「警察にばれなきゃ平気です。それに長い間ここで働いていると社用車を運転する事も多いので。」
シートベルトを締めてあっけからんと彼は言う。
私より歳上に見えるが運転免許を取れる年代ではなさそうだと思っていたが、まさかの無免許で運転する車に乗って家に帰るはめになろうとは。
「シートベルト」
「え?」
「チッ__シートベルトをしてください。出発できません。」
日の沈む街は奇妙なほどに赤く、影が揺れていた。
同時に朝見た比ではない数の未知の生き物がその影から生えていた。
人の形をした影が垂直に影から立ち頭を振り、粘着質な塊は巨大化し丸太のような腕を振り回し、小人たちがその脇を走り回る。
それらを車も帰り道を急ぐ人たちも、誰一人として気にせず、時にぶつかり踏みつけながらも通りすぎていく。
この車も先程から謎の塊を轢きながら走行しているが、踏みつけたときの衝撃や揺れはない。
「見えないほうが正しいんですよ、こんなのは。見えて避けても交通の邪魔です。見えない振りをして生きていくことこそ人間社会に溶け込む秘訣です。見なくていいものは見ない。たまにこちらに寄ってしまって見えてしまうこともありますが、大抵はそのとき限り。もしそれでずっと続いたり奇妙な事件に巻き込まれでもしたら、探偵社に依頼すればいい。」
「じゃあ、お兄様も見えているってこと?何か良くないことに巻き込まれているの?」
「あの人は見えていないでしょう。僕の目の色に気付かなかったのなら。」
窓から目を離しバックミラー越しに顔を見る。
その目は吊り気味の三白眼で、きつい印象だ。
そして何よりも、赤い瞳をしている。とても鮮やかなその赤は、暗くなるにつれ爛々と光って見える。
ただその鏡に写る姿だけは、日が沈むごとにどんどん薄くなっているように思えた。
確かにそこにいるのに、鏡には反射していない。
「あなたは一体何者なの」
信号が赤を指す。車は止まり車内は車のエンジン音だけになる。
「好実陽太。半分人間、半分妖魔。開木探偵社所属の好実陽太です。これで満足ですか。」
鏡越しの姿はもう半透明で、シートが透けて見えていた。
輪郭が辛うじて見える程度の薄い姿は、下唇を噛んで不快さを隠そうともしていない表情だった。
太陽が沈みきり、流れゆく景色は街灯の光が点滅しながら街を照らし始める。
同時にその薄暗がりからうようよと、その異形の者たちが人々に混じって闊歩する。
いや、もはや異形の中に混じって人が行くのだろう。
「……夜になると妖魔は活発化します。中には人を襲うものもいるんで、相手に『見えていること』がばれないようにしてください。一部を除いて相手がなにもしてこないのは、あくまでも『自らを認識していないから』です。」
車は、そのまま家の前まで走り続けた。